★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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8/30 アップのビデオから
 28日にオークボに撮ってもらった全身アップのビデオが功を奏した。
 やっぱり見えないものが見えてくる。何が悪いかが明確になる。

 今日も、あるシーンについて、演助の横手から問題が指摘された。が、何が悪いか分からない。いくら話を聞いても分からない。本当にもどかしいのはこう言うときである。演出を全部やっているとこういうことは何も問題にならない。問題が何かは明確だからだ、常に。
 要は、僕自身の立ち方が間違っているのか、それとも周りにいる松島、菊地の存在の仕方が間違いなのか?そのどちらかしかない。それには演出意図が関わってくる。けれど、人間は刷り込みが大きく、一度、ある方向に傾いてしまうと、その方向性が正しいと思いこむ傾向がある。これは僕が演出するときに最も注意する点である。
 横手を代役に立てて、見てみる。なるほど、ひとつには位置が悪い。持って生き方が明瞭になっていないということがあった。が、そこから先は、やっぱりいまいち分からない。もう一度、アップビデオでも撮ってどうすべきか、考えることだろう。

 夜の通しで、なんとなく掴めてきた。
 残り4日間の稽古である。たぶん4日あるなら、十分である。
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by kikh | 2006-08-31 11:05 | 日々の記録
 
8/29 ミーティングばかり
 今日はミーティングばかり。
 頭ばかり使うと疲れる。
 やっぱり身体を使っているのは正解である。

 身体は、頭だけで出来ているにあらず、ボディだけで出来ているにあらず、だ。面白いくらい偏ると如実に変な感覚となる。

 午後、文化庁と国際交流基金に行く。
 
 文化庁では、面白いことを言われた。
 文化庁は真ん中がいいんです、と。
 そうか、真ん中か。でも、実は文化の真ん中とは、境界でなければいけないと思うのだ。それこそが、新たな文化創造である。そう思って、文化を創り上げるつもりで作品創造をしてきた、そう言う意思を僕は持っていた。
 が、文化庁の文化は真ん中だ、と言われてしまうと、もう愕然、である。認識違いどころか、ふうむ、保守本流がもっともいいのです、文化は。文化庁的文化とは保守本流です、というのは、文化としてはおかしくないか?
 しかし、そういう意思が至る所に蔓延っている。日本の病はここにも現れている。
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by kikh | 2006-08-30 02:06 | 日々の記録
 
8/28 ペースアップ
 稽古場内は風邪が流行っている。ヤバイ。と思ったら、確かに少し喉が痛い。

 暑い。かつ、風邪。まあ、たいしたことはないが、大事に至ったらマズイ。

 今は、パフォーマー化している。演出家業も必要だが、もう演出に専念していられるような状況ではない。日々、いかにブラッシュアップするかが問われているので、毎日、何をどう変えるべきか、変えないべきかを考えて稽古には臨む。経験が足りない分、頭を使うしかないのである。とは言え、頭で考えたものなんて面白くも何ともない。だから、頭で考えつつ、身体化のスピードを早めなければならない。

 オークボからは日々、良くなっている、と言われている。こういう言葉はホッとする。全然ダメ、と言われていたら、もう地獄だ。ホッとするというよりは、明確な指針ができるので、助かる。
 見学者は嬉しいのだが、僕は演出家として見ているわけではないので、やっぱり全体がどう見えたか、の視点を持った話が嬉しい。でもほとんどの人は細部である。細部ばかりを語る。これじゃ、何も見えてこない。全体を語ってもらって、そして細部に入らないと細部を正していてもそれが正しいかどうか、分らない。ビデオを見れば何となくは分るが、完全には分らないのだ。

 足はまだ痛む。が、毎日良くなっているのを実感する。

 終わって、事務所へ行くと、TOKYO HEADLINE の表紙にハリウッドスターに混じって、僕の写真が載っている。少々、気恥ずかしい。
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by kikh | 2006-08-29 01:45 | 日々の記録
 
8/26 足の痛みと気功
 今日は朝起きたら、昨日痛めた足が動かない。
 冷やしてから稽古場へ行く。

 稽古場へ行っても足が動かない。膝と足首が痛い。
 こういうときは無理して稽古しても仕方がない。なので、話をし、少しだけ稽古をして、通し。通しになるとアドレナリンが上がって足の痛みも消し飛ぶ。しかし終わった途端にぎりぎりと痛い。
 
 通しを行なった後、演助によるダメだしを行なうが、どうも言っていることが分らない。これは、演助の経験不足もあるが、それだけではなく、僕自身が見れないことがなんと言っても大きい。
 いい、悪いも、小さいダメも大きなダメも、フラットに聞こえてしまう。何が特に重要で重要でないのか?命は細部に宿るのだから、すべて細かく修正していけばいいが、やっぱり総体が必要だ。それを口頭で判断できないとやりようがなくなってくる。
 とは言え、演助の横手は相当、しっかりやっている。大変だろうが不平ひとつ言わない。こういう人は得難い。人間的に素晴らしいし、最近は頼もしく見えるようになりつつある。

 昨日、稽古を見た研究生の何人かからメールが届く。人によって書く視点が違うのが面白い。全体を見て、とても面白がってくれる人、細部を言い、総体がだからまだダメ、と書く人、全体が面白いのだから細部をもっと良くしていけば、いいと書く人。まあ、いろいろだ。だが、僕としては本当に全体がどう見えたかを言ってくれるのが嬉しい。細かいところは確かに重要だけれど、しかし、全体を考えなければ作品にはならないのだ。

 さてさて、ギリギリと痛むので、気功の先生に足を見てもらう。
 もう全身、フラフラ。ブランブランかき回された感じ。凄い。身体が動き回ってしまった。
 足もいろいろとやってもらう。確かに楽になる。
 
 すると夕食を出してくれた。美味しかった。
 その席で、いろいろと気功のことを聞いた。まったく驚くべきことが次々と出てきた。本当に気功はここまでできるのだろうか?というようなこと!疑いはしないが、実際に見てみたいものだと思う。

 
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by kikh | 2006-08-27 00:46 | 日々の記録
 
8/25 まずは・・・
 今日は、一応、最後まで行く。
 時間はちょうど70分の作品となった。
 しかし、通し前の稽古でオブジェの足がグニャリと動き、そのオブジェの隙間に足を挟まれ、怪我。たいしたことはないが、痛い。少し心配。
 まずは最後まで行ったので、一安心。これで、自分自身の稽古にももっと集中できるだろう。稽古量は他の3人に比べ、約1/5だ。だから、これから約10日間で集中的な稽古を行なっていく。
 もちろんまだ、最後まで行ったというに過ぎない。もっともっと何かを生み出していかねばならない。それを探る旅が今から約12日間続くのである。

 終わってから、照明打ち合せを関根さんと。
 
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by kikh | 2006-08-26 01:25 | 日々の記録
 
8/23 なかなか
 昨日は良かったが、今日はなかなか掴めなかった。
 ひとつは装置を新しいものを使ったがゆえの、危険性を感じてしまったから。こういうアクシデント的なものがあると、すぐに演出家モードに戻ってしまう。パフォーマーモードではいられない。だから、問題になりそうな条件はすべてクリアにしてパフォーマーに専念したいものだと思ってしまう。

 まだまだ納得などいきはしない。問題だらけだ。けれど、あと2週間。稽古できるのはたぶん残り9日間であり、公演本番まではあと2週間を残すのみとなっている。2週間で出来る限りのことをするしかないのだが、なんとかなると思っている。

 それにしても苦悩がいっぱいだ。

 
 あ、それから亀田はランダエタと再戦を10月にするそうだ。初防衛戦はランダエタなんだと。
 さて、ランダエタは果たして、ガチンコ勝負をするだろうか?ランダエタは金を積まれないのだろうか?亀田を金を積んで育てた人たちは、彼に負けられでもしたら、大損である。さて、今度はどんな仕組みを仕組んでくるのだろうか?
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by kikh | 2006-08-24 01:55 | 日々の記録
 
8/22 感触
 今日、森下スタジオ入りする。
 今回はCスタジオという森下でももっとも大きなスタジオを使っている。実に気分がいい。こうでなくちゃ、やっぱり稽古は、である。
 さて、今日の通しで僕は何となく感触がつかめた感覚を持った。行けるだろう、という感触だ。
 まあ、もっと言えば、そういう風に出来るだけの条件が整ってきたとも言える。
 やっぱり作りつつ、乗るのは条件が満たされていかないと難しい。

 歌に関しては、終わってから下町兄弟の工藤さんのところに、演助の横手と一緒に行く。
 聞いてもらい、かなり褒めてもらえたのでホッとする。

 それにしてもやっぱり自分が見れないというのはシンドイ。
 人の意見が絶対になってしまうからだ。だが、人の意見は所詮、自分の意見ではない。演出家としては自分の意見こそが絶対である。だが、人の意見も大切で、それは参考意見としてとても大切なんであって、だけど、すべての判断を下していくのは私だ。
  ところが、その判断がさほど明快ではなくなる。当然だ。自分が見ていないのだから。しかし、舞台に乗って稽古をしていると感じ取れる空気感というものがある。けれど・・・・ううん、やっぱり作品を作りつつ、それも微妙な作品を作りつつ、自分も出るのはちょいと無謀だなあと改めて思っている。しかし、その無謀も楽しい。無謀だからやる気が起きる。無謀は可能性がある限りは単なる無謀ではなく、可能性への大きな扉と思うべきなんだな。
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by kikh | 2006-08-23 00:47 | 日々の記録
 
8/21 身体の重さと食事制限
 それにしても毎日、時間がすすむスピードが早い。
 演出だけしている分には、まだ安心して、自分自身がコントロールできる感覚があるが、出演までするとなると、どうもいただけない。それに体力問題が出てきている。いやあ、疲れる。
 今、果たしてマチネ、ソワレが二日続くのを乗り切れるかどうか、少々心配になっている。
 しかし、今、疲れがドーンと出ているのは決して悪いことではない。時期的にピークを迎えなくては、確かに次に移らない。
 まだ、身体が重い。僕は動きに重点があるわけではないが、やっぱり重い。軽くしようと食事制限を加え出したが、すると、一気に体力が落ちる。落ちないまま、制限する必要がある。
 これがなかなか難しい。食わないと元気が出ない。食うとどうしても太る。いや、体重維持状態になる。すると重い。ならば軽くする必要がある。制限する。夏に負ける。こういう循環に入ってしまう。さて、どうしたものか。

 普段の稽古は僕が音響をやっている。稽古時のみであるが、右側にミキサー、左にCDやらMDデッキを置いて、すべて操作は演出しながら行なうという方法を取っている。音響とは空気感を作るからだ。だから非常に重要。だが、今、稽古場では橋本か横手がやっていて、するとどうしても空気が違う。違うが出演している自分が出て行くわけにはいかず、結果、稽古をしながらも歯がゆい思いをすることになる。
 なので、20日に一度、私以外の3人に動いてもらい、僕が音響をやって橋本には見ていてもらった。その後で全体通しをやり、それを橋本が操作したが、実に動きやすくなった。感覚を掴んでくれれば分かりやすくなる。


 早稲田実業と駒沢苫小牧の高校野球決勝は見れなかったが、スコアを見るだけで壮絶。だが、高校野球は、ひとりのエースが投げ抜くパターンがほとんどで、ならば、15回も投げたその翌日は休みにするとか、もう少し、高校生の身体を思いやった運営が必要だろうといつも思う。身体を壊してもいい高校野球ではないはず。もっと合理性が必要だ。

 数日前にTOKYO HEADLINE編集長の本吉さんのインタビューがあったが、彼は昔、東京スポーツにいて、子供の頃からのプロレスファンと聞いた。今、プロレスの話題をすること自体なくなったけれど、僕は昔アマレスをしていたこともあってか、とても懐かしく楽しかった。
 亀田興毅の話も出て、TBSの問題やらボクシングジムの問題などなど、いろいろと舞台裏を聞かされ、確かに、と納得した面がいくつかあった。
 亀田は若い。が今の若いうちに、もっと心の鍛錬をせねばならんなあ、と思う、改めて。

 明日から数日は森下スタジオでの稽古。ここですべて固められれば嬉しい。
 
 
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by kikh | 2006-08-22 08:22 | 日々の記録
 
8/17
 なかなかじっくりと稽古ビデオを見返している時間が作れない。
 が、今朝、ゆっくりと見てみて、気付いたことがいくつかあった。普段はこういう作業は稽古中に行ない、ビデオはあくまでも参考として見るのだが、今回はそういうわけにはいかない。
 ビデオで伝わるものと伝わらないものがある。
 また、いい、悪いの判断も人によって大きな違いがある。正しければいいとは限らない。間違っていれば悪いとも限らない。そういうことを僕以外の連中に求めても無理なことは分かっている。先日の研究生の合宿中、問題となった作品があったが、真っ向から意見が対立する場合だってある。
 気付いたことは、そろそろ全力でパフォーマーとして始動しないとマズイなあ、というのが一点。まだ、やっぱり馴染めていない。
 それからリズムがわずかに狂ってきている点。リズムは修正すれば簡単だが、それを実は演助に感じ取ってもらえれば嬉しいけれど、まだ難しいかも。音楽に合わせたハーモニーやリズムの狂いは分かりやすい。けれど、全体の狂いは結構、経験だったりする。何が悪いか、その判断は、複合的な要素が絡んでいる場合もあって、厄介なのだ。
 もちろん非常にシンプルな要素の場合だってある。

 そして稽古。
 問題を解決すべく、動こうにも、やっぱり問題をクリアにしなければ、という気持ちが働くと自分の稽古に専心はとてもとてもできない。ううん、俺が二人欲しい。と、しょうもないことを思ったりしている。
 ともかく明日にはシーン4は終了である。
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by kikh | 2006-08-18 01:48 | 日々の記録
 
8/16 靖国参拝
 小泉首相が靖国神社参拝を昨日、終戦記念日に実行した。公約を果たしたということだろう。
 靖国神社に関しては、そもそもの成り立ちからして、戦死者を分け隔てなく入れているところではなく、分け隔てながら祀っているところである。だから、分け隔てをしておかしいことは何もない。だから、さっさとA級戦犯を分祀した方がいいというのが僕の意見だ。
 その上で参拝する分には、何の問題もなかろう。また、結局、日本国民として、太平洋戦争の戦争責任は基本的には何の決着も付けていないわけだから、それをまずはきちんとすべきである。その曖昧さがすべて今の日本国民の態度となって、メンタリティとなって表出してしまっている。とは言え、いったい、今更、どうすればいいか?個々人が自覚できるような存在であればいいが、日本は個人の自覚などはどこかへ消し飛んでしまっている。今から戦争責任などと言っても、人ごとにしかなるまい。ならば、今、自分たちが意識せねばならないことは、現在、私たち自身が抱えている問題に絶対に目を背けないという習慣性を身につけることだ。知らぬ振りを決め込んでいると後で必ず、しっぺ返しを食らうことになる。とは言え、目先だ。常に目先だ。日本人は、感情を背景に持ちつつ、目先を追いかける国民である。それが面白くもあり、まったく世界基準には則していない問題点でもあるのだが。
 中国、韓国がこの靖国参拝を政治課題とし、国内の目をそらし、日本を敵視しておきたいとする姿勢を見せていることは火を見るより明らか。だから、国内外的に見ても、さっさと分祀を!だ。
 一応の格好を付ければいいだけだ。もちろん課題は残る。
 小泉首相にしても中国、韓国にしても、安部さんにしても、みな、靖国参拝を心の問題などとは思っているはずがない。いかなる心か?それは明確で、信念などではなく、政治的バックグラウンドと政治的な駆け引きから、なんとも安っぽくて重大な心と言わざるを得ない。しかし、その安っぽさと重大さが日本を引っ張る。我々はその安易さと重大さに引き裂かれ、運命を委ねることになる。ならば、いかに政治は重要か、わかろうというものだ。

 稽古。約55分が形になる。まだまだだ。あくまでも形になっただけである。
 僕自身の事で行けば、もうこれから本格的に稽古参加、ということになっていく。もちろん難しい面はあるが、一気に稽古へと突入することにする。
 
 ウェブマガジンのインタビューがあり、打ち合せを行ない、いろいろと書き物をずっと。

 クーラーが壊れてしまったので、くそ暑い。

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 あ、13日から三軒茶屋のコンパウンドカフェでパパ・タラフマラポスター展を行なっている。20日まで。葛西薫さんのポスターを中心にサイトウマコトさんのポスターなどもあり、なかなか素敵だと思います。是非、お立ち寄りを。

 また、今は下北沢のシネマアートン下北沢にて、コイケヒロシ写真展を公演中まで開催しています。それに、これから続々と渋谷のギャラリーコンシール等々でのオブジェ展、写真展、衣装展などが順次、開かれていく予定です。
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by kikh | 2006-08-17 09:42 | 日々の記録


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