★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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4/29 のぞき男の哀れ
 一日中、考えることばかり。
 ああだ、こうだと考えてばかりいたら、目に飛び込んできたニュース。
 「露天風呂のぞき見つかり逃走、男が川に転落死…茨城」
 であった。
 
 さあて、のぞき趣味は分かる。分かるが実行に移すかどうかは別物である。
 のぞきというのは、なんとも、ううむ、と自分自身で唸ってしまうような後ろめたさが良いのだろう。目で見ているだけで、それ以外の何をするわけでもない。が、目は手となり、指となり、舌となったりするが、触るわけではない。だが、頭の中では、妄想が渦巻き、はて、次に何が見えるか、たいして見えなくても、見てはいけないものを見ていると感じただけで、ググッと力が入り、いかんともしがたい不思議な快楽の淵に押しやられていくのだろう。ああ、この距離感!とこいつがクレイジーな興味をますますそそっていく。見つかったらヤバイ、ヤバイが逃げられぬ、こういうことなんだろう。これは僕もだな、分かるのである。
 分からないのは痴漢だ。これは分からん。相手が嫌がることをして興奮するヤツの気が知れない。こりゃあ、不気味だ。

 でも、「のぞきの死」はだな、寂し過ぎる人生ではないか。
 「露天風呂のぞき見つかり逃走、転落死」だ。あまりに悲しい。たいしたことしていないのに、死んじまって、おおっぴらに新聞にまで書かれて、ああ、俺の一生は何だったのだろう、ってことになってしまう。たいしたことをしていないが、死だ。家族は一生、その恥に耐えねばならぬ。あまりに情けない。
 情けないが、これも彼の運命で、その運命に従い、のぞきを行い、のぞきに魂を吸い寄せられたとしか言いようがなかろう。であるが、やっぱ、恥だ。恥辱。おお、おまえは恥辱にまみれて死んじまった。まあ、天国からじろじろと露天風呂をのぞくことじゃよ。
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by kikh | 2006-04-30 01:07 | 日々の記録
 
Kyosho
 二日ばかり前に、夜、家の近くのカフェに入り、パソコンを開いた途端、おおっと、見かけたのが巨匠。いや、巨匠と呼ばれた昔のパパメンバーである。昔々の、パパ・タラフマラメンバーで、創設から1988年頃まで在籍していた。
 全然、変わっていない。この前、西垣の「まめや」に行ったとき、この巨匠のデザインがいくつか展示してあって、巨匠は・・・・なんて話をしたばかりであったし、ずいぶんしばらくぶりに「HOG」も見に来てくれたし、ここ八年ばかり、最寄り駅も一緒だし、と何故か、この巨匠とは縁が続いているのである。

 巨匠はデザイナーである。が、昔、パパ・タラフマラでは八面六臂の活躍で、デザインからパフォーマーからオブジェ作りから、一手に引き受けていた人であった。パフォーマーとしてはもう誰にも出せぬ味わいを持ち、不思議なることこの上なし。そう言えば、創設期のパパ・タラフマラには、数多く、こういう天才肌の連中がたくさんいたのであった。彼は、昔から数字に対する記憶力が抜群で、いついかなるときに何をしていたかを事細かく答えるので、びっくりしたことがたびたびあった。だが、いろいろ聞いてみると、さすがに少しは衰えてきたようである。
 雰囲気は本当に変わっていない。「そうですねえ、何かとうまくはなったと思うけれど、変わってませんねえ」とは本人の弁。

 昔から音楽好きな点は一緒だったが、あまり私とは趣味が合わなかった。あの頃、僕のメインストリームはジャズで、その周りにロックや民族音楽やクラシック音楽などがあって、一番すげえのはやっぱりジャズだぜ、なんて思いこんでいたから当然だった。
 特に彼はフランクザッパ好きであった。昔からザッパ話を聞かされまくった。ザッパに関してはすべてのLPを持っていたばかりではおさまらず、自分の趣向によって、さまざまな編集テープを作っては楽しんでいた人だった。今でも僕は巨匠編集のザッパテープを何本か持っている。頼まなくても編集して持ってきてくれるのである。
 と、聞いてみると、フランクザッパのCDのデザインは、結局、今までに40枚も手がけているのだとか。本当に一念とは凄いものだなあと思った。
 そりゃあ、デザイナーがいかに日本に多いと言えども、ザッパを手がけるとしたら、私しかいないでしょ、とは巨匠のお言葉。ううん、すごい。
 今では総CDが2000枚。LPが2000枚で、私よりも多く持っている。僕は半分くらいか?これを今から30年かけて、なくしていくのが勤めなのだとか。結局、ほとんど聞かないものなあ、と言っている。そう言えば、カールストーンも5000枚くらい持っているが、あれは誰にも売らない、売れない、宝物だと言っていたな、と記憶している。さあて、聞かないものを持っていても全然宝にはならんだろうと思う。どんなもんか。
 身軽な方がいいに決まっている。変な執着は捨てた方が身のためである。軽くしていく、この発想、確かにすばらしい。 
 最近、どういう音楽を聴いているの?と聞くと、あまり変わってませんねえ。でも、ときどき、ビートルズを録音順にずっと聞き続けたりもしていますよ、なんて、相変わらず自身編集もので楽しんでいるようであった。

 来月から小学館の雑誌に子供向け漫画を発表するそうで、彼の奇妙テイストの漫画がどのように受けるか楽しみではある。
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by kikh | 2006-04-29 17:27 | 日々の記録
 
4/28 入所式
 今年は少しばかり、パパ・タラフマラの活動はノンビリしたものにしたいと思っている。
 昨年度は、もうクレイジーと言ってもいいくらい動き尽くめであったし、「HOG-百年の孤独」もやってしまった。だから、少しペースダウンしようという気持ちは持っていた。そう思っていたら、今月に入って文化庁の助成金の結果が入ってきて、愕然となる。次々と落ちまくり、死活問題にまで発展しつつあるのだ。
 ここで、また、いったい何を審査員は見ているのか?などと疑問を投げかけたい気持ちはないでもない。が、投げかけても始まらない。海外ツアーも国内ツアーもできる範囲で行うしかない。が、まあ、相当減らさざるを得なくなってしまった。
 そしてまた、これらはすべて9月以降に集中している。よって8月までは、その準備期間に当て、パパ・タラフマラのみならず、(株)サイもまた再生させるべく動いていくしかないので、すこしばかり金融の勉強をしようと考えている。

 P.A.I.の入所式が朝から。
 今年度P.A.I.の生徒数は過去12年間で最大になり、こりゃ朝からの一部制ではなく、二部制にせねばならない、ということで二部制となった。そして外国人の留学生も入り、はじめて尽くしが続いている。

 この入所式ののち、ひとり面談。
 ミーティングと続く。夜までずっとミーティング。

 ここのところずっと動きが出ているので、いろいろとあるのだ。
 きついのは金のことだ。パパ・タラフマラも公演するためには資金が必要で、そのために動きは作っていくが、助成金を受けられなかったときは、愕然とするけれど、これはいいキッカケにもなってくる。しんどいときは確かにチャンスなんである。
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by kikh | 2006-04-29 15:28 | 日々の記録
 
4/25 歓送迎会
 昼間、自転車で移動中に空が真っ暗になり、雷が鳴ってどしゃ降りの雨が落ちだした。
 僕の愛車は、溝のない細いタイヤだから、水を付けたまま、地面がツルツルの箇所に入った途端に、コントロール不在となり、一気に身体が地面に叩きつけられた状態になった。手で一瞬、その力を分散化はしたのだけれど、ほお骨をしこたま打った。そのとき、おばちゃんがやってきて、「あらあ、学生さん、大丈夫?」って聞いてきた。

 この年になって、学生さんと呼ばれるのは何とも気色悪い。学生さん、っていくつだと思ったのかしら。と、こう書くと、また若く見られるのが嬉しいのだろう、と言う人が出てくるのだろうが、そんなんではない。フシギーな気分になる。学生さんという言葉には、青二才という意味も含まれる。今、パパ・タラフマラにいる池野なんかはまさにそうで、青二才以外の何者でもない。学生さん→青二才→ゴンブロビチ→コスモス→南方熊楠→神社→・・・・・・なんか、こんなことが一瞬のうちに頭の中を巡っていた。「学生さん」という響きが、おっと「僕の青空」につながるかなあ、と思ったのである。

 歯医者に行く。もうずっきんずっきん痛む。なんでも虫歯ではないそう。よくわからない。ばい菌が入ったために痛むらしい。

 それから調べ物&ミーティング。
 
 そして夜、楢崎の送別会、山本の歓迎会が開かれる。
 楢崎は6年間やっていた。これで一気に制作は若返るが、若い力を今後は存分に発揮して欲しいと思う次第。
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by kikh | 2006-04-26 11:26 | 日々の記録
 
4/24 ハイタ
 どうも歯が痛くなってきた。
 歯が痛いというより、歯肉の奥が痛むような感じで、一日中不快であった。
 
 今はしょうがねえのだけれど、一日中、会議ばっかりである。いろいろと入れ替えを行うので仕方がない。が、テキパキとしたいものだ。
 事務所にいるとお喋りが多すぎる。このお喋りの量が1/3以下になれば、かなり機能性が高まると思う。女性が多いせいかもしれないが、事務所はすぐに井戸端会議場と化してしまう。これじゃあ、すぐにでも逃げ出したくなる。お喋り禁止令を発しなくては。

 夜は原稿書き。
 その合間に立花隆のサイボーグ・・・・なんて番組を見る。人間の身体のサイボーグ化がどんどん現実化しているという話であった。この番組は驚きもあったが、同時に、既視感でいっぱいとも言える。映画監督の押井守さんも出てきたけれど、押井さんの描くサイボーグが新しいサイボーグ像だとは言えないと感じたんだよな。その割には評価が高いから、一度、じっくりと押井映画を見てみなくては、と思ったのである。
 ただ、サイボーグ化は確実に進化している。人間の身体に於ける脳と機械の共生がはじまった、という触れ込みは良いとして、果たして肉体は、医療以外の部分での機械化を受け入れ続けられるのか?という疑問がある。身体をこちょこちょといじって、その副作用が起きなければいいが、と思う。身体は壮大な時間を要して作られてきたものだ。それがほんの数年、数十年で、改造し、副作用が起きない方がおかしい。神に代わって、などと言うつもりはないが、身体の変容は、その作用を含みつつ、長時間掛かって、進んできているはずだからである。短時間で行ったモノは、所詮短時間の儚さしか持ち得ないと私は思っている。さて、どうだろうか?
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by kikh | 2006-04-25 01:07 | 日々の記録
 
4/23 P.A.I.入所試験
 P.A.I.の入所試験日。
 今年はなかなか面白い連中が集まった。
 いつも思うことだが、難しいのは、面白いから継続性があり、伸びるとは限らないということである。当たり前のことなんだが、これを短時間の面接で判断するのはとっても難しい。粘着質であることは分かっても、その粘着性の向く方向性が違っていたりするからである。判断できないことを念頭に置きつつも判断を下していかねばならない。

 はじめての外国人の生徒が誕生しそうである。今までも何度も問い合わせがあったし、来たいという話は数多く、あった。けれど、ネックになるのはどうしても言葉である。P.A.I.での言語を英語とするわけにはいかず、日本語での授業が主体となるわけだから、当然なんだが、いつも議論になる。外国人の生徒を受け入れてみてはどうか、だ。
 今回は日本語の堪能な人だったために、誕生しそうだ、ということである。

 面接が終わってからがまた、大変。さて、どうやって選別するか、である。偉く大変で、どうすべきかで、かなり紛糾する。
 これで人の一生の方向性が決まってしまう人もいるだろう。いろいろな才能を見なくてはならない。

 それから、別のミーティングをいくつか。終電近くまで。
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by kikh | 2006-04-24 08:21 | 日々の記録
 
4/22 見舞い
 朝からずっとミーティング、会議の連続。
 
 夕方、熊谷を見舞いに御成門の慈恵医大付属病院へ行く。
 病院は思いの外、きれい。行くと寝ていたので戸惑ったが、お母さんが起こしてくれた。でも、目が開かない様子。それでも数日前よりずっと良くなっているのだとか。
 治る病気らしいので、安心して見守りたいと思う。少しいて、去る。話した後はぐったりしてしまって、すぐに眠りに入ってしまうのだとか。

 それからカフェに行き、書き物をし、ウツラウツラ。

 家に戻ってきて、この前、佐田真由美さんが言っていた610ハップという硫黄たっぷりの温泉の素を入れて風呂に入る。皮膚がジンジンする。こりゃあ、ちょいと効き過ぎかもしれない。だが、この硫黄の臭いは、まさに温泉。しばらくぶりに温泉に入った気分になった。
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by kikh | 2006-04-23 00:25 | 日々の記録
 
4/21
 今日は珍しく特別のことはない日。
 が、そういうときに「僕の青空」について考える。
 それから、年末に「かもめ」を止めて、「シンデレラ」をやろうと思っている。
 「かもめ」では、演劇に関心のある人にはいいだろうが、そうでない人たちを面白く感じさせようとすると「シンデレラ」の方がいいのではないか、と思ったのだ。
 ぼくは昔から、童話シリーズを行いたいとの思いが強い。
 よっしゃ、今年から童話シリーズを始めようと思う。

 夕方からミーティング。ふたつ。

 そしてそのミーティングを茅場町で行っていたので、新富町の「まめや」という小料理屋に行く。
 「まめや」は昔、パパ・タラフマラで制作をしていた西垣がやっている店で、昨年の6月にオープンした店である。初めてだ。
 店は昔の民家を改装していて、その柱が時間を感じさせ、柱以外の部分が新しく、決して金をかけている風ではないのに、素敵であった。メニューにはちゃんと稲荷寿司もあって面白かった。なんせ、西垣の実家は岐阜の寿司屋で、ここの名物は稲荷寿司だったのである。俺ももう15年くらい前に、一度、岐阜の店で食わせてもらったことがある。
 西垣はデザイナーでもあって、昼間はデザイン業を行い、夕方から「まめや」を始めると言う。旦那はカメラマンであるが、彼も夕方から手伝うのだとか。
 食った筍が美味かったな。

 また、行こう、と気持ちよく、店を出た。
 明日は、熊谷の見舞いに行かなくては。
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by kikh | 2006-04-22 01:03 | 日々の記録
 
4/20 いろいろと
 日本ハムファイターズの新庄が引退宣言をした。
 相変わらず、やってくれるねえ、新庄、だ。誰も真似のできない軽薄さと脳天気さと、それと同時に、すばらしく機を見るに敏な能力に脱帽だ。一見、阿呆なんだが、その阿呆さが格好良いと思わせるのは天賦のものだろう。阿呆に見せているのか、阿呆なのか?たぶん一種の阿呆なんだが、それは俺も似たようなもんであるから、阿呆新庄のことはよく分かる。けれど、あそこまで機を見るに敏ではないからなあ。新庄を見習わなくてはならん。

 先日、この私めのダイアリーについて、いろいろ言う人がいる、という話を聞かされた。「あれじゃ敵を作るよねえ」という人が、ままいるそうだ。敵を作るようなことは書いてはいないつもりなんだが、それでも敵を作るらしい。人は褒められたいと思い、否定されたり、けなされたりすることには大変な抵抗感があるということで、そんなことは分かっているけれど、ううむ、難しいのは人の心かな、である。まあ、それはさ、俺にしたって決して貶されていい気分ってことはないからな。ぼくの場合は貶され慣れてしまっているので、どうってことはないのだが・・。とは言え、貶されていい気分ではない。だから、誰も同じなんだろう。しかし、理屈というものがある。貶されていい気分ではないが、納得できることだったら素直に受け止めたいではないか。その納得できる部分でさえ、一時的には納得したくない心があったりするんだが、真摯に受け止められる姿勢を持つことの重要性を認識しておきたいものだ。

 CDがグッチャグッチャになってしまっていて、散乱していたので、整理する。整理していてびっくりしたのは、ブラジル音楽の多さだった。50枚くらいはあるかも知れない。いったいいつの間に購入したのだろう、と我ながら、ほとんど記憶にない。ブラジル音楽に興味を持ったのは、もうかれこれ30年も前になり、だが、CDが普及し出したのは1990年頃だったと思うから、それ以前はLPレコードがほとんどで、LPレコードでもブラジルものは結構、持っているんである。それがCDに変わって、ここ17,8年くらいの間に購入したものが50枚くらいにはなるということである。
 ブラジル音楽のおもしろさは、ひとつには抜けである。頑張って歌わないのである。さらりと歌う。さらりとかわす。さらりと合いの手。そのさらりさらりの中で、じわりと心情が伝わってきたりして、ぐらりと揺れる。カエターノベローゾの歌を聴いていると、なんともふわりとし、気分よく時間が過ぎ去っていく。

 朝は今日は多摩美へ。
 八王子駅に降り立ったら嵐みたいな雨風で、こりゃあ学生はあまり来てないだろう、と思って教室へ入ると、驚くほどにあふれ返っている。出席だってどうだっていいし、来なくたっていい、だけど、途中退席なんてもってのほかだから、来たくなければ、来るな、ただし、聴く気があるなら真剣に聴けよ、とだけは言ってある。だから、ぞぞっと減っているかと思いきや、逆に増えているじゃねえか。まいったな。
 パフォーミングアーツ概論という授業をやっているのだけれど、正直、横文字にすればいいというものではない。パフォーミングアーツなんて言うとちょいと難しく聞こえ、同時にちょいと格好良く、面白そうに感じたりするのだろう、みんな興味津々だ。興味を持つのは悪いことではない。けれど、何も分からない。何も知らない。質問と言っても、何を質問したらいいか、分からないようだ。そりゃあそうかもな。分からなくて当然かもな、と思う。

 授業が終わると雨が上がり、気温がグッと暑くなった。
 
 喫茶店で本読み。暖かさにウツラウツラ。何とも気分のいい時間を過ごし、再び構造について考える。

 夜、打ち合わせをずっと。最終まで。

 自宅に戻って、焼酎「百年の孤独」を飲む。くうう、うまい。

 心配事項がひとつ。熊谷が一昨日から入院している。フィッシャー症候群という病気だそうだ。
 ネットで調べてみるとたいていは数ヶ月で完治するとのことで、ホッとした。だが、われらは身体が命。その身体をこわすようなことをしてはいけない、と言いたいところだけれど、原因は不明らしい。
 早々に見舞いに行かなくては。
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by kikh | 2006-04-21 00:53 | 日々の記録
 
4/18 引っ越し
 朝6時にレンタカー屋から4トン車をピックアップし、倉庫の引っ越しを行う。
 4トン車3台。私と池野が運転。一台は業者。もう一台、渡部浩平の実家の小さな3トン車。軽バン。乗用車。これだけで、一気に千葉の八千代台から山梨の北杜市に引っ越した。
 
 いやあ、つっっっかれた。
 ほとんど休憩なしで、荷物乗せ、移動、新しい場所のセッティング。設営。で、山梨の終了が23時半。出発23時45分。帰着が深夜2時過ぎ。いろいろと送迎をしていたチームは3時を過ぎたと言う。

 無事、事故もなく、終わった。
 この新しい倉庫空間を貸してくれた先日のPepsi Nexの舞監をやってくれた阪野さんに感謝、小指値の天野君、木元君、パパ・タラフマラの皆々に感謝である。

 新しい倉庫は、阪野さんの音楽スタジオでもある。ここで、舞台をやることもできそうで、楽しくなりそうだ。
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by kikh | 2006-04-19 13:20 | 日々の記録


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