★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
ゴダール
 ときどきブログを読んでます、というメールが届く。
 こういうメールをもらう度に、マズイという思いがわいてくる。最近はホントに書かなくなってしまっている。言い訳としては時間がない。なんだが、ついつい安易なツィッターに行ってしまうけれど、ツイッターでは書けないこともたくさんある。ツイッターは良くも悪くも、ちょっとした発信だ。

 最近はほとんど映画館に行って映画を見なくなった。舞台も見なくなった。見たくないわけではない。見に行けないというのが実状である。舞台に関しては、正直言って、驚きがとっても少ないから、辛くなってきて行きたくないというのが事実。前も書いたと思うが、ルパージュの「ブルードラゴン」が最も最近見た舞台であるが、いつもながらの巧さに感心すると共に、あまりの空っぽさに唖然とさせられた。こういう舞台に世界中が感心しているとするなら、どうも僕とは世界観が違い過ぎるという思いで一杯になる。どうしたら良いんだろう、という思いだ。それから客が入るとされる舞台の空疎。客が入るようになると何でもこうもどいつもこいつもダメになっちまうんだろうと感じる。
 そんな中、昨日、「ゴダール ソシアリスム」を見る。
 三分の一は寝る。つまらないというよりも、オオッと思っているうちにがくりと首を垂れているという状態。面白いのか?つまらないのか?そんな感想を超えて、ゴダールの持つリズム感にいつもながら感心させられることになる。寝ていても、目覚めれば刺激。刺激を与えられつつも、首ががくりと折れる。
 今、ゴダールは80歳を超えたと言う。世界は、まともに見ていけば確かに苦悩と欺瞞と傲慢と絶望しか見あたるまい。実に苦々しい世界だけが広がっている。それを描き出すのに、ゴダールはグネリグネリと蛇がとぐろを巻くかのように、攻め込んでいく。まったくわかるとかわからないとか、そんなことは遙かに眼下に見て、それを映像のリズムと音が有無を言わせぬ迫力と虚無でもって攻め立ててくるのである。
 こういう作品を見ると、まだまだ可能性があることを信じる気持ちになっていく。それは人類の絶望を感じつつ、可能性を見るということである。
 
[PR]
by kikh | 2010-12-21 11:52 | 日々の記録
<< 白雪姫写真2 12/17 いわき >>


S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
関連リンク