★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
カテゴリ:日々の記録( 896 )
 
書かなくなって半年近く
 このブログを書かなくなって、もう半年近くになる。
 今もそうだが、時間との戦いのような状態が続いており、文章は簡単に書けるツイッターになってしまっていた。
 半年の間に‘パパ・タラフマラ・ファイナルフェス’があり、終わり、音楽祭も終わり、今は最後のパパ・タラフマラのイベント、‘CIRCUS~パパ・タラフマラの記憶展’を実施している。それが終わるとすぐに新しい僕自身のプロジェクト全体の総称である‘小池博史ブリッジプロジェクト’がスタートする。
 
 なんとも目まぐるしい時間が過ぎ去っていった。
 
 しかし、僕自身としては、ずっとではあるが、日本人に希望が持てなくなっている。もちろん少数の優れた人物はいつの世の中にもいるものだ。だから、それはそれで結構。だが、どうにもその少数ではどうしようもない、という感覚もある。あまりに固定観念に縛られたままだし、その固定観念で生きることをうまく利用する輩が、世に出やすいという誠に居心地の悪い構図はなにひとつ変わっていない。

 もう少し、この時代、社会とは戦ってみたい。だが、村意識がみっしりと根付いてしまっている社会は変えられるものではないだろう。希望は持てるか?果たして?
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by kikh | 2012-05-02 07:29 | 日々の記録
 
ついにオープニング
12月3日、ついに早稲田大学でのフェスティバルオープニングの日を迎えた。
4月に解散を決意し、8ヶ月を経ている。いろいろな動きを作ってきた。パパ・タラフマラの本の出版にもこぎ着けることができた。
この日から動きがどんどん出てくるだろう。あと4ヶ月後には、パパ・タラフマラはなくなる。
非常に感慨深い日々が始まっていく。
じっくりと噛みしめつつ、次を考えていきたい。
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by kikh | 2011-12-03 11:22 | 日々の記録
 
10/7
 毎日、瞬く間に過ぎていく。
 この欄、全然、書かなくなって久しい。書きたくないというよりは、単純に時間との兼ね合いで、書いていられなくなっている。「書く」という行為が次々と押し寄せて来るために、なかなか自らブログに書くという行為に向かえないでいる。少なくとも来年3月までは延々、この状態が続くだろう。
 本を出す、という方向では確かに動いている。なかなか決定まではいかないが、でも、必ず出す。今月はヨーロッパ、アジアに旅立つが、そこでも原稿書きラッシュだ。
 まあ、もう少し待ってて欲しい。
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by kikh | 2011-10-08 01:00 | 日々の記録
 
語り
 解散発表したのが6/24。それ以前もそうだったが、以降はさらに時間がなくなってきた。来年3月末までは、もう7ヶ月半しかない。
 とにかく、語ること、書くこと、これに集中しつつ、可能な限り、多くのイベントに注力しようとしている。「パパ・タラフマラファイナル美術館」は非常にもったいないと多くの方々から言われたイベントだった。短期間であり、もっと東京でやれば、とも言われた。巡回展をなぜやらないのか?とも言われたが、やれるような準備をまったくしないまま、今回は急に決まって、急に突入していったのだった。

 語りに関しては、できるだけ一所懸命やるようにしている。発表以降、東京大学、柏アイランド、流山でのヤノベケンジさんとのトーク、ユースト中継2回(中川俊郎&オノセイゲン)、京都、大阪でのトーク・・・・とかなり積極的にやっている。今後も目白押しだ。ユーストは月3回ペースで来年3月まで?続ける??9月は福岡、九州大学、東京大学でのトークがある。
 10月1,2日の太郎と踊ろうの作品作りも始めなければならない。やばい。まだ考える切っ掛けさえ掴んでいない。これはそうか、研究生の合宿最中に書いてしまわないとマズイということだな、と思う。
 これが終わると少し置いて、アジア、ヨーロッパへとツアーに行く。ううん、キッツイ。
 
 パパ・タラフマラブックを出す。僕自身の本を出す。できれば2冊出す。DVDを14本出す。
 さあ、どうやってやり繰りできるだろうか?
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by kikh | 2011-08-13 23:22 | 日々の記録
 
7/10 二ヶ月半
 本日、やっと書き続けていた文章が一通りあがった。あくまでも第一稿なので、これからまだまだ大変だと思うけれど、それでもホッとする。書き始めたのが4月22日だったから、ほぼ2ヶ月半である。だいたい原稿用紙に直して430枚。一日平均6枚程度は書いていたことになる。こんなにまとめて書いたことはなかったが、でも、今年は初めて、「語る」年と位置づけたので、書く、語ることに重きを置くのだ。だから、いくらでも話に行くし、書きもする。

 この間、相当数の人々に会っている。もちろん解散絡みである。これほど人に会ったのは僕は初めてかも知れない。そのくらい会った。そもそも「パパ・タラフマラ・ファイナル・フェスティバル」の発起人、実行委員数だけでも100人近い。ボランティアの方々を入れると150人になるだろう。出来る限り、ひとりひとりに会いたいと思っている。そして語りたいと思っている。

 この本に関しては、今月中で全部片を付け、8月からは次に取りかかりたい。次は「舞台芸術論」についてだ。まあ、そんな堅い本にするつもりはない。そもそも、パパ・タラフマラのファンというのは、舞台芸術ファンは2割しかいないのだ。あとは音楽、映画、美術、文学、ほぼ均等に存在している。舞台芸術ファンもまったく同じ割合でしかない。目指すところではあったが、このどうしようもなく窮屈な日本だと、いろいろな意味で厳しい状況に置かれることになってきた。とにかく、10月末には脱稿し、12月の公演時には最低でも2冊は出版したいと思っている。パパ・タラフマラの30年の歴史を辿る本も出したいから3冊だ。その三冊をなんとしても出したいのだ。
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by kikh | 2011-07-10 20:08 | 日々の記録
 
現在
 ブログを書かない日々が続いたら、結構、多くの方が心配してくれているというのを聞き、これはちゃんと説明しておかねば、ということで、ほんの少し。

 まず、震災後、自分たち自身、どうしていくか、今、本気になって考えているところです。加えて、こういう状況なので、僕自身、本当にことばで語っていかないとまずいと考えるようになっています。
 だから、今は本を出したいと、時間の空きを見つけては文章を書いています。ゆえにブログやツイッターには手が回っていないということです。
 日本には絶望しかかっていますが、かろうじてあと何年かはやってみたいと思っています。
 そのための方法に向かって、今は準備中です。
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by kikh | 2011-05-27 22:40 | 日々の記録
 
このところ
 このところずっと動き続けている。
 P.A.I.は始まり、埼玉芸術総合高校の授業も始まり、高校生たちの可能性をヒシヒシと感じるが、さて、ここからどんなフウに日本を作っていくか、そのようなことばかりを考えている。地震が終わったのか?まだ分からない。まだまだ分からない。浜岡原発を止めたのは良いがあれで大丈夫とは誰も思っていない。政治家たちの動きを納得している人はひとりもいないだろう。つまり、今、日本全体が疑心暗鬼状態で、何を信じれば良いか分からなくなっている。信じてきた世界が一気に崩壊した。本来は崩壊して当たり前の世界だったのに、それを後生大事に育ててきたのが私たちなのである。だからこそ、そのショックが大きい。
 なぜそのショックが大きいのか、今、そのことに関してまとめようと、時間を見つけては文章に書き綴っている。
 
 長年、舞台をやってきて、ほとほと幻滅もした。幻滅しきった時に、画に描いたような震災が起きた。要はそういうことだ。画に描いたような!

 今日、こういうことを書くとまた物議を醸し出す可能性があるのだが、土方巽の「禁色」という作品に寄せての文章を読む。土方の文を絶賛する人もいるが、おかしいんじゃねえの?と言いたくなるほど何にも意味が分からない。こりゃあ自己陶酔でしかなかろうと思うが、土方さんくらいに持ち上がってしまうと、なんでもかんでも良くなってしまうのだろう。ただ、これが日本なのだ、と思わなくもない。この批評性のなさ。批評の育たぬ土壌。土方になるととたんに取り巻きが押しつぶす。つまり、批評を悪口と捉え、批評できない場を作り上げる。それも同じ根っこである。福島原発の問題も土方文の問題も同じなのだ。根っこはね。
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by kikh | 2011-05-11 21:55 | 日々の記録
 
震災を活かせ
 もう5月4日になっている。最後に書いたのが4月10日だから一ヶ月近く、何にも書かない状態が続いていた。
 この一ヶ月、かなり動きに動いていた。埼玉芸術総合高校の授業が始まり、僕は週に2駒の授業を受け持つことになったのだ。高校生は実に吸収が早く、大きな可能性を感じさせたので、楽しみになってきた。それ以外にも次々と人に会い、話をし、シンポジウムに出、しゃべり、日本を移動し、こんなことを繰り返していた。イベントは全部潰れたがチャリティイベントが出てきて、それに出たり、チャリティでのCD作りなんてのも進めている。ところが、震災のために、僕ら自身の足下に火が点いてしまっている。
 本気になって、やっと、本を書こうと思い立った。もうダメだと思う。この国にいて何をやろうが、言葉には叶わないのだ、と強く実感することばかり起こっている。芸術を理解する人はいないわけではないが、実に少ない。芸術という言葉のまやかしにコロリと騙される人も多いし、芸術自体、理解できない人たちは相も変わらず、悲しいほど多い。政治家や役人の多くは本当にダメだ。話にならない。震災でハッキリしたのは、やっぱり頭人間は使い物にならないということだ。感情ばかりの人間もほとんど使い物にならない。
 この震災をプラスに働かせること。
 これしかない。ここで僕らはどこに行くことができるかが試されている。
 僕自身もパパ・タラフマラ30年の中での最大の踏ん切り年になってくるだろう。大きな転換点に今、立っている。
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by kikh | 2011-05-04 19:21 | 日々の記録
 
4/9 茨城・日立~4/10
 日立の実家に戻る。朝早く、車で出て、夜東京に戻って、ギリギリで最終電車に乗った。
 日立ではずっと片づけをする。弟が来て、片づけは随分としてくれたらしく、あまり震災の跡は残ってはいなかった。それよりも、日立まで東京から来る途中の高速道路が波打っていたのだから、たぶん日立の方が地盤が固いのかもしれない。
 日立でも数カ所の海岸線を見て回る。やはり津波の跡が痛々しい。とは言え、三陸海岸辺りの状況とは比較にならないほどではある。それでも相当な恐怖があっただろうことは想像に難くない。ならば、宮城、岩手あたりの津波は考えるだけで恐ろしくなる。

 本日、10日。選挙。速報を見ていると自民の圧勝ではないか。民主がダメなのは言うを待たないが、いいかね、忘れてはいけないのは、原子力を推し進めてきたのは自民党政権で、それが官と一体化しつつ、行ってきた政策が今をもたらしていることだ。民主も自民ももはや話にならん。こんな時、子ども手当の問題をハッキリさせなければ手を握れない、等と言っている自民党にはまるで未来はないだろう。話にならない。何をさておいても大連立内閣を作り上げなければ、この国難を乗り切ることはできまい。
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by kikh | 2011-04-11 00:15 | 日々の記録
 
4/5 卒業公演
P.A.I.の卒業公演も16回目を迎えた。
今年の卒業生には正直、相当、いらいらさせられた。一般的な常識がない。知力が低下しているのか?と思った事も何度もある。一般常識なんて疑った方が良いというのはしょっちゅう言っているので、自分で一般常識なんて言いたくはないが、しかし、基本的な知識くらい持ってろよ、っていうのはある。基本的知識くらい持ってないと会話が成り立たない。話が通じない。
みんなそれなりに一所懸命なんだろう。だが、時代が変わってきたのか、だんだんタフネスでなくなった。タフネスが消えたら、もうダメだ。生きる力みたいなものである。そして生活苦である。生活に勢いをもたらすには、アイデアと生き抜く力であろう。
とは言え、一年、やり通せば、何かが生まれる。でも全然、一年じゃ足りない。最低でも2年~3年はかかる。そこからギリギリと面白さが出てくる。

原発問題に限らず、日本は、なにからかにまで、内向きだ。発表、発言、舞台作品・・・。多くは日本の内側に向かっている。海外に向かえるのも国内評価こそが一義である。
高濃度、低濃度にかかわらず、汚染水を海に垂れ流す事の拙さは、何も日本人だけではなく、世界の人間にとって、日本はいったい何を考えているのか?と思わせるに十分な出来事であろう。誰からも信用されない国民に成り下がってしまう。起こしてみて初めて分かることがあるが、東電は東電内部論理、政府は政府内部、メディアはメディア内の論理しか持ち合わせていないように見えてしまっている。今、民主党も自民党と大連立を行い、問題を震災に焦点を当てて、果敢に乗り切る事を模索していくことこそが肝要だろう。震災には最大限の事をするが、他がダメなら連立はダメだという。だが、今は非常事態なのだ。日本が世界でどう見られるか、試されるか、その瀬戸際なのだ。
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by kikh | 2011-04-06 10:01 | 日々の記録


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