★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
超人よ
 テレビ画像を見続けているウチに、今、私たちに突きつけられている問題が、津波となって襲ってきたような気分に僕は陥った。
 不謹慎だと言われるのは承知だ。だが、津波に飲み込まれ、地震の被害に遭われた方々に対しては、大きく見開いた目でテレビを直視し続け、強烈に脳裏に焼き付けて、これからどうしたらいいのだ私たちは、と問い返すことでしか次は見えて来ることはないだろう。テレビでは東北大学の教授が、これは1000年に一度と言ってもよいほどの大地震なのだ、と言っている。しかし、1000年に一回だろうが、2000年に一回だろうが、起きうる可能性はあるのである。
 
 そもそも人間が自然と闘えるわけがない。自然を超えられるわけがない。そんな印象を誰もが持っただろう。
 これは私たち人間が人間をどう見つめるか、という試金石のような気がしている。911は人対人の問題であり、文明間の対立の構図を多くが描き出したけれど(本来は違うが、方便としてこのように使用する)、今回は文明とは何か?という根本的な問題を突きつけられた人間としての根元的な問題であろう。自然との調和によって成り立つ社会ではなく、自然を人為的力でせき止め、コントロールすることで成り立ってきた社会の脆さが厳然と突きつけられた格好と言ってよい。自然の前に跪いていた人間が一瞬にして自然を超え、優位に立ち、優位に立ち続けなければ生きられない社会を築いてしまったのだから、自然に立ち返ることは不可能な領域に私たちは立っている。
 つまり、昔なら神的領域であった領域に踏み込んで、自然との戦いに明け暮れる覚悟を持った私たちの立ち位置ということである。狂牛病などは前兆だったと言えなくもない。
 私たちはどうすれば良いのか?明快な答えなど出てくるはずがない。なぜなら、社会構造が文明ありきだからだ。国家ありきだからだ。大きな転換を図る覚悟を私たち皆が持つしかないだろうが、まったく簡単ではない。しかし進むしかない。悲しみに暮れつつも、進むしかあるまい。
 
 日本国の円高がこの地震で更に進み、株価が暴落している。
 下手をすれば日本は沈没するだろう。この機に乗じて、手を弛めず、一気にアジアの覇権を握ろうとする隣国として中国は台頭するかもしれない。領土問題もここぞとばかりに攻め込んでくる可能性もある。しかし、これはもしかしたら日本人全体に与えられた千載一遇のチャンスかもしれないのだ。不謹慎!という言葉が聞こえてくる。不謹慎と言えば不謹慎であるが、ここで日本の構造を変えるくらいの意識を持たねばなるまい。それは世界構造にまで発展させねばならないかも知れない。
 構造を変革するためには、既存構造の上で利権をむさぼってきた人たちでは変革の可能性などあるわけがない。だが、どこにいるのか?
 超人よ、出でよ!今こそ超人の世界である。
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by kikh | 2011-03-14 10:46 | 日々の記録
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