最近、よく転んでいる人を見かける。
ぶつかってくる人も見かける。
なにかがおかしい。ギリギリでぶつかることを避けられないというのはどういうことか?当方は半身になって避けようとしているにも関わらず、だ。まるでその意思を見せないことこそが、都会人としてのプライドのようにも、あるいは日常の憂さを晴らすための手段?だと思っているのではないか?とさえ、思える。プライドなど大した価値はないけれど、その虚構に寄り添う人のなんと多いことか?
朝、多摩美授業。
やっとからだを動かす。こうやって見てみると、みな、身体の能力を奥に潜めて生活しているのが分かる。つまり身体を使わないまま、ずっと生活してきているということである。
それから、打ち合せが延々と夜中まで。
途中から声が出なくなってくる。
ビッシリと疲れが貼り付いたようになってしまい、もうカラカラだ。