★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
11/26-29 山奥にて
 26日~29日朝まで、群馬の山奥の、携帯も繋がらない温泉宿で、台本書きに勤しむ。まるっきり集中力が違う。下界にいると、やらねばならないことが多すぎて、いや、いろいろとやらねばならぬことが並列化してしまうと、頭がどうにも作品を書く方には向かっていかないのだ。

 それが、山奥で、携帯も入らず、ネットにも繋がらず、温泉も源泉掛け流しで、ぬる湯ときているから、気分転換にももってこい。難点はテレビがあることで、疲れるとついテレビを付けてしまうので、電源を切れば良いものを、ついつい眺めてしまう。まあでも、これも山奥の時間の楽しみとしてはなくてはならぬものだろう。
 しかし、だから言うのではないが、じっくりとテレビを見てしまった。見れば見るほど、ヒドイメディアであることを実感する。安直きわまりない。こういうことを言うと、そうではない人もいる、と言うだろう。どこにだっているのだ、そういう真っ当な人間は。しかし、真っ当な人間ほど生きにくいのも事実で、真っ当である人ほど片隅に追いやられていくのがパターンだ。独創力はちょっぴり必要で、それより遙かに必要なのは政治力だ、どの世界でも。でなければ、これほど横並びの番組など恥ずかしくて作れまい。スポンサーや視聴率のせいにしてはいけない。それもないわけではないが、意思の問題だ。だが、所詮、サラリーマン社会で生き残ろうという輩だから、なかなか冒険などできやしない。ああ、なんとも詰まらない。本当にテレビをやっていることのくだらなさを実感できたのがよかったとも言える。そんなことを次々と考えさせてくれた。

 山を見るか、テレビを見るか、パソコンを見つめる、風呂に入るかしかないのだ。手紙も新聞も来ない山奥である。そして、まったく豪華な宿ではないにも関わらず(山奥の一軒宿が変に豪華宿であっても困るわけだが)、この宿の飯が最高にうまかった。この値段で、と思えるような値段だから、オレにでも来れるわけだ。そもそも普通の素敵な温泉宿にはあまり興味はなく、ボロではあっても愛情が注がれているような宿は最高に良い。ここの主人に話を聞いてみると、昔は学校に通うにも片道3時間かけたそうな。

 群馬県だから(しかし、県境ですぐに長野、昔は一番近い街というと軽井沢だったそうだ)、大して交通費もかからない。中野からだと片道2200円程度で行ってしまう。ここの宿のオヤジさんではなく、少しアンチャン風の息子さんが飯作りから給仕までやっていたけれど、「うまいですね、どなたが作っているのですか?」と聞いたら、朴訥として「自分です」と言う。言い方がなんとも言えず、ほのぼのとしていて、すがすがしかった。
 全然、現代的でキレイな宿ではないが、こういう気分の良さはまた味わいたいと、とってもスッキリとしてしまった。数年に一回は来たいなあと思った次第。

 おかげで、28日には「Nobody, No BODY」第一稿が上がり、29日朝には第二稿を上げた。
 28日は土砂崩れのための道路工事で通行止め、そのために29日も昼まで待ってくれ、と言われ、12時にチェックアウト。チェックアウトって言っても、実に適当。飯の時間も、朝も夜も完全に僕に合わせてくれ、そういう点では宿側の視点でものを見ていないのがまたとてもすがすがしい。

 駅まで軽トラックで送ってもらい(40分くらいはかかる)、東京戻り。

 すぐに、音楽打ち合わせを藤井さん、彼の大学の後輩という三枝さんと打ち合わせ。この打ち合わせのためにもなんとしても今日までには台本を上げなければならなかったのだ。ギリギリセーフである。
 
 今や首相、麻生太郎氏は漢字読めない人の代表になってしまった。漢字が読めないだけではなく、あまりに首相向きではないのは当の昔から分かっていたはず。それをマスコミから、自民党連中から、みんなで、麻生人気、麻生人気と麻生太郎を持ち上げ、首相にしてしまって、ミスを犯せばすぐ叩く。メディアのしょうもなさはよく分かっているが、それにしてもヒドイもんだ。日本のメディアは機能不全に陥っていて、この最低メディアを抱いている我々も、実に悲しい。ああ、日刊ゲンダイ風になってしまった。
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by kikh | 2008-11-29 23:49 | 日々の記録
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