★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
6/30 アホロートルの話
 午後から稽古。しかし、この稽古は本当に疲れる。疲れるのはスピードと関係している。まるで息継ぎなし状態のまま、グイグイとスピードに乗っていかねばならないからである。

 さて、ある参加者から、この役を降ろさせてください、との話があった。理由は明快で、娘に見せられないというのである。ちょっとエッチなシーンをとても娘に見せられない、と。見ようによっては確かにそういう感じがしないでもないが、それは自意識過剰と言いたい、が、しかし、一般の方ならば致し方ないかも、と思う。これがプロだったら、アホウで終わってしまうが、ともかく難しい。あまりに嵌り役ということもあって、スゴクリアリティがあるのである。そのリアル感が良いのだが、確かにまだ小学生の娘から見たら、お父さんって、イヤらしい、となるのかなあ???と僕は良く分からないのだが、そうなのかも知れないと思い直した。しかし、とは言え、これは虚構である。日本の場合、往々にして虚構が現実味を帯びるのだから、頭が痛い。役替えをすると言っても、そんなに簡単じゃない。さて、どうしたもんか、明日、すべての結論を出すしかないだろう。

 今日もグイグイ進め、すでに1時間。フウ。土曜までには全部あげなくては。あと4日しかない。今日、何人か、パパ・タラフマラから練習見学に来たが、みな、なぜか感動してくれている。まだたった9日間しか稽古していないのだから、まだまだ雑なのだけれど。

 今日の夕刊にフランス文学者の鹿島茂さんのエッセーが載っていた。それがすこぶる面白い。子ども大人(アホロートル)が増えると、社会はダメになるという未来についての話で始まったのだが、実は今がすでにその状態ではないか、という話であった。そして今がそうであるのは、現在の会社は子ども大人が増えることによって利益を上げる仕組みになっているから、これはどうしようもないのだ、と。
 確かにそうだ。しかし、ひとつだけ救う道があると僕は思っている。救うのは身体を強烈に活性化させる道を造ることだ。これは可能である。しかし、そんなことに気付く政治家や官僚がいるかどうかは別だ。日本の知性とは、要は頭お化けの知性しか尊重してこなかったという事実が歴然とあり、そういう連中は何が得意かと言えば、画一化である。なぜなら画一的教育を受け、その中で優れていたのが今の政治家や官僚を作っているからだ。
 多様であること。これこそ一番、可能性を見いだす道でもある。これほど社会がやせ細り、子ども大人が増えているのは、画一性しか思い浮かべなかった人々の罪でもある。歴史的には、明治以降の政府のあり方、教育のあり方そのものでもあるから、簡単には変わるまい。しかし、僕らは真剣にこれからそこに穴を空けるべく活動するしかない。アホロートルではダメなのである。
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by kikh | 2009-07-01 01:17 | 日々の記録
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