★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
乾杯について
 常々、日本人にとっての乾杯とはなんであるか?と考える。
 日本人が乾杯の前に飲んではいけない、としているのは、いつからの習慣なのだろうと考える。昔からのはずがないだろうと思うのだ。基本的に、乾杯は喜びである。慶事のときに、みんなで待って、全員が揃い、全員が良し、というまで乾杯の杯には口を付けてはいけない、としているのは、非常に日本的習慣ではないか、と感じている。だいたい海外で、みんなで飲むのを待っているなんて情景にお目にかかったことがない。僕は、そもそも慶事のときに、皆が揃うまで待て、という意識そのものが好きになれないし、意味不明だ。慶事の感覚が欠如していると思うのである。残っているのは制度意識だけであって、その制度意識に縛られているのは、あまり気持ちのいいものではない。もし、乾杯を字義通りに行なうならば、一気に飲み干すべきであろう。乾杯とはそういうことだ。杯を乾すのである。一気飲みと言われるが、乾杯の字義は、その一気飲みなんである。
 家長制度が明確に敷かれていた時代は、そうだったのだろう。家長が良し、というまでは、誰もがその存在を重視していたから、何も勝手にはできなかったはずである。しかし、今、家長などという意識はゼロに等しい。
 明治以降、富国強兵政策が布かれ、軍国化していった。軍国であるためには、規律が必要である。すべてに規律を重んじていった経緯があるように思う。そして、戦後は右へならえ、経済優先政策のために、人と同じであること、きちっとした規律があることが重んじられたのである。
 その中で生き延びてきたのが、日本型乾杯なのだろうと思う。
 僕は乾杯は、もっと楽でいいと思っている。しかし、それを日本でやると冷たい目で見られる。なぜか、不思議なくらい、頑健な意識だけは残っているからだ。意味も分からず、ダメですよ、と言われた奇妙なしつけだけが残っているからである。しかし、乾杯をどうせ字義どおりするわけでもなく、また、楽しい時間ならば、楽しく飲みつつ、待ち、そして全員が揃ったら乾杯の音頭で祝う、それが最も乾杯の精神に則っていると思うのだが、どうだろう。
[PR]
by kikh | 2007-02-03 02:58 | うひょひょ!
<< 2/2 シアトル三日目 2/1 アメリカアメリカ >>


S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
関連リンク