★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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6/29 再び「三人姉妹」
 「三人姉妹」稽古開始。
 途中、関口ダウン。通しにならず。稽古後「三人姉妹」ミーティング。今から将来に備えての代役を考えた方がいいのではないか、との話が出る。しかし、果たして可能なのか?とても不可能ではないか。可能性を探っていくよりも、別作品を作ってしまった方が早いと思える。結局、心技体の合致があってはじめて成り立つ作品だからだ。それがひとつでも崩れると、作品として弱くなる。どの作品でもそうであるが、特に「三人姉妹」や「島」などは強く出る。少人数の作品だから、という以上に、技術、そして内側の存在する力、そういったものを長年に渡って培ってきて、はじめて成り立たせているからである。

 どうも時差呆けゆえ、夕方以降眠くなる。グラグラになりつつも、なんとか推し進めようとするが、何をやっているのか、何を考えていたのか、分からなくなる。
 ダメだ、今日はもう寝よう。
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by kikh | 2005-06-30 07:14 | 日々の記録
 
6/28 帰国
帰国。
ミーティング。ぐったりと疲れて帰る。
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by kikh | 2005-06-29 07:13 | 日々の記録
 
6/26 WTC跡地とブルックリンブリッジ
 まだ足首が痛いが、ずいぶんと良くなってきたので、せっかくだから歩くことにする。
 とは言っても、歩くと痛み出すので、すぐ近くのワールドトレードセンター跡地へ、再び足を向ける。
 チェンバーストリートとウェストブロードウェイの交差点の真ん中に立って、ウェストブロードウェイの南側道路を見ると、その先にワールドトレードセンターが巨大にそびえ立っていたものだった。ぼんやりとWTCが見えるような・・・・幻視。空虚。
 相変わらず、ワールドトレードセンター跡地では金網に貼り付く人の数が多い。そしていつまでも離れない。この人たちの想念を思うと、痛い。ずしりと重い。僕のいるトライベッカはWTCと隣接し、ゆえに未だに、9・11の錘から脱することのできない人たちも多くいると聞く。それは、・・・確かにそうだ、この巨大な物体がポコリと、忽然と消えてなくなったのだから。いや、これは俺の感想だろう。リアリティはないのだ。映像しか見ていないのだ。しかし、このトライベッカの人たちにとっては、決して「忽然と」ではないはずである。轟音と火の塊と煙と人の焦げ付く臭いと、腐臭と・・・・そうしたリアリティの元での、重い「忽然」なのだから。
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 足をブルックリンブリッジへと向ける。はじめて歩いて渡ってみる。ガイドブックを読んでいたら、実はドジャーズはブルックリンにあって、ブルックリンドジャーズと言ったらしい。そのドジャーズがサンフランシスコに移り、この橋が架けられたために、ブルックリンがニューヨークと大きく意識を隔てた別個の行政区としての独自性を消してしまったらしい。イーストリバーは確かに大きな川だ。橋が出来たら簡単に移動できるようになる。この巨大な吊り橋を見、渡ってみると、まったく経済の流れ、人の流れが変っただろうことを想像せずにはいられない。圧倒的と言えるほどのすごい橋だ。ここから自由の女神を見る。遠くに小さく見える。
この橋を渡って、ブルックリンを歩く。静けさ。マンハッタンとは違った静けさが漂う。実に落ち着いた古い建物も残り、昔のアメリカらしさの漂っている場所である。
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戻ってきて、昔、アメリカでの最初のツアーのマネージャーをやってくれた小川彩ちゃんと飯を食う。今はジャパンソサエティで働いてもいるが、作家であり、俳優である。日本人というよりアメリカ人だ。ことばもメイン言語は英語、いや米語である。
チャイナタウンで、彩推薦の店に行くが、最高に美味い。なかなかこれだけの味を出す店は中国でも多くはない。素晴らしい。苦労話やら、今後の希望やら聞く。今、自分の劇団を創設しようとしているらしいが、大変だとも言っていた。


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by kikh | 2005-06-28 18:35 | 日々の記録
 
6/25 NYC二日目
 朝、目覚めて、台所まで行き、椅子に座る。そこまでは何ともなかった。
 椅子から立ち上がった途端に、足首が痛くなった。ズキンズキンと痛い。何かあった記憶もない。なんだこれは、風呂にでも入って温めればいいかな、と風呂に入って、揉む。なぜなら、捻挫だとは思っていないからだ。
 風呂から上がったら、ますます痛くなっている。これ、たぶん捻挫だよ、捻挫した記憶は・・・と辿っていくと、昨夜、チャイナタウンに向かう時に、少し歩道に段差があって、ガクリと行ったのを思い出した。でも、そのときも、今日の朝、椅子に座るまではなんともなかったのだ。
 果たして、こういうことってあるのだろうか?

 今日はNYをびっしりと歩く予定にしていたけれど、とても歩けない。それでも足を引きずって、歩いたけれど、もうズキズキ痛んで、歩けないんである。それでも、ここトライベッカを歩く。
 途中、ガイドブックでニューヨーク1と書かれていたハンバーガーを食う。げええええ。これがNY1??これなら佐世保のハンバーガーの方が100倍うまいぜ。そしてそれがいくらか?14$である。チップを入れたら17$。ほぼ1850円。こんな高いハンバーガーなんぞ食ったことがない。コーヒーもなんにも飲まずに、単にハンバーガーのみである。
 それにしてもNYレストラン事情は最悪である。滅茶苦茶高い。高過ぎだ。驚き桃の木山椒の木、っておどけたくなるくらい高い。買ってきて、調理して食う分には大したことはないのだろうが、とても外では食えんじゃないか。それにしてはものすごい数のレストランがある。レストランに溢れている。

 写真を一枚。実はちょうどこのバスケットコートの向こう側には、ワールドトレードセンターがそびえていたのだ。
 無常観ばかりが漂う。
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 そんなこんなで、後は部屋に戻ってきて、じっとしている。足が痛くて、動く気力が湧いてこない。
 
 3年ぶりでマーサグラハムで長年踊っている折原美樹さんと会って、飯を食い、舞台を見に行く。日本に戻ってきたら会いましょうとか、僕がNYに来たときに会いましょうとか言っていたけれど、全然実現しなかったが、久しぶりに会っても何も変らない。
 舞台は「エイコ&コマ」の「Death Poem」という作品。エイコ&コマも15年ぶりくらいで見た。健在だねえ。趣味ではないが、この健在ぶりが嬉しい。教会での公演で、冷房が効かないので暑い。わずかしか動かない、音のない状態が50分くらい続き、すると睡魔に、というよりも暑さにやられて頭がボウとしてくる。ただ、死の世界、死と生の世界の描き方があまり好きではないんだな。
 美樹ちゃんは、気持ちのいい、すっきりとした人だ。そう言えば、ジェーコブズピローダンスフェスのプログラムの表紙になっていたが、これからピローに行き、あっち行き、こっち行きで、ほとんどNYにはいないという。8月20日までは日本に帰ってますよ、お、じゃあ、写真展を見に来て、なんて言って別れる。
 
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by kikh | 2005-06-27 11:59 | 日々の記録
 
6/24 NYC一日目
 朝6時半、JFK着。
 そこからAラインでマンハッタンまで来る。トークン一枚の料金というのが昔からの値段であったが、今は値段が上がったのか、7$にまで跳ね上がった。ともかくNYCは金がかかる。いやになるほど金がかかるのだ。安いのはコーヒー代とタクシー料金くらいで、あとは全部、日本に比べると高い。たぶんそう思って間違いない。
 チェンバーストリートで降りて、ウェストブロードウェイとの角のスタバで米井澄江さんと待ち合わせ。彼女の持っているロフトにお世話になることになっている。
 
 ロフトに入ってみて驚いた。凄い。このトライベッカの一等地で、この広さ。ううむ。これなら貸したら相当な金が取れるだろう。快適というよりも、楽しい部屋である。何かが住んでいるような部屋である。c0036263_11542512.jpg
 部屋の写真撮りを楽しむ。時間を撮っているような気分になってくる。なんせ、エレベーターが手動なんである。これは扉が開かず、撮れなかったが、手動エレベーターのビルだから相当、昔のものなのだろう。
腹が減ったが出る気がしない。疲れもあるだろう。

 夕方、ジャパンソサエティへ。
 まずは電話を貸してもらい、ACCのディレクターであるラルフに電話。ラルフはアジアから戻ったばかりで、今日はACC本部に来ていないと言うので、自宅まで電話する。問題はポールドレッシャーの件。

 宮井さんに劇場を案内してもらう。来年3月に「島~Island」をすることになっている。
 終わって、残ってメール書き。と、みんな帰ってしまい、残るは竹内さんのみ。で、じゃあ、竹内さん、飯でも食いましょうか?ということになって、ベトナム料理を食う。
 ジャパンソサエティでは大々的に村上隆キュレーションによる日本のオタク展みたいなものをやっていた。日本でも大きく報道されているらしい。さらっとしか見ていないが、不気味展示である。やはりゆっくり見ておくべきだった。2日後、日曜日にもう一度、来よう。
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by kikh | 2005-06-27 11:55 | 日々の記録
 
6/23 大慌てで原稿書き リオ→サンパウロ経由NYCへ 
 朝、ジョーさんと再びのミーティング。
 その後は、大あわてで原稿書き。もう間に合わないとばかりに一気に二本、書く。もう一本、いや、あと二本の原稿を書かなくてはならない。だから、コパビーチにもイパネマ海岸にも、セントロにもどこへも行かず、缶詰状態での原稿書きに勤しむ。そして、メールで送付。送付するやいなや、空港へ向かう時間となる。
 リオデジャネイロ空港からサンパウロトランジットでニューヨークへ。他の面々は、ここからヒューストン経由で成田である。シルベストレが持ってきたベリンバオを送るのに100$以上だとか。かといって捨てるわけにもいかない。まったくもう、困った贈り物である。
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 鼻水が止まらない。頭が重く、身体がだるい。やっぱり風邪。だから、メラトニンと風邪薬とプロポリスを一気に飲んで、寝てしまおう。
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by kikh | 2005-06-25 08:36 | 日々の記録
 
6/22 公演2日目
 リオ公演二日目。
 ではあるが、朝9時から、なんとワークショップを4時間。ゲゲッ!!なに!朝から4時間もやるの?と思っていたけれど、やってみるとやっぱり時間が足りない。というより、面白くなってきて、もっともっとやりたくなってくる。これが常だ。常に、時間はたっぷりとはない。常に、足りない。
 リオのパフォーミングアーティストたちは、面白かった。顔が一様ではないのが面白い。何と言っても多様なんである。いろいろな顔がさまざまに存在しているのだ。まあ、多民族国家なのだから当たり前なんだけれど、その当たり前はいつ見ても面白い。そして、日本人にはいなくなったタイプが存在している。そのタイプとは、男は男らしい顔つきの、男性性、女性性が強調されたようなタイプである。
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 約3時間のワークショップ後、20分の発表を行なう。この程度の時間でも楽しいものにはなっていく。これが何と言ってもこのワークショップの面白いところである。

 終わり次第、ジョーさんと今後のことを話し合う。さて、どうやって発展させようか?ジョーさん、いくつかのアイデアを出してくる。可能になったら楽しいだろう。ジョーさんは「小池さんの熱意が・・・」という。が、継続性のある事業を考えるのは熱意というよりも、それがコミュニケーションの基本だからだ。ジョーさん、「こういう熱意のあるアーティストは少ないんですよ」と。さて。

 稽古後、照明修正を終えて、本番。
 本番は素晴らしくいい出来であった。舞台芸術は本当に生ものなのである。リオの二日目は一気にグレードが上がった感じであった。二日目の出来は今までの数多くの「三人姉妹」公演中、一番の出来と言ってもいい。だから、面白いのだけれど、だから、本当に映画と違って、演出家の手から作品は離れてはいかないし、いけないのだ。これが商業演劇になると、簡単に演出家の手から離れてしまう。一度できあがったからいいではないか?と言う具合である。一度できあがったら・・・さて、これが難しい。できあがっても、舞台は生もので、顔見世興行ならいざ知らず、そうでないならば、簡単に落ちる。当人は認識していなくても落ちる。落ちたと思わずに落ちる。下手をすると自己満足に陥る。簡単には維持などできないのだ。
 だから、昨日より客の反応は熱烈で、終わった後も、多くの観客がアフタートークに残った。急に、今日、アフタートークを行なうことにしたのである。アリスが日本の、パパ・タラフマラの状況を話し、その後で観客とのやり取りを行なうという形式にした。が、結構な有名どころが残っていたそうである。
 延々とアフタートークが続く。公演時間をオーバーして続く。嬉しいことではある。しかし、クラクラしてきた。
 その後、打ち上げ。コパカバーナビーチのビーチサイドレストランでの飲み会。寒い。
 
 この写真は、飲み会の後、コパビーチに歩いていった時の模様。真っ暗な部分は海だ。
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 戻ってきて、冷えた身体をシャワーで暖める。シャワーから上がって、上半身裸のまま、椅子に座ったとたんに、そのまま寝入ってしまった。
 日が変って、体調不良。風邪をひいたことを認識する。やべえ。なんであんな状態で寝てしまったのだろう。よほど疲れていたに違いない。
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by kikh | 2005-06-25 08:34 | 日々の記録
 
6/21 リオ公演初日
 どうも朝早く目が覚めてしまう。
 朝4時半には目覚めてしまい、いつも夕方になると身体が重くなり出す。仕方ないのでプロポリスで回復させようとする。もちろん公演終了までは保つけれど、その後がいけない。飯を食いつつ、半分寝ていたりする。もう眠さの頂点での食事となることがここのところ続いている。

 リオでの公演初日。
 明かり作りを行なう。どうも何か、重い空気がある劇場で、放っておくと陰鬱な気分になりがち。

 照明合わせは終了し、最後の稽古を行なっているとき、問題が起きた。相変わらずの稽古態度に、本当にそういう方法でいいのか?と疑問を投げかけたところ、全員のフリーズ状態が始まったのである。舞台に立つというのは、大変難しいことを強いられているということである。繰り返せればいいというものではない。繰り返すためには、強い意識が必要である。その意識が欠如したままでは、観客に対して失礼だろうし、作品としてもいいものにはなり得ない。公演直前で、こういう話でフリーズさせたままでいいのかどうか、疑問にも思ったが、しかし、絶対に意識の稽古なり、意識の変革はいいものをもたらすに違いない。そう思った。

 公演は雨の中、始まる。
 サンパウロとは全然違う客層。というより、学者みたいな人しか来ていないように感じられる。年齢層も若者がいない。40歳以上がほとんどではないか?なので、客席の空気感が違う。最初から重い。終わった後、スタンディングで迎えてくれた方々が半数以上。だから悪くはない。公演後のアフタートーク(クリスティーネさんが再びリオまでやってきての3度目のトークとなった)での質問も非常にいい質問が相次ぐ。最後まで残っていた方々はとても熱心に感じられた。だが、少々意識を読みかねた。反応にとまどいがあるように感じられたのである。どうなのだろう?
 ゴチャゴチャとパフォーマーに公演直前に言ったことは、僕は正解だったと思った。やっぱり考えて臨んでいる。考えて臨み、新鮮さを常に感じ取ることはパフォーマーには絶対に必要なのだ。

 公演後、ジョーさん、アリス、クリスティーネさんで、飯を食いに行く。僕はもう、途中から朦朧とし出し、飯を食っているのか寝ているのか分らない状態になり出す。でも、公演後はいい気分である。こういうところにほとんどパフォーマーがいない。たまにはいたらいいのに、と思うのだが・・。
 
 
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by kikh | 2005-06-22 18:53 | 舞台
 
6/20 リオへ コパカバーナ
 朝から雨。
一昨日のワークショップ参加者のひとりがマッサージができると言うので、行ってみると、本格的なプロフェッショナルであった。中国式のマッサージだと言う。これもたぶん、気を回復させるようなマッサージなのだろう。最高に快適。

大あわてで戻ってきて、パッキングをし、そしてレイチェルと映像打ち合わせ。レイチェル、もうやる気満々。

空港に向かう。空港で、ジャミスとミーティング。ジャミスは今は何でもサンパウロから900キロ離れた町にいて、ここのダンスカンパニーで活躍しているのだとか。ブラジルでもかなり有名なダンスカンパニーだそう。海外にもときどきは行っているようである。
パパ女性陣は郷ひろみみたい、なんて言っていたけれど、そうかなあ??ジャミスもやる気満々。たぶん彼が一番英語はできるだろう。一番の難点はシルベストレだ。
チェックインのために並んでいたら、偶然、目の前で並んでいたのがマギダであった。そもそも「HOG」の音楽家として考えていたのがマギダで、この人の音楽は素晴らしい。このパーッと明るい顔はいつ見ても気持ちがいい。
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リオ着14時半。ホテル着15時15分。同じホテル内に劇場があり、15時30分からは仕込み開始。おいおい、コパカバーナだぜ。コパカバーナビーチまで徒歩1分だぜ、ってところにホテルも劇場も位置している。なんでこんなところで真っ暗い中にいなきゃいけねえんだよ、とは思わず、せっせと仕事をする。まあ、雨が降っているし。ここ一ヶ月、雨はまったく降らなかったそう。それが我々がコパカバーナに到着するやいなや雨が降るなんて、ああ、悲しいねえ。これでさ、ちょうど、俺たちが帰る日まで雨が続くのだとか。
音楽が頭の中でなっている。コパカバーナ、コパカバーナ・・・・って歌。

眠くなってくる。どんどん眠くなってくる。なんかさ、空気がよどんでいるような。
 仕込み、照明シューティング、明かり作り途中まで、で、飯を食いに出たのは23時過ぎ。コパカバーナはえらい危険地帯で、何も持つなと諭される。

 照明のアシストと通訳をしてくれているアリスと飯。飯は美味かった。なんてったっけな?パエリアではない。スペインにもポルトガルにもある料理だそうだ。これ、カメラは取られると危険だから、置いてきてしまったと反省。
 ともかく美味い。美味い。飯が美味い。しかし、ネムイ。

 食った後、コパビーチに。夜中だというのに、さすがに世界の観光地。24時間営業の屋台も出ている。ビーチ色に彩られつつ。

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by kikh | 2005-06-21 21:53 | 演出
 
6/19 休日のはず
 朝5時に目覚める。
 本当は、今日はゆっくりと休む日だったのだけれど、とんでもなかった。
 メールやら何やらの雑務。
 朝、7時過ぎからレストランで朝食を摂りつつ、そしてカルトーラを聞きつつ、メールを書いていたら、シルベストレが現れる。で、手に持ってきたのがベリンバオというブラジル伝統楽器である。どうしたの?これを僕にクレル、と言う。嬉しい。であるが、いやはや、荷物になることを考えると嬉しいとばかりも言えない状況なんだな、これが、旅する身としては。だが、ベリンバオはシンプルで面白い楽器だ。これで歌を昔、シルベストレは聞かせてくれた。これがまたいいんだ。この、シルベストレ、この迫力ある存在感、なにゆえに、ブラジルではまったく無名なのか?不思議である。たぶん好き嫌いがはっきりしすぎているのだろう。そしてCDを3枚。まっ先に出してきたのがカルトーラであった。カルトーラのCDをちょうど僕がカルトーラを聞いている時に出してくるんだから、ニクイ。
 昼過ぎまで仕事。
 
 それから久保さんと道子さんと一緒に、ポルトガル語への「HOG」翻訳ミーティング。もうほとんどポルトガル語への翻訳は終わっているようなのだけれど、その細かな部分の確認ミーティングである。細かいところまで詰めて考えてくれていた。素晴らしい。
c0036263_8294690.jpg 終わって、リベルダージに連れて行ってもらった。何と言っても、プロポリス。同時にガラナ粉末を購入。日本人街であるが、今では日本人が経営するというより、中国人経営の店が多いそうだ。なんでも中国人にはビザがなかなか降りないそうで、ただ不法入国した後、仕事しなければ食えないので、中国系の人たちは何でもやるのだそう。焼きそば屋が流行っている。これもほとんどは中国系の人たちがやっているらしい。「YAKISOBA」と書いて、である。

 17時半からレイチェルと映像ミーティング。
 ところが20時近くなって突然、異常なほどの眠気が襲ってくる。飯を食いに行こうということになったが、ほとんど死人のように眠さとの戦いとなった。え、死人は眠くねえか。まあ、いい。眠さとの戦い。飯を食っていてもガクリと眠気が襲う。

 いつかしら帰ってきて、電気を煌々と点けっぱなしでベッドにぶっ倒れていた。ほとんど記憶がない。
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by kikh | 2005-06-20 19:54 | うひょひょ!


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