★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
12/23 終わった
 11ステージが終わった。
 終わった後で、良かった、ダメだった、というような話は毎回繰り返される。そして、振り返って、「パンク・ドンキホーテ」という作品はどういう作品だったのか?と改めて考えさせられることになる。

 一方、パパ・タラフマラというカンパニーは28年が経過した。経年劣化していると、見もせずに思いこんでいる方も案外、多い。まだやっていたんだ、という言葉もたまに聞く。もちろん、若い時見て、それ以来、舞台を見ることはなくなっていたという方が圧倒的なのだが・・・。その一方、今回の音楽家であるアランの音楽家仲間含め、彼の友人たちの評価は非常に高いと聞く。小谷野関係やユリ関係も非常に良いという。
 この差は何か、であろう。もちろん今の時間を語るか、昔の時間とイメージを語るかだ。昔の時間とイメージを語らせないためには、話題化する必要がある。しかし、では、どうしたら話題化できるか、であろう。

 アランにとっては最高の舞台芸術作品へのデビューだと言っていた。これは嬉しい賛辞だ。
出演者として、なんでも彼は「大人計画」に出たことがあるらしく、演出家としての僕と松尾スズキの違いをいろいろと言っていたのが面白かった。僕はトランス型らしい。まあ、間違いなくそうだろう。こちらで引いて見つつ、同時に入り込んでいる。出演者以上に出演者のメンタリティになっている。それは誰に対しても、また空間全体に対しても一度にそうなってしまう。だから、空間全体がトランスする時間を醸し出す。出演者というだけではない。空間の動きも時間の動きも全部である。その重層性を認識できない人は難しいのだろうと思う。難しさは、空間の豊穣という概念が舞台芸術にはまだまだ乏しいからだ。未だに文学であり、技術である。

つくづく思うのは、舞台は頭の悪いヤツにはできないなあ、ということだ。頭の良さを絶対的に必要とする。頭の良さとは、総合的に感じとり、そしてそれを言語化し、同時に身体化させていく深い力量のことである。

それにしても疲れた。グッタリして、すぐにでも本書きに入らなくてはならないのだが、どうも筆が動かない。フウ。頭も少しは休めなくては。
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by kikh | 2009-12-23 23:05 | 日々の記録
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