★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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6/11 打ち合せ&WS&飲み会

 朝11時からヤノベさんと打ち合わせ。
 冒頭のシーンのアイデア提示があった。これはイメージとは違った。しかし、面白い。なんとかなりそうだと思った。確信というより、閃きである。だが、こういう閃きは非常に大切で、こういうアイデアのキャッチボールが全体を面白くしていく。それもジャイアントトラヤンの真下での打ち合わせで、するとヤノベエネルギーみたいなものをグングン発散されているようで、すごく気分が良かった。いやあ、大丈夫でしょ、と言われるとそういう気になるから不思議である。

 夕方からワークショップを春秋座で行なう。この劇場はなかなかスゴイ。歌舞伎もできる劇場であるから凄くて当たり前なのだが、それにしてもグローブ座より遙かに使いやすいだろう。
 ワークショップの始まりはいつも通り。
 とは言え、ヤノベさんも藤井さんも参加してのワークショップであったが、いやあ、やっぱり年齢と年輪が素敵に思え、ヤノベさんは特にまるでトラヤンみたいでとても面白かった。嬉しいではないか。この頭の柔らかさ。人間は生まれ落ちると同時に頭が固くなっていく過程であるとは思うけれど、やはりヤノベさん、ただ者ではない。学生たちに混じってワークショップに参加する教授がいると思うか。なかなかいない。みんなオカシナプライドとかで、どんどん縮小してしまうが、そこはウルトラファクトリー、二人も参加してくれた。もうボクはそれだけでも嬉しい。
 
 終わってから学生や朝日の記者でヤノベさんを取材しに来ている大久保さんたちと飲み会に行く。これまたなかなか楽しかった。
 いやあ、2日続けて酒を飲んでいる。今も少々酔っぱらっている。
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by kikh | 2008-06-12 01:34
 
9/28 ソウル ラスト
ポールドレッシャーから山のように音楽が送られてくる。コメントを書こうにも、全然書けない。どういうつもりで送ってきている曲か、わからないからだ。
面白い曲が多い。が、しかし、さて、どこのシーンを意図したものだろうか?彼の意識と私が乖離したままだとまずい。

プロジェクト会議をソウルアーツセンターのカフェで開く。45分遅れで、Nさん、しゃなりしゃなりと現われる。ふう。
このカフェから外を眺めていると、不思議な感覚に襲われる。どこに私はいるのか、他にいる人たちはいったい何者か、しばしば分からなくなってくる。現代的といえば現代的。どこにでもある現代の風景とも言えるが、何かが違う。それはやっぱり韓国であるということなんだろう。なぜか?韓国の人々の顔つきや体つきは、現代にまだまだそぐわない。それはいい意味で僕は言っている。土着性を感じる。

稽古をし、昨日のノーツを行ない、本番。
音楽をともかく小さく、小さくとそればかりを言う。
確かに小さくなって、響きが弱くなってしまった。が、しかし、それ以上に、ラストに向かう凄みが出たと思う。パフォーマーは昨日の方が良かった。が、つくづく舞台はパフォーマーだけではないと実感した出来事であった。特に音はその音量で圧迫感を味合わせたりすることも簡単に出来てしまう。
素晴らしい反応。
終わって、アフタートークを演出家であり評論家の・・・さんと。
質問コーナーになるやいなや、大変な数の手が上がる。みな、とても感激してくれている。日本との違いを実感。こんなに質問をしたがる人たちが多い、ということに改めて感激した。質問内容は別にどうということもないことではあったが。

すべて終わると、マンソが話しかけてくる。マンソは2002年に製作したBirds on Boardに出演した韓国人俳優である。おお、マンちゃん、懐かしいのう!!と抱き合うと、何でも、今はテレビの準主役をやっていて、その撮影が韓国最南端であり、そこから光州までマネージャーに車で送らせ、飛行機に乗り、金浦空港まで来て、タクシーを飛ばし、30分遅れで劇場入りしたのだとか。なんとも、感動的な話ではないか。
そのマンソが作品を見て、ものすごく感激してくれていた。いいねえ。本当にいい。こういう再会はとってもいい。美しい。麗しい。
HOGの翻訳をしてくれた平井さんもいて、みんな、終わってから、片づけ後に打ち上げへ行く。

打ち上げは、ここは韓国です、だから私が持ちます、と全員分をマンソが持ってくれた。20人以上分も、である。まったくもう、困ったもんだ、というのは日本人の発想で、韓国人にとっては、それが歓待の印でもある。だから、ありがたくご馳走してもらった。それにしては朝4時過ぎまで、もうガンガン平目の刺身なんぞも食いまくり、飲みまくり、最高の韓国料理を味わって、時間が過ぎていったのだった。
ああ、マンソよ、いい顔になってきたぞ。韓流スターも近いのだろうなあ。マンソのファン倶楽部は4000人いるというのだから、すげえもんだ。

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by kikh | 2005-09-29 23:51
 
9/23-27 Ship in a View 韓国
9/23-27

えらい忙しさに追われて、まるで書く時間がなく、滞ってしまっていたので、まとめて書くことにする。


23日

朝から「Ship in a View」稽古。通し。これで僕が参加する稽古は最後となる。通しは22日よりも良くない。が、まあ、合格ラインだろう。

関口と終わってすぐ、倉庫の下見に行く。急に今月中に引っ越しを行なわなくては鳴らなくなったからだ。社長の高田さんは関口の知人であるが、半年間、無料でモノを置かせてくれると言う。助かった。これで再び引っ越し費用やら、突然の出費があったらたまったものではないからだ。それでも引っ越し費用はかなりかかるのだが。

戻ってきて、衣装ミーティング。HOGの衣装打ち合わせがすさまじく、これで果たして間に合うのだろうかと今から心配になっている。


24日

P.A.I.の授業を朝。
終わり次第、オークボとつくば写真展MTG。
大急ぎで帰宅し、荷物をまとめて、成田空港。
韓国入りする。到着は22時45分。

海鮮チゲ鍋をみなが食っていたので、お裾分けに与る。ああ、韓国だなあと実感。うめえ。このうまさはなかなか日本では味わえない。
ほんの少量。どうも最近、食い過ぎで、腹回りがヤバイ。

それからフェスティバル側のスタッフを交えてのスタッフミーティング。

いつも来る舞監の菊地さんが初日のみ来れないので、急遽、私が舞台監督を初日だけ勤めるのだ。初舞台監督なんであるが、突然の問題がたくさん発生し、舞台セットのポジションを次々と変更していく。
夜中2時過ぎまでスタッフミーティングが続く。
さて、終わってから、メルマガ用の原稿書き、ふたつ。
原稿をきっちりと仁川空港に着くまでに機内で書き上げるつもりが、機中ではぐったり寝てしまっていたため、スタッフミーティング後に書かねばならないという最悪の事態となってしまった。それも二本。一本は7割は書き上げていたので、残り3割を書く。オルガンと風の話。もう一本は辺見庸の書評であるが、もうこちらは体力の限界で、結局、最後まで辿り着かず。
25日に書けるかというと書けないので、仕方なく、投稿する。


25日

朝8時半集合で劇場入り9時。
さて、緊張の舞台監督の仕事が始まる。
とは言え、結局、チェックし、いろいろと任せていくと、あとはじっと見ているだけになる。昼休憩タイムになると僕だけはインタビューということで引っ張っていかれ、2時間半のインタビューをこなし、戻ってきて、すぐに舞監復帰。

夕方、WDに出ていたチンハンと、元研究生のジュナがやって来たので、飯を食いつつ、いろいろな話をする。韓国の連中は徴兵制度がやっぱり大きな弊害になっているという。特にダンサーにとっては、ほとんど死を意味するらしく、みな必死になって徴兵制からうまく逃れるかを考えるらしい。
ゆで豚肉とチヂミらしきものを食う。うまい。こんなうまい豚肉があるのか、と思うくらいうまい。ついつい山ほど食ってしまうが、食い過ぎは厳禁である。

夜9時半に再び、劇場へ戻り、明日の指示を出し、タイムスケジュールを確認し、劇場を後にする。
ホテルへ戻る。しばらくしてパフォーマーがやって来る。韓国は近いものだ。成田からではあるが、沖縄へ行くより近いのだから、どうってことない距離である。
パフォーマーに舞監として指示。

それからしばらくして、1時過ぎに本来の舞監、菊地凡平氏が最終便でやって来る。西野、宮木、菊地、小池で打ち合わせ。

終わってすぐ、場ミリ隊の池野、菊地理恵、橋本と打ち合わせ。


26日

なかなか充分に寝ることができない。
ぐったり疲れているが、神経疲労のため、ある程度の時間で起きてしまう。

記者会見場に行く。ダンス関係ではなく、演劇関係雑誌社のみの記者会見らしいが、それでも10人近くはいたのではないか。Seoul International Dance Festival のオープニングに選ばれた感慨を述べてくれ、という質問がその後も多かったが、正直言って、別にオープニングであってもなくてもどうでもいい。とは言え、そうは言えないので、まあ、光栄に思っています、と答えてはいる。が、僕らは、きっちりと公演し、いい作品を見せることができればいいのである。それで充分だ。制作的には非常に有効なのだろうが。

大急ぎで戻ってきて、テクニカルリハーサル開始。夜10時まで。

22時から、皆で飲む。結局、夜1時半まで。いやあ、疲れた。が、百歳酒がうまかった。そのとき、松島から、「アップリンクでの公演のとき、小池さんの隣りに座った女子大生ふたりが、小池さん、おじさん臭いって言ってましたよ、気を付けた方がいいですよ」と言われる。やばい。確かに。重々、思い当たるのである。おじさん臭いのではなく、生乾きの匂いだ。最近、忙しく、どれもこれも中途半端なまま、干したり、干さなかったりで、きちんと乾かさないままになりつつあるので、ヤバイのである。あの日は、おれも、こりゃあ、くせえなあ、まずいなあ、だけど、時間が押してしまっているから、購入して着替える時間もないなあ、と思いつつ、アップリンク入りしたのである。乾いたときは匂ってなくても、汗をかいたりすると一気に菌が繁殖し、匂いが再びやってきたりする。だから、生乾き、あるいは洗濯したまま、干さなかったりということは重々気を付けなければならないんである。よく承知はしているんだが。

ホテルに戻ると、ついに、ポールドレッシャーから音楽が届く。アイデアとして3曲届く。が、もう酔っぱらっていて、コメントを書くことが難しい。が、面白い。


27日

朝、ネットに繋ぐとさらにポールから音楽が届く。ガンガン届く。11曲届く。
これ、多すぎで、少しずつ送ってくれればいいのに、なんだが、一気に製作モードに入ったのだろう。その感覚は分からないではない。
音楽を聴く。なかなかいい。いいが、どこにどれを当て嵌めるかはまだ明確ではない。特にギターがいい。ポール自身が弾いているギターがなんとも素敵なのだ。
頭の中は一気に「HOG」モード一色になるが、それではいかんと、劇場入りする。

劇場入りすると、すぐに小池インタビューとなったが、ものすごいカメラ。ビデオカメラとカメラが並び、記者たちだけで40人近くもいただろうか。すごい。

ゲネプロ開始。14時半。終了16時10分。

修正し、20時開演。出来は、ううん、音響の音量が大きすぎ。なので、詩情が消えてしまっているのが残念。しかし、ここは音響場所が金魚鉢状態で、ゆえに繊細に、と言っても到底、無理なのである。が、なんとかせねばなあ、という思い。明日、チェックし直しだろう。

オープニングパーティが会場ロビーで開かれる。大変な人。すごい。オープニングパーティとは、パパ・タラフマラのオープニングではなく、SIDFESのオープニングということなのだ。こういう状態を見ると、オープニングに選ばれた感慨は、と記者たちが言いたくなるのも分かるなあ。

さて、驚いたことに、演劇評論家や舞踊評論家、演出家、舞踊家たちの反応が素晴らしくいい。日本でこういうことはあり得ない。こちらが目を丸くしてしまった。ある演出家は演出家の僕に向かって、「これは演出の勝利ですね。演出が勝利することはあまりないのですが、最後には完璧にやられた」と言ってくる。嬉しいやら恥ずかしいやら、でも、それだけのことはやってきているとは思っている。
韓国演劇界の重鎮どころか、重重重鎮くらいのキムジョンオクさんも相当、感激してくれたようだ。もう80くらいではないか。その他、僕に話しかけてくるのは皆、評論家や演出家たちで、素晴らしく反応が良かった。

では日本ではどうか?先日、三人姉妹を見に来たある日本人舞踊評論家Aなどは、始まって5分で寝始め、最後近くまでぐっすりとお休みで、お話にならなかった。もちろん寝てもいい。が、開始早々はないだろう。モラルというか、礼儀はないのだろうか?

菊地理恵、橋本、池野と話をする。
舞台とは何であるかという話をする。
みんな、良くなってきているかと問われれば、良くなっていると言える。が、しかし、まだまだ根幹が弱い。根幹を変えねばいけない。そういう強い思い、強い認識が彼らにあるかどうかが問われよう。要は自分の中で言い訳していないかどうか、だ。あるいは勘違いである。舞台は全的コミュニケーション能力を必要としているのにもかかわらず、まったく全的ではないというのが問題だ。そこにいかに気付くか、である。
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by kikh | 2005-09-28 11:16
 
撮影会だったぞ、今日は
 今日は朝からテンテコマイ。
 朝、荷物を電車内に置き忘れたから大変。中野駅を降り、早稲田通りに出たときに気付いた。なにかない。なにか足りないのではないか、と気付いてから、しばらくして電車内に服を置き忘れたことに気付く。大あわてでとって返し、中野駅で問い合わせ、三鷹駅にあると言われ、ほっと胸なで下ろし、三鷹駅まで行って、荷物を丁重に頂き、一時間遅れでP.A.I.平日コースの稽古と相成った。いやはや申し訳ないことをした。

 今日からP.A.I.平日コースも開始である。思えば、平日コース、休日コースとしたために私自身の休みがまるでなくなってしまっている。俺が蒔いた種とは言え、自分が忙しくなることを考えていなかった。ありゃりゃ、なんである。
 
 これが終わるやいなや、オークボマネージャーとMTG。

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 MTGが終わるやいなや、私自身が被写体となってのプロフィール用の写真撮影を行なった。写真家は、「三人姉妹」のチラシ写真を撮ってくれた砂原文ちゃんである。「素敵ですよ」とか「いいですねえ」とか「かっこいいです」・・・なんてことばを次から次へと浴びせられ、気恥ずかしいことこの上ない。決して気分が悪いわけではないが、どうもムズガユサが残る。でも、いい写真が撮れたそうだ。こりゃあ楽しみである。
 終わって再び、オークボとMTGの続き。
 
 そして「Heart of GOLD」初の全体スタッフ会議。
 このためにわざわざ山口情報芸術センターから技術監督の宇野萬さん(舞踏家でも有名だが)と制作の岸さんが出向いてきてくれる。総勢15人が集まる。熱気でむんむんであった。
 なんのかんので、最終まで。
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by kikh | 2005-05-10 00:59
 
5月1日 写真日誌
写真をアップすることで今日の出来事を綴る。

今日は田沢湖を案内してもらい、乳頭温泉郷の黒湯温泉に入りに行き、それから東京戻り。
帰宅であった。

上から順に

シュール田沢湖1
シュール田沢湖2
乳頭温泉郷 黒湯温泉
おもしろ鯉のぼり群

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by kikh | 2005-05-02 09:48
 
4/30 わらび座二日目
 28日、マレーシア舞台芸術界の重鎮、クリシン・ジットさんが亡くなった。
 クリシンとはそう何度も会ったわけではない。ほんの5,6回程度だろう。マリオンデクルーズさんとは仲がいい、というよりも僕は何度も一緒に仕事をしていて、こちらもマレーシア舞踊界のドンみたいな女性だが、そのマリオンの夫であった人がクリッシンであった。
 危ないとは聞いていた。しかし、何度も何度も聞いていたので慣れっこになっていて、今度も大丈夫だろうと思っていた途端に亡くなったと聞かされた。
 やっぱり天命である。冥福を祈る。


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 朝、早く、昨夜、一緒に飲んだマザーズシステムジャパンの社長である首藤さんと奥方、わらび座デジタルアート部門長である長瀬さんと奥方、私の四人で片栗の花を見に行く。一斉に咲くのが素晴らしく美しいというので見に行った。写真の通りである。

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 紫の花が片栗の花で、片栗粉は片栗の根を挽いたものなのだそうな。知らぬ知識。やさしげで、朝、下を向いていた花びらがニュッと起きあがってきて、くるりと上を向くのである。そのさまをつぶさに見ることができ、なんともほくほくとした気分。



 戻ってきて、長瀬さんにモーションキャプチャーの説明を受ける。
 モーションキャプチャーというと、ゲームなどでの動きに実際の人の動きをモーションキャプチャーで撮り、それに肉付けをし、ゲームキャラクターにする、ということがよく行なわれている。興味ある技術ではあるし、これでいろいろなことが可能となるだろうことも容易に想像が付く。ただ、使い方の難しさがある。何でも新しい技術を使えばいいというものではない。ましてや舞台だと身体とのかねあいがある。もちろん面白い使い方は思い浮かぶ。だが、コスト的にどうなのだろう。長瀬さんは安いと言っていたけれど・・・。そしてあとはアイデア力だな。

 午後はわらび座の舞台を観劇。「よろけ養安」という作品。年間、ここで280ステージも行なっているのだから、驚くほどのことではないが、この「よろけ養安」、再演で今年4月半ばから8月末まで行なう。ほぼ4ヶ月半。130ステくらいやるのである。こりゃすごい。やっぱりすごい。この秋田県田沢湖町にある700の劇場を使っての130ステなのだ。
 わらび座のことを知っているつもりでいて、実はたいして知らなかった。というのは、わらび座というのは、僕は民族芸能に根ざしたミュージカル劇団だとばかり思っていた。だが、それこそがここ10年の新しい流れだそうで、その前は完全に歌舞団だったそうである。歌と踊りの集団と言えば分かりやすいだろう。

 だが、この「よろけ養安」であるが、素材の確かさと同時に問題を感じたのも事実である。作品の作りにまだ甘さがあることも否めないと思った。オーバーになる演技も気になる。そうは言っても、足腰の決まり具合やら確かな技術にとても大きな可能性を感じた。こりゃあ、もって行き方によってはかなり素晴らしくなるだろう。だが、一番大きな問題はどういう方向性で作品作りを行なって行くのかだ。大量観客動員を目指し、マーケット至上主義で行く限り、どうしても安全圏狙いになる。だから、今までの作品を見ると、作家、演出家、音楽家、美術家等の選び方が、かなり安全圏狙いだ。安全を狙うことは必要だろうし、それはそれでいいと思うが、それ以上は望めないということでもある。とは言っても、400人もの社員を抱えているのを思うなら、どうやって客を獲得し、作品を古く、同時に新しいものにしていくかが問われよう。ううむ、これは難しい問題だ。僕にとっても感じ入ることが多い。ほとほと頭が下がる思いである。

 夕食を是永さん、広報統括ということになっている菅野さんと一緒に摂る。本当にふたりともわらび座の舞台が好きで好きで仕方がないという感じだ。制作のこういうメンタリティの強さは心強いものがある。ついつい二人をうっとりと見てしまっていた。

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 角館の夜桜見物。是永さんに連れてきてもらった。ありがたい。
 写真の通りと言いたいが、ちょっと暗すぎて、なかなか写真に収めるのが難しい。三脚など持っていっていないので、暗いととたんに厳しくなる。
もう数日遅かったら最高の夜桜が拝めただろう。ううむ、せっかくの角館の桜だった。だが、これて良かった。とても良かった。
 武家屋敷沿いのしだれ桜は3分咲きといったところ。川沿いの桜並木は咲いている木と咲いていない木ではっきりと分かれている。そしてそこに夜店がたくさん出ているのだが、これが昭和を感じさせて楽しかった。
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 本当に気持ちのいい空気を吸い、ここの温泉ゆぽぽの湯につかり、なんとも気分のいい東北の一日であった。
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by kikh | 2005-05-01 23:16
 
3/8 コルカタ4日目 デリーへ
しばらくぶりに朝から少々活動してみる。コルカタへ着いて以来、昼頃になってやっとホテルから出るという生活が続いていた。だが、今日は最後のコルカタである。何でもフェスをやっているとかで、ガンガーの岸辺へ行けば、いろいろとマーケットが並んでいるらしい。でも、そういうのには興味がないので、ただ、ブラブラと歩いて過ごす。
初めて、カフェらしいカフェを発見し、入る。珈琲が今まで飲んだどの珈琲ショップの珈琲よりも美味かった。「百年」のことを考えて、続きを書こうとしているが、なかなか書けない。何かもうひとつ必要なのだ。
カフェから出て、ホテルに戻り、パッキングをして、もう一度、歩く。ムンバイから来たという少年に声をかけられる。初めてと言っていいくらい裏のありそうなインド人ではないヤツに声をかけられたという感じであった。
話しているのが、楽しくて仕方ないらしく、しばしば英語は何を言っているか分らなかったし、僕が話している内容もかなり曖昧にしか理解できていなかっただろう。でも、嬉しい嬉しいと繰り返す。おごるから一杯チャイを飲みに行かないか?と聞いてくる。まさか、またかよ、と思ったけれど、あまりに素直な目で言うので、付いていくと、そのレストランには今朝、家族で入った、いいレストランだろうと自慢気。でも別にどうというレストランではない。クーラーも付いていないから、扇風機が熱気をかき回しているだけのレストランである。両親に四人兄弟で旅行している、兄貴はムンバイのボリウッドでエンジニアをやっている。周りには映画スターたちがたくさんいる、と楽しそう。と、隣りでまた、声をかけてくるインディアンがいた。彼は渋谷のインディアンレストランで働いていたのだという。彼の兄は日本人女性と結婚し、松戸に住んでいるのだとか。日本語もまあまあできる。英語はかなり流ちょうである。彼もまた、珍しく(いや、本当は珍しくはないのだろうが)、腹の立たないインド人であった。なんせホテルのフロントでさえ、挨拶ひとつしないし、物を買えば、投げて寄こすし、釣りも同じ。黙っていると自分のものにしようとする。ハッパ、ハッパは朝っぱらから言われ続け、嘘を付くのは当たり前、ろくなヤツいねえなあ、と思い続けたインドであったから、珍しくきちんとした人間たちに合って、気持ちよくなった。渋谷にいた青年に年齢を聞かれ、正直に答えると目を丸くしている。ええ、どう見ても30にしか見えない。いや、本当だよ。と言うと、そうだね、日本人は嘘を付かないからね、と言う。インド人とはまったく違う、と。
少年は確かに自分で払った。20歳の青年であったから、まあ、俺が払っても良かったが、彼が言い出したのだから、彼が払うべきなのである。だが、きちんと実行するとは思わなかった。そして、その後も少しは一緒にいたけれど、別れ際もとても素直で素敵だった。ああ、こういうヤツもいるんだなあ、と最後になってなんとなくいい気分にはさせてもらった。その場その場で嘘八百を並べ立て、ともかく今が良ければってんで生活をするのがインド人だとするならば、(もちろんよく分らないが)ガンガーで身を清めよう、俗世から大きく隔たって生きていきたいと思う人間が多数出ても、おかしくはないと感じてしまう。当然、インド人の中にもこういう世俗にまみれた生き方に拒否反応を持つ人たちは多いのだろう。

インド人にカメラを向けるとはっきりと二つの反応を示す。これは明確である。半端がいない。撮れ、撮ってくれ、と強烈に主張するヤツと、撮るな、絶対に撮るな、と言うヤツである。これほど明確な反応はなかなかしてくるものではない。この明瞭さは、そのまま、彼らの生活そのものとなって表われてくる。腹に一物あるヤツは、そういう顔をしているし、すべては明確に表に出てしまう。

コルカタは面白かったか?ううむ。刺激は少なかった。それまでが多すぎたということだろう。しかし、ゆえに目的にかなった旅になりつつある。ただ、そうは言っても、あと10年したら、絶対にこういう旅はできないと思う。今が最後かもなあ、と強く感じながら、歩いている。
思えば、毎日、毎日、何人から手を出されたことか。子供やその母親や、目の潰れたジイサンや、横たわるだけになって、もはや死ぬのを待っているだけの人やら、いったい何人から施しを求められたのか。一日あたり100人は下るまい。最初は、痛んでいた気持ちも次第に慣れっこになっていくのを感じていた。慣れてはいけないと思いつつも慣れていく。しかし、今日はそのひとりの物乞いの子供を抱き上げている西洋人の男を見た。その男を見つつ、この西洋人は何でこういうことをするのだろうと思っている自分がいるのを感じた。それは、結局は政治、社会のシステムを変えようとする努力からしか、物事はなんら変化していかないということである。インドの物乞いに同情することはできる。しかし、同情はなんの解決方法も産み出さない。

ハウラー駅に行く。あの混沌をカメラに収める。
そしてハウラー駅16:15発のRAJDHANI Express と言う、インドを代表する深夜特急寝台列車にて、デリーまで行く予定である。
乗ってみると、これは食事も軽食もお菓子もジュースもすべて含まれているらしく、なかなか快適である。ましてや僕のボックスはふたりなのであるが、私ひとりだけしかデリーまで乗っていないらしい。これはいい。二段ベッド状態のところ、下を書斎化し、上を寝室とすればいいのだから。

インドではミルクたっぷりの紅茶、チャイを飲む、と言う言い方は間違いだろう。ミルクで紅茶を入れると言った方が正しい。最初から砂糖も入っているので、甘いミルクティだ。こんな紅茶を飲みたいとすら思わないのだが、ここで飲んでいると実に美味く感じる。食は文化だとつくづく思うのである。たまにはショウガ入りのチャイもあって、これはこれですっきりと感じられてよろしい。今、列車内で至急される紅茶でさえうまく感じるのだから不思議なものだ。僕は紅茶はそもそも好きではないのだ。でも思えば、イギリスでは紅茶がうまい。あれは、僕は水だろうと思っていた。しかし、ここはインドである。そうか、だからミルクティなのか、甘さたっぷりのミルクティ。甘さたっぷりというのは熱帯地方へ行くとどこでも甘さたっぷりで、何もインドだけに限ったことではない。砂糖消費によって暑さに対処しているということなんだろう。生理的にも暑いところで、甘い物は美味く感じられる。

ともかく、後は明日午前10時にデリー着の予定だ。
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by kikh | 2005-03-11 08:49
 
3/4 バラーナスから寝台列車
 昼間は台本書き。そして再び沢木耕太郎の「深夜特急」を読もうと思ったら、ない。あ、たぶん、来るときの機内に置き忘れてきたのだと気づいたが、機内でほとんど読んでしまっていたので、まあいいや。沢木の「深夜特急」は本当にあったことなのだろうが、それにしても出来事に満ちている。あんなにいろいろなことが起きるものなのだろうか?だいたい私の場合は、どこへ行ってもあまり人は近づいては来ない。だけど、ううむ、ここインドだけは特別だ。次から次へと人が押寄せてくる。外国人と見るや、こりゃカモだとばかりに次々とやって来る。こんな国があったのかと驚く。僕もいろいろな国へ行っているけれど、ここまでものすごいところは初めてだ、と感じての、昨日の日本人たちの話を再び思い出している。やっぱり歩き回っている奴らは違う。まあ、アフリカあたり行ったら、とんでもないことは多々起きるのかもしれないが。
そうは言っても、ゴードウリャーという中心地に行ったら、本当にすごい。ヒッキリナシ、だ。今日も、本当に腹が立って、うるせえとっとと失せろ、と何度言ったことか。あとは、こいつら、この声をかけてくる奴らを絶対に信用してはいけない、ということをこのインドに来て学んだ。100パーセント信用できない。ホテルまで何ルピーだ?30ルピー。これインド人価格。馬鹿野郎!シッシと追い払う。本当はその6分の1である。そんなことばかりだ。そうかと思うと、今日は錠前を買ったのだけれど、ある店で聞いたら、彼が知っているから付いていけ、と言われ、こりゃあ怪しいぞ、と思ったら、案の定。チェーンだけで200ルピーって言ってるぞ、あんな店はダメだ、他に行こう、と言う。付いていくと、再びハッパ、コカイン・・って始まる。きさまあ、この野郎、いい加減にしねえか、おい、何がホーリープレイスだ、こんなに薄汚くカネカネってやっている街を俺は見たことねえわい。行け。この野郎!と、言うと、ジイサンなんだが、これが突然平身低頭、もう冗談だよ、ごめんよ、ってどこまでも付いてこようとする。あとは手の平で追い払うだけだ。もう犬畜生にも劣る奴らばっかりだという気分になる。ハッパ、コカイン、マネーチェンジって声をかけられるのは20メートル毎か。こんなことばっかりが起きる。最初は、ガンガーの沐浴風景やら火葬風景を見て、思うところは多々あったけれど、そこからほんの30歩くらい上に上がると、突然、現世の醜さばかりを見せつけられる。こりゃあ、本当にガンガーに抱かれて、ガンガーのすべてを流し去ってくれるという水に抱かれて死にたいものだと思うのも、さもありなんだと感じ入った。
牛は神聖な動物とされる。だから、牛はどこでも堂々としている。車が通ろうが、人が来ようが、お牛さまが世界の中心である。小便もウンコもお構いなしだ。だから、ウンコを踏んづけてしまうことはよくある。インド人はウンコを汚いとは思ってはいないのだろう。ウンコはしょうがあんめい、出ちまうんだからさ、ぐらいにしか感じていない。神聖な動物が出すウンコだから神聖さがあると感じてさえいるのかもしれない。とは言え、人間も排便は平気だ。おかまいなしである。神聖な牛がウンコするんだから、人間だって、どこでウンコしてもいいじゃないか、くらいかな。なんせ、繁華街の道路の片隅に寄っていっては背を向けてしゃがむ人たちがけっこういるのだ。どうも人が尻からウンコをひりだしているのを見るのはあまり気持ちのいいものじゃない。ただ、面白いのは、それをじっと見ていると、周りの連中がフォト、フォトって囃し立てることだ。カメラをぶら下げて歩いていて、ウンコしている人間を見ている俺を見て、やつらはほうらカメラに収めろ、いいシャッターチャンスだぞ、とばかりに、ウンコ姿を写真に収めることを願うのである。これがわからない。やっぱり特殊な姿だという認識は持っているからだろうが。

やっと登場人物の名前を決めることができた。こういう作業に時間がかかる。適当に付けられればいいけれど、その後々まで名前は性格を決定させていったりするから、難しい。台本も手を付け出すことができた。でも、このペースでは絶対にインド在中には仕上がらないだろう。でも、とっかかりができたことはそれだけで大きな前進になる。ただ、半分は書き上げていかないとまずい。今は、そもそもインドに来たというのが失敗だったと感じている。インドで書こうなんて、大間違いだった。こんなにハチャメチャであるとは、思ってもいなかったからだ。しかし、混沌は面白い。面白いけれど、半分は辟易し、うんざりさせられ、頭を抱えることになる。インド人の顔を見るのも嫌になったかと思うと、なんちゅう欲望に忠実な奴らなんだろうと感心する。21世紀は中国人とインド人の世紀になると言われるのも、当然のような気がするが、でもこの猥雑さは、アメリカのちょっと形態を変えただけに過ぎないのではないかとさえ思う。あまりに欲望に忠実で困ってしまう。かといって、今、デリーとアーグラーとバラーナスだけでインドを判断するのは大間違いだろう。そして、旅人の短時間の目で見るものなどほんの一部でしかないから、今の感覚的な気分でしかないということにもなるし、これで判断するのは早急過ぎるというものだろう。そもそも大都会と観光地しか移動していないではないか。これは日本を東京と京都あたりで判断しているのと大差ないではないか。田舎の景色はまったく違ったものだ。それは今、書いているのが、バラーナスィからコルカタ(カルカッタ)への移動途中であるため、とてもよくわかる。田舎の景色はどこでもそうだが、のんびりしたものだ。そして、人々の顔つきも違っている。
まったくぐったりさせられたバラーナスィにバイバイを告げ、またこれがホテルのフロントでのちょっとしたトラブルがあったんだが、まあ、こんなことはいつものことで、ともかくインドでは隙あらばなんで、気を付けなければいけないということがわかっていれば問題ないことではある、さて、リキシャに乗って、バラーナスィ駅まで行き、ところが相変わらずで、いつまで経っても列車が来ない。一度案内があって、それによると10分遅れで着くということだったけれど、こちとらよく事情のわからない旅人である。もう10分遅れのはずが20分過ぎ、30分過ぎても姿を現さない。案内は何もない。大きな駅だから、プラットホームが間違っているのではないか等々、心配になるが、駅員さえ見つけ出すことができない。誰が駅員か、まったくわからないのだ。大丈夫だろう、ここはインドだ、と開き直ると、まあ、それから40分後にまもなく到着します、との案内があって、50分遅れでの出発となった。バラーナスィ発22時10分。
絶対にパソコンを車内で開いたり、カメラを持っているのがわかってはいけないと言ってくれたインド人が何人かいた。だから、今、こうやってパソコンを深夜特急寝台列車の中で開くのは言語道断ということになるが、今日は日が変わって、5日朝8時40分だから、もう寝ることもないし、起きている間はずっと手放さず、昼過ぎ、たぶん14時頃になると思うが、ハウラー駅、コルカタの玄関口である駅に到着することになるから大丈夫だ。
それにしてもよく寝た。9時間以上は寝ていたと思う。この揺れがたまらなく気持ちよかった。
列車の窓はすべて黄色いくぐもったフィルターが入っているような色彩に変色している。だから、窓の外の風景はセピア色に変わり、なんとなく昔々の景色を見ているような気分になる。駅に到着し、人々が大勢集まっているような場所でさえ変色しているのだから、いったいこれはいつの時代なのだろうという気分に陥ってしまう。
インドの田舎を旅してみたいものだと思う。今回は混沌の旅となっている。が、田舎の、そう、映画でサタジットレイが描いていたような風景の土地を歩いてみたいと思う。いつになるかはわからないが。まったくいつになるか、想像すらできないが。
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by kikh | 2005-03-04 23:33
 
ラストデイト
 まだ体調は5分。 
 マチネ開演前に後藤繁雄さんと舞台の片隅でミーティング。観客がどんどん入ってきているにもかかわらず、小さなミーティングはいつの間にか、トークショーと化していて、後藤さんの質問は止まらない。面白い人だろうと思っていたら、まったく予想を超えた面白さで、場所を選ばず、公演の直前まで小ミーティングは続いた。
 マチネ公演。もうギュウギュウ詰め!立ち見で溢れかえり、中には気分が悪くなるお客さんも出た。マチネ、ソワレともである。狭い、ギュウギュウ詰め、立ち見もこれでもかという感じ。
 公演後に後藤繁雄さんとの本番アフタートーク。ううん。飛ぶ飛ぶ。この日、初めて会ったというのに、そう言えば、後藤さん、最初の一言が「訛り、強いですねえ」で、二言目が「顔がすごいですね」と来た人だ。何でも顔と言葉が、作品イメージと大きく違ったということらしいのだが、それにしても初めて会って、初めての言葉がこれだったので、僕は一気に気に入ってしまったのだ。衒いがなくていいのだ。
 アフタートークは長々と続き、終わってからも、近くの長浜食堂で延長戦が2時間も続き、ソワレが開始するってんで、大至急、事務所戻り。
 ソワレ開始。
 ソワレ公演は素晴らしかった。雑念が消えるとはこういうことか、と思えるくらい素晴らしかった。「三人姉妹」のカーテンコールは6回も続いた。

 それからはジョシュフォックスの質問攻めがあった。本当に昨日の予言通り、結局、立て続けに3回見に来て、3回とも大感激し、これを是非ともニューヨークで紹介したい、とまた始まった。終いには、そうだ、厳しかったら、俺のうちでやろう。俺のうちはスタジオサイよりでかいぞ、と言う。任せろ!ただし、金だけはないから、それ以外のことなら何でもする、と、いかにも感激屋のジョシュらしい。

 体調不良は続いていたが、深夜0時からの打ち上げに参加しないわけにはいかない。結局、初電に乗った。ぐったり。しかし、13ステージの面白さ、たまにはこういう小さいスタジオでの公演もいいもんだわい、とつくづく感じた一夜であった。
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by kikh | 2005-02-21 23:57
 
教育だな、やっぱり
 体調不良が続く。
 稽古場に来てみれば、たまおが私よりも悪い。とは言え、明日は本番であり、かつ、2ステだから、今日中に身体を治さなくてはならない。
 明日、明後日の4公演とも、もう立ち見でびっしりという状況らしい。狭い場所ではあるが、立ち見で溢れ、それでも申し込みが来続けているそうだから嬉しいことだ。

 車内の吊り広告を見ると「ホリエモンに乗っ取られるフジ日枝会長の一生の不覚」の文字が躍る。若いベンチャービジネスの成功者たちは、最近、どんどん異業種への進出を狙っているようだ。しかし、不思議なくらい、そこから匂ってくるのはビジネスとしての、簡単に言えば、金儲けを目的とした意識ばかりである。フジテレビが文化か?と問われれば、それもひとつの文化だと言える。だが、今の地上波テレビはてんで意識が低い。大宅壮一が「一億総白痴化」と言ったけれど、あの当時でさえ白痴化ならば、今はもう終末である。
 オリジナリティということばがなくなって久しい。いや、口頭ではオリジナリティと皆、口にする。しかし、本当にオリジナルなものなど、いったい誰が追い求めているのか?オリジナリティはなければならない。しかし、たいていのモノは二番煎じであり三番煎じ・・・・である。二番煎じが悪いか、と問われると、決して悪いわけではない。それがさらに強烈なオリジナリティを放つならば、である。模倣は重要なのだ。しかし、模倣が模倣に終わっている限り、オリジンのモノよりも格段に劣るのは仕方があるまい。

 こういうことはすべからく、日本の教育の問題に修練する。やっぱり教育を変えなければ、ダメだ。
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by kikh | 2005-02-19 09:52


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