★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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2/28 インド二日目
 朝早くから、まったく疲れ切っているというのに観光客と化す。だから嫌なのだ、勝手できない旅というのは。まるで好きなようにできない。ここまではドライバー付きの旅となってしまっているのだ。ドライバーも本来は邪魔でしょうがない。どこか行け、と追っ払っても良かったが、それでは彼の立場がないのだろう。一日、つきあってもらうことにした。まあ、それなりにいいヤツではあったのだが。
 まず、タージマハールへ行く。大理石の、世界で最も美しい墓であり、建築物であるとのことだった。まあ、すごいことはすごい。美しい。けれども、思ってしまうのは権力者の意識構造だ。権力者というのは権勢誇示のために、いくら愛のためとは言え、どこまでも人々に苦痛を強いてしまうものなのである。そういうことばかりが強く印象に残った。権力を握るというのは好き勝手できるということだけれど、その放埒ぶりゆえの構造物は人間の欲望の深さばかりを見せつけられた気がして、すっきりと驚きだけに終始したりはできない。そしてこれが未だに残っているというのは、歴史が必要としたのか、歴史は不必要と見なして、まるで意識に登らせなかったということなのか。
 そして不愉快だったのは、入場料である。外国人価格が750ルピー。ほぼ2000円弱である。考えられるか?え?これがインドだ。ふんだくれるところからはふんだくってやろう。どうせ見たいんだろ、お前ら。このインド政府の意識構造をどう考えればいいのか。インド人入場価格は5ルピーだから、外国人価格は150倍だ。
 さてさて、インドの凄さを再び感じた。なんちゅうところだ、ここは。混沌のひとこと。みんな一生懸命生きているのはわかるけれども、すごい。遠慮なし。可能な限り押し寄せてきては、何か起きるのを期待し、べたりべたりとまとわりついて、うるせえなこの野郎と言いかけようとする頃合いにすっと消えていく。道路もカオス。犬と人間と人力車と三輪オートとタクシーとトラックと牛とラクダが同時に走っている場所などあるものか。これはすごい。腹の底からむかむかし、不愉快になり、唾したくなるけれども、いや、唾はみんな四六時中、そこかしこにペッペ!ってやってはいる。いやはや、だけど、びっくり仰天である。人間もびっくり人間大集合である。四つんばいでしか歩かない少年。カメラを向けるやいなや、写真代を請求する子供と老婆。二本しかない足で必死で歩く犬。身体を地面にこすりつけるようにして、かすかな息をしている老婆。子供も容赦なく、地べたに放って置かれ、誰も見向きもしない。死のうが生きようが、まあ、死んだら死んだでしょうがねえわな、ってな感じだ。人間も動物も、ここでは尊厳などあるもんじゃなく、差別も区別も何でもありだ。こんな状態を見ていると、確かに、確かに、わしもインドで考えた、みたいな思考になってくるのはよくわかる。わかりすぎるくらいわかる。これは考えないではいられないでしょう、ってなくらい知らずに生きてきた人たちにとっては、ショックである。
 タージマハールの次にアグラフォートという城へ行く。
 まあ、ここも、うん、権力者はどこも同じだねえ、という感じか。
 それより、それを見てから、ずっと車道を見、人々の動きを見ていたけれど、これは面白いを通り越して、感心しっぱなしとなる。ううむ。頭を抱えてはいるけれど、次々と人々がよってきては、話しかけてくるからのんびりもしていられない。まったく最初から下卑た話題を吹っかけてくる野郎もいるのだから感心する。遠慮も衒いもない。俺はゲイだけど、いくらで買う?って聞いてくるヤツまでいる。見ていれば、どこで立ちションをしようがお構いなしで、そこかしこで小便の臭いがぷんぷんとしている。そうかと思うと、ウンコを道の隅っこでぶりぶりだ。
 夜11時20分発の電車でバラナシへ向かうことにして、駅まで車に乗っていく。これが滅茶苦茶であった。反対車線だろうが何だろうがお構いなし。反対車線がいっぱいならば、その更にむこう側まで行っては、進行する。いったいここは何車線じゃい、というくらいの二車線が四車線と化している。いやいや、隙間さえあれば入っていこうとするこの根性、いやこの思考、まったく新しい、傍若無人。邪魔くさかった運転手とも離れることができ、これですっきり私ひとりきりの旅となった。

 そして、暗いホーム。
人々はほとんど動かず、そこかしこで毛布にくるまって寝ている人たちがいる。痰を吐き続ける男がいる。突然、大声を上げるババアがいる。駅のホームに向かって小便をする男がいる。と、何かが落ちてくる。見上げると、鳩の軍団。それが糞を落とすからたまったものじゃない。壁に貼り付いていたのは鳩であったのだ。が、鳩はまだましだった。
深夜の電車をホームで待っていると、みなでのぞき込んでいる人間がいた。じっと見ている。ときどき、懐中電灯で照らすヤツまでいる。よく見ると、それは死体だった。いや、死体であることをみなで確かめていたと言ったらいいのか。死んだ人間を、騒ぎ立てもせず、みなでのぞき込み、ささやき合っているのだ。誰も騒ぎ立てたりはしない。そのそばでは、こちらも死にそうな子供が地べたの水の上に横になっている。かすかに息をしているだけだが、子供には誰も見向きもしない。まだ、生きているじゃねえか、とでも言わんばかりに。気分が悪くなって、トイレを探して、指し示された方に行ってみると、そこは確かに臭うがトイレはない。と、すっと女性が暗闇に入っていって、腰を降ろしている。要は、見ようとすれば見えてしまう衆人環視のトイレである。
 と、トイレはホームにもあって、しかし、こりゃあ何だ、というくらい簡素なトイレである。高さ1メートル60くらいの壁があるだけ。屋根などはない。男性トイレとは隣通しなのだが、どう見ても覗こうと思ったら上から簡単に覗けるようなトイレである。サイドからは、ちょっとコの字型になっているから、見えないと言えば見えない。が、ある女性が入っていくのにたぶんその夫が付いていって、周りから見えないようにしているのか、女の便をしている姿をじっと見ているのだ。
 俺の中の物事の価値観が、簡単に吹っ飛び、どこかへ飛んでいってしまう。死体をじっとのぞき込んでいる人々は立ち去ろうともせず、じっと見つめて、騒ぎ立てもせずに、するとそれから15分くらいして駅員が担架を持ってくる。とは言っても、持ってきただけで乗せもしない。たぶん役割があるのだろう。みなで、取り囲んだまま、死体運搬をするわけでもない。
 と、そうこうしているうちに列車が入ってきて乗り込んでしまったが、乗り込もうとした瞬間に切符を奪い取られ、勝手に、強引に案内人と化して、チップを要求してくる人間がいる。と、政府の案内人だという。すごい政府だぜ。あまりの鮮やかさに感心し、チップを渡したが、それにしても隙あらば、だ。隙あらば、つけ込もうというのがインド式なんだろう。ともかくインドでは人を信用してはいけない、ということを今のところ学んでいる。
寝台列車に乗ったけれど、寝台列車はそこそこ快適ではあった。もちろんホテルというわけにはいかないけれど、その前日に泊まったホテルよりは遥かに気持ちのいい寝台車ではあった。二等寝台だから、さほどいいわけではない。不愉快さと体調の悪さと疲れとで、ぐったりして、寝るともなくうとうとうとうと寝続けたような気がする。
 気が付くと、朝、そろそろムガールサライ駅に着く頃であった。
 ムガールサライ駅着早朝7時45分。



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by kikh | 2005-02-28 23:20 |
 
2/27 デリーへ、アーグラーへ
 早朝に家を出て、成田空港へ。11:20発デリー行きの飛行機に乗る。
 だが、どうにも体調が優れず、果たしてインドなどに行っていいものかどうか、少々心配ではある。しかし、「百年の孤独」の台本を今、きちっと書き上げておかなくてはまずいのだ。今を逃すと、書いている時間がなくなる。けれど、インドである。果たして書けるものか?逆に心配になっている。いや、観光などせず、町並みを見て歩くだけでも楽しいのであるが、行きたいところを挙げていくときりがないくらい出てきてしまう。そういう中で、果たして、文を書くなどということが可能なのだろうか?と、言いつつも、いつも集中力は増すから、はるかに書きやすい時間となるであろう。
 インドはまるで念頭になかった。インドに行こうなどと、つい先日まで思ってもいなかった。しかし、なぜか思いついた。そうだ、今、再びシンガポールだの上海だのビーチだのと行っても、そりゃあ気楽に過ごせるかもしれないが、ううむ、刺激だ、何かやってくるだろうという期待だ。ガイドブックを紐解くと、インドには気を付けろ、そんなことばかり書かれている。インドは手ぐすね引いて、騙し騙され、一喜一憂、なんだとか。身構えてばかりもいられないが、そうだ、旅慣れているはずではあるから、その旅慣れた状態でインドを見たとき、何がそんなに特殊か、ちょっと見てみたい気分に駆られているというのが本音か。
 空港で早速、JALのお姉ちゃんに間違った情報を教えられた。時差はどのくらい?5時間半です。だから、今、9時半だから朝の4時になります。って丁寧な口調で。実は3時間半であった。

 そうこうしてデリー。
 もうてんでグチャグチャであった。
 端から滅茶苦茶。
 空港のツーリストインフォメーションでホテルを紹介してもらい、これで一安心とばかりにタクシーに乗り、行ってみると、さて、分らない。訳のわからないところでおろされ、すると、空港のツーリストインフォメーションのブランチがあるから行け、と言われて行ってみると、これまた、そのホテルはいっぱいだという。そんなはずはない。空港だぞ。空港のツーリストインフォメーションが嘘を教えたのか?だけど、事実は事実だからしょうがない、今、別のホテルを当たろう。おいおい、いいかげんにしろよ、と押し問答。最初から腹が立ち、体調が優れないのに、じゃあ電話してみろ、といろいろと電話してみるが、すべてフル。そんな馬鹿な。あり得ないだろう。なんだ、おまえらは。と言ってみるが、今はハイシーズンもハイシーズン。大きなコンファレンスも行われているから、どこもかしこもいっぱいなんだ。これはどこまで信用していいかわからない。どいつもこいつも真実を語っているようには思えなくなってきて、かといって、こんなわけのわからないところで放り出されても、さて、どこへ行ったものか。途方に暮れる。明るいならまだしも、辺りはまっくらで、かつ電灯らしい電灯も点いていない。あげくこれがデリーの中心だというのだから、途方に暮れた。さあて、どうしたもんか。
 仕方なく、運転手に話をしてみると、じゃあ日本語のできる代理店があるから、そこへ行ってみろ、と言う。いや、何も日本語ができなくてもいい、英語ができるなら、それでいいと言うが、どうにも、こいつら、自分で喋ることはするが、人の話はまるで理解しない。言いたい放題言ったら、あとは何を言われても、さっぱりわからない。あるいはわからないふりを決め込んでいるのかもしれぬ。
 仕方なく代理店に行く。ともかく、今はハイシーズンで、かつ祭りを控え、コンファレンスとぶつかっているから、5ッ星ホテル以外はほとんど空いていないと言う。そんなばかな、と繰り返しても、空しいだけ。メインバザールへ行っても良かったのだが、それにしても体調が優れず、これからホテル探しを行う気力もわいてこない。仕方なく、言うことを聞いていると、デリーをすぐにでも脱出するのがいいと言う。代理店だから儲けたいだけなんじゃないか?もちろんそんな気持ちは強く起きたが、疲れと体調不良ゆえに完全に気力が萎えていて、戦う気持ちが弱くなっている。どうにでもなれの心境である。
この男、顔が信用できない。信用できない顔の人間の前に座っていることがもうすでに居心地の悪さを感じているのに、そいつはアーグラーへ行けという。アーグラーかジャイプールへ。アーグラーはタージマハルのあるところであり、ジャイプールはピンクシティと呼ばれている、何でもかんでもピンクに色塗られている都市らしい。ジャイプールはラジャスターン州にある。ラジャスターンに行きたい気持ちは強かったのだけれど、結局、風景がきれいだとか、観光地として優れているとか、そんな場所に行きたいわけではなく、インドの何かに触れられればいいと思ってきたわけだから、デリーが面白ければデリーに居続けても良かったのだけれど、ともかく料金が安ければ安いほどいいってんで、結局、アーグラーへ行くことにしてしまった。
 アーグラーまで車で。結局、デリー着18時で、アーグラーに入ったのは、もう深夜1時半を回り、2時近くなっていた。体調がますます悪くなってきている。体調がもう少し良かったら、自分でぐるぐるとデリーを回ったのだが、ここまで調子悪いと、もう人にゆだねるしか方法がなくなっている。
 代理店の親父は、瀟洒なホテルと言っていたが、着いてみると、何じゃこりゃというくらいオンボロなホテルで、最初から期待していないし、多少は騙されているのだろうくらいはわかっていたのだけれど、その確認する作業は空しいだけであった。
 最初の最初からつまずいた。
 さて、今日はどうなるのだろう。まるで見当が付かない。今日の夜にはアーグラーを立って、二等寝台でバナーラスに入る予定である。
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by kikh | 2005-02-27 23:00 |
 
辞職
 本来ならば、今日はインド行きだったのだけれど、やっておかないとまずいことがいろいろとあって、数日延期した。だから、今やれることはすべてやって、後は「百年の孤独」台本書きと、インドの旅に時間をすべて捧げるつもりである。楽しみだ。
 
 今日は、朝からずっといくつか原稿書き。

 おっと、そう言えば、今年度いっぱいでつくば舞台芸術監督の職を辞することとなった。来月までだ。つくばは8年もやった。8年やれば充分とも言える。しかし、相変わらず、いろいろな中傷がある。こういう体質は本当に困ったものである。何をしても、どれだけ一生懸命やっても、思えば、一部市民以外からは感謝されたこともない。別に感謝されたくてやってきたわけではないが、いつまで経っても、おかしな意識を持った人たちが多かったことは残念だ。
 でも、つくばで、さまざまな舞台芸術が根付いてくれれば、こんなに嬉しいことはない。だが、やっぱり怪しいとしか言いようがない。崩れるのは簡単である。根付かせるのは大変だが、消すのは瞬く間だ。

 夕方から雨。寒くなる。
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by kikh | 2005-02-25 00:41 | 日々の記録
 
ラストデイト
 まだ体調は5分。 
 マチネ開演前に後藤繁雄さんと舞台の片隅でミーティング。観客がどんどん入ってきているにもかかわらず、小さなミーティングはいつの間にか、トークショーと化していて、後藤さんの質問は止まらない。面白い人だろうと思っていたら、まったく予想を超えた面白さで、場所を選ばず、公演の直前まで小ミーティングは続いた。
 マチネ公演。もうギュウギュウ詰め!立ち見で溢れかえり、中には気分が悪くなるお客さんも出た。マチネ、ソワレともである。狭い、ギュウギュウ詰め、立ち見もこれでもかという感じ。
 公演後に後藤繁雄さんとの本番アフタートーク。ううん。飛ぶ飛ぶ。この日、初めて会ったというのに、そう言えば、後藤さん、最初の一言が「訛り、強いですねえ」で、二言目が「顔がすごいですね」と来た人だ。何でも顔と言葉が、作品イメージと大きく違ったということらしいのだが、それにしても初めて会って、初めての言葉がこれだったので、僕は一気に気に入ってしまったのだ。衒いがなくていいのだ。
 アフタートークは長々と続き、終わってからも、近くの長浜食堂で延長戦が2時間も続き、ソワレが開始するってんで、大至急、事務所戻り。
 ソワレ開始。
 ソワレ公演は素晴らしかった。雑念が消えるとはこういうことか、と思えるくらい素晴らしかった。「三人姉妹」のカーテンコールは6回も続いた。

 それからはジョシュフォックスの質問攻めがあった。本当に昨日の予言通り、結局、立て続けに3回見に来て、3回とも大感激し、これを是非ともニューヨークで紹介したい、とまた始まった。終いには、そうだ、厳しかったら、俺のうちでやろう。俺のうちはスタジオサイよりでかいぞ、と言う。任せろ!ただし、金だけはないから、それ以外のことなら何でもする、と、いかにも感激屋のジョシュらしい。

 体調不良は続いていたが、深夜0時からの打ち上げに参加しないわけにはいかない。結局、初電に乗った。ぐったり。しかし、13ステージの面白さ、たまにはこういう小さいスタジオでの公演もいいもんだわい、とつくづく感じた一夜であった。
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by kikh | 2005-02-21 23:57
 
土曜日。10,11ステージ目
 土曜日。10&11ステージ目。
 公演は佳境に入った。とは言え、6日ぶりの公演となる。
 狭い空間が立ち見で溢れ、の予定ではあったが、今日はともかく寒い雨降り。となると、急に申し込んできた人たちのキャンセルが相次ぎ、わずかの立ち見が出た程度で終わったから助かった。今から明日が怖い。
 今日のトークは演劇評論家の渡辺保さん。思っていたよりも遙かに楽しかった。なんだろうなあ、頭がやわらかいのだろうなあ。でも、ひとつだけ、気になったことがあった。それは「三人姉妹」の表現が「抽象的表現」と「日常的表現」が交互に出てくると言っていた点だ。僕自身は「三人姉妹」含め、すべての私自身の作品は抽象も具象もないと思っているのである。これを誤解されずに語るには時間が掛かりそうだったので言っていないのだが、一般に抽象と思われていることがまったく抽象なんかではなく、具象は僕にとっては抽象への入り口に過ぎないとさえ感じているのである。モノの見え方で抽象は具象になり、具象は抽象になり、そしてそれらは常に変転を繰り返していると考えている。そのなんとも曖昧な存在が、私自身のすべての作品ということになる。そして曖昧であって、境界がなくなることが肝心で、それゆえに新しい芽は生まれ出るのだろうと思っている。
 今日はサンパウロから、そしてニューヨークから、台北からとさまざまな国々の友人達が公演に訪れてくれた。みんな、大絶賛で、嬉しい限り。ニューヨークから、というのは、あのジョシュフォックスで、ファンタスティックを繰り返すばかり。明日も2ステとも見ると言っている。そういうヤツなんだなあ。
 
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by kikh | 2005-02-20 00:55 | 演出
 
教育だな、やっぱり
 体調不良が続く。
 稽古場に来てみれば、たまおが私よりも悪い。とは言え、明日は本番であり、かつ、2ステだから、今日中に身体を治さなくてはならない。
 明日、明後日の4公演とも、もう立ち見でびっしりという状況らしい。狭い場所ではあるが、立ち見で溢れ、それでも申し込みが来続けているそうだから嬉しいことだ。

 車内の吊り広告を見ると「ホリエモンに乗っ取られるフジ日枝会長の一生の不覚」の文字が躍る。若いベンチャービジネスの成功者たちは、最近、どんどん異業種への進出を狙っているようだ。しかし、不思議なくらい、そこから匂ってくるのはビジネスとしての、簡単に言えば、金儲けを目的とした意識ばかりである。フジテレビが文化か?と問われれば、それもひとつの文化だと言える。だが、今の地上波テレビはてんで意識が低い。大宅壮一が「一億総白痴化」と言ったけれど、あの当時でさえ白痴化ならば、今はもう終末である。
 オリジナリティということばがなくなって久しい。いや、口頭ではオリジナリティと皆、口にする。しかし、本当にオリジナルなものなど、いったい誰が追い求めているのか?オリジナリティはなければならない。しかし、たいていのモノは二番煎じであり三番煎じ・・・・である。二番煎じが悪いか、と問われると、決して悪いわけではない。それがさらに強烈なオリジナリティを放つならば、である。模倣は重要なのだ。しかし、模倣が模倣に終わっている限り、オリジンのモノよりも格段に劣るのは仕方があるまい。

 こういうことはすべからく、日本の教育の問題に修練する。やっぱり教育を変えなければ、ダメだ。
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by kikh | 2005-02-19 09:52
 
中村明一コンサート
 体調不良。風邪か?ついに風邪が移ってしまったのか。昨夜から、とても身体が重い。
 
 しかし、昨夜からは、中村明一コンサート準備のためにカザルス入り。オブジェは昨夜のうちに終わらせてしまって、今日は、照明を決め込んでいく。
 その前にインド大使館でビザを申請。延々待たされた。
 
 中村コンサートはかなりいいものになっただろうと思う。中村さんの尺八は当然のようにしびれる音を出してくる。最後は虚無僧と国泰寺のお坊さんたちが21人出てきて、まずは練り歩きつつの演奏が6分。それから舞台上で整列し、お坊さんの読経と尺八ということになる。虚無僧の方々の尺八だけでは、まだ甘い感じがしたが、ここにお坊さんの読経が入ってくると一気に場が締まった。読経のうねりもすごいものだと思った。曹洞宗の読経である。お坊さん達の歩くための靴は、赤く、そして先っぽがツンと上を向いている。まるで西洋のおとぎ話に出てきてもおかしくないような靴なのだ。

 中村コンサート演出は、さりげなさと激しさに尽きる。そして何が変化したか、悟らせないようにして、常に変化し続ける空間を演出した。

 終わって、ロビーで疲れ切っていると楢崎から、小説家の天童新太さんの「三人姉妹」に対するメッセージを受け取る。天童さん。大傑作と言ってくれている。嬉しいものだ。

 風邪がどんどん悪くなっていて、なんとかダマシダマシ、ここまでは来た。でも、もうダメ。ダウン。
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by kikh | 2005-02-16 23:32
 
9ステージ終了
 まずは昨日で、一区切り。4日連続でのマチネ、ソワレの2ステージ公演は、「三人姉妹」チームにとっては、とっても大変だった。途中、関口が声が出なくなり、照明オペの渡部浩平はインフルエンザに罹り、たまおは寒気がすると言いだし、白井は膝がかなり痛み出していると言っていたのだから、この一区切りはかなりほっとするものであっただろう。
 昨日、マチネ後には写真家、文筆家の港千尋さんとのアフタートークがあった。18年前にパリで初めて会って、それから数年後に国立のキャンディポットというジャズ喫茶で会い、それからはずっと会っていなかったので、とても懐かしかった。でも、全然、時間が流れたことを感じなかった。人は、変わらない人は変わらないものなのであるが、変化がない状態がとても新鮮で楽しかった。もちろん思考は深まっているけれど、物事に向かい合う姿勢とでも言えばいいかな。たいていは年を取るとダメになるのだ。
彼は未だに10日毎に世界各地を移動し続けて写真を撮っているのだという。でも、多摩美の教授でもあるから、日本には帰ってこなくちゃならないし、拠点は東京とパリにあるので、それも行ったり来たり、まあ、大変だろうと思っていると、時差ぼけはまったくないという。なぜなら、寝たいとき寝るから、なんだそうだ。そして飛行機での移動がとても身体に良いのだとか。気圧の変化が快適な身体に変えるらしいのだ。これは面白い。


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ソワレ終了後は、ポーランドの演出家のヴウォジミェシュ・スタニェフスキさんと中山夏織さんと近くの中華屋で。毎日毎日、公演後にスタジオの最も近くにあるのがここなんで、話をするのがどうしてもそこになってしまうのだ。ヴウォジミェシュ・スタニェフスキさんはとても有名な演出家なのだそうだが、私は知らなかった。けれど、一発で意気投合した。顔がいい。終電を逃し、それでも彼は質問攻めで、ともかく「三人姉妹」を気に入ったようであった。まあ、気に入ったかどうかよりも、すっきりと話ができたのが、なんとも気持ちがよい。
昨日の中沢新一さんと言い、今日の港さん、そしてヴウォジミェシュ、いやあ、本当にいい気持ちにさせてもらった。
 
 港さんが今日になって、先見日記というウェブに昨日の公演のことを書いてくれている。http://diary.nttdata.co.jp/diary2005/02/20050210.html



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by kikh | 2005-02-14 15:10 | 演出
 
2/12 公演6ステ、7ステ目
今日もマチネ、ソワレ2公演。
間に中沢新一さんとのアフタートーク。これがすごく面白かった。もう、気分はすっきり。僕にとって今日は、これが最大イベント。やっぱり共感し、感応し合うことが、必要で、重要だと改めて納得。

風邪が流行っているようだ。照明で参加している渡部浩平は39度の熱を出しているという。まずい。
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by kikh | 2005-02-13 01:02
 
2/11 4日目
 公演が始まって4日が経つ。
 昨日からマチネ、ソワレの連続公演が続いている。昨日は僕が音響をやりつつ、ビデオカメラまで回すというとんでもないことまでやってのけ、今日からはアフタートークが加わって、私自身も一気に忙しくなった。
 公演は順調、と言いたいところだけれど、関口満紀枝が風邪を引き、動きならそれでも何とかごまかすことができるが、声を多用する関口にとっては、喉に来てしまっているので、今は少々辛い。けれど、なかなかいい公演になっていると思う。
 まあ、スタジオサイの狭い場所での公演であるから、辛い面もある。座席組がどうしても通常より遙かに狭い。きつきつになってしまっている。トイレも大変なようだ。一カ所しかないため、ずらり並ばれるとトイレ待ちに時間がかかる。でも、それは仕方がない。こういう場所なのだから。
 12日からはほぼびっしり状態が続くので、観客をいかにして入れていくかが問われる。
 
 アフタートークではオノセイゲン氏と意識・無意識ということについて話をした。オノさんはミュージシャンではあるが、なんと言っても録音エンジニアとしてはトップのエンジニアである。話は楽しかった。たまに会って話をしている人なので、だいたい何を考えているかは分かる。驚きはないが、まあ、楽しかった。

 松島演出の「ヲ g」は、まだ完成しているとは言えないところが辛い。でも、それも過程を楽しむ演出作品として見れば、いいのかもしれない。「三人姉妹」は相当練り込まれているから。
 ともかくあと8ステージ。長い道のりである。
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by kikh | 2005-02-12 02:08 | 演出


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