★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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11/29 助成金〆切
 ここのところ、来年度の助成金〆切日が近づいているために、めまぐるしい動きが出ている。
 毎日のように来年度の予定が変わっていく。
 けれど、国内ではない。もちろん国内の助成金申請締め切り日前は大変だった。しかし、これが過ぎ去ると、海外がまた大変な動きとなった。
 消えたり、浮かんだり、申し込みがあったり、こういう状況が国内でも生まれてくれば嬉しいけれど、ほとんどが海外のオファーばかりである。
 
 ニューヨークのBAMで行なうというだけで、もう世界の超一流の域に入ったと言ってもよい。僕はそう思い続けて、なんとか、いつかBAMでやりたいものだ、と思ってきた。
 それが来年、ついに実現する。
 だから、確かに凄いのである。こりゃあ、やっぱり凄いことだ、と思う。

 唸ってしまうくらい凄いことなんだけれど、その一方で、国内においては、どうもいつまで経っても下積みのような感覚で、なんのかんのと苦労する。
 苦労したくなくても苦労する。国内は国内評価しかない。だから、苦労するのである。
 だが、仕方がないのかもしれない。それが今の日本の文化である。常に文化意識が背中合わせでくっついてくる。日本は基本的に日本国内にしか目が向かない。それでいいという意識が非常に強い。もちろんビジネスマンたちは違う。違うに決まっている。生き延びることが目的ならば、手段は海外に目を転じなければならないからだ。

 今日は、朝から稽古。約55分が形になる。完璧なくらい予定通り。あくまでも稽古の進み具合に関してのみであるが。結構、グッタリ。
 夕方、ミーティング。
 
 それから、やらねばならぬことを考えただけで頭が痛くなる。
 明日は大阪行きだ。ヤバイ。何の準備もしていない。
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by kikh | 2006-11-29 22:41 | 日々の記録
 
11/28 本
 時間がないと言いつつも、本を手放したことがない。
 しかし、最近は目が見えにくくなってきた。近くも遠くも見えにくい。けれど、それは当然のことのはずなんで、仕方がない。とは言え、目がずっとクリアに見える身体だったので、ほんの少しぼけるくらいで何と大げさな、と目が悪い人からは映るらしい。今でも裸眼で通しているが、生活には全然支障はないのだから。

 本は読んでいないと落ち着かない。いや、活字を読んでいないとどうも手持ちぶさた、というより、何かと不安がつきまとってしまう。
 最近は映画を見ていない。いや、舞台も見ていない。本と音楽が楽しみだ。億劫さはまるでないが、見れない。展示にも行っていない。見るという行為は、自分を磨くので幾つになっても大切だろうと思う。
 もっと時間を作らなくては、と思う今日この頃。
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by kikh | 2006-11-28 08:13 | 日々の記録
 
11/26 甘い!
 午後から稽古。
 やっぱりまだまだ若手は顔に厳しさがない。
 この厳しさが出てこないといかんのだが、これがない。ということはまだまだアマイ!!ってことだ。顔にはすべてが現れる。その顔じゃいかんだろう、ってえ顔をしている。だが、これからは、なんとかしなければならない。

 人は変わるときは変わるものだ。
 先日、白井がずっとオレに人非人みたいな言われ方をされてきた、と言っていたけれど、面白いくらい変なことは覚えていると感心した。オレはまったく忘れてしまっている。しかし、白井だってはっきりと良くなったのはここ10年弱だ。松島にしても10年くらいだ。そうすれば文句は言わなくなる。
 なぜ変わるか。
 これははっきりしている。
 やっぱり覚悟である。覚悟がない限りは甘い。それもちょっとした覚悟ではダメで、本気にならねば、覚悟は覚悟と言えないのである。
 人生論ではない。当たり前のことだ。適当にやっているヤツは適当な感じにしかならない。
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by kikh | 2006-11-27 00:20 | 日々の記録
 
11/25 
 不愉快なので消してしまったが、それは11月23日の僕の文面への投稿であった。「亀田も嫌いだが、あんたも嫌い。内舘さんがおばさん呼ばわりされる覚えはない。ネ、オジサン。」ってこんな文面だったと思う。

 何が不愉快か?
 自分は匿名で書く点だ。匿名で書く、そういう卑怯さが嫌いなのだ、オレは。人を批判するなら、きちんとやりとりできるよう、正々堂々と何者か、名乗りを挙げればいい。
 おばさんという言い方から、変な感情を感じ取られる可能性は確かにあるので、訂正しよう。内舘さんですね。
 ただ、オレは別にオジサンと言われてたって、なんとも思わない。なので、オジサンで結構。だってオジサンだからね。別にそれが蔑称とも思っていないし。さて、オジサン、オバサンという言葉は蔑称なのだろうか?ううむ。人によるかな。

 
 今日も稽古日。
 どうも毎日が若手との戦いの日々。

 その後、ミーティング。その席上で、周りが女ばかりで大変と言ったら、総攻撃。女にどれだけ助けてもらっているのか?ということを言われる。
 確かに、その通り。だ。
 うう、けれど、ちょいと違うよね。女に助けてもらうというのと、女ばかりで大変、というのは同列には論じられないはずじゃないか。スゲエなあと思うのは、こういうことを同列に論じてしまう論理の持って行き方である。いや、論理じゃないのだな。だから女は大変だ。けれど、確かに助けてはもらっている。今や舞台芸術界のみならず、芸術界は女性の尽力なしには成立し得ないところである。まったくその通り。けれど、女性の論理展開にはシバシバ頭を抱えるんだな。なんかよく分からないことが次々と展開するからである。
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by kikh | 2006-11-26 00:59 | 日々の記録
 
11/24 アップ
 いくつになって、そんな阿呆な顔をしているんですか?よくそんなバカ顔できますね。とか、そんな話していて楽しいですか?小学生ですよ、それじゃ。とか、そんなことをしょっちゅう言われている。
 自分ではもちろん、さほど阿呆な顔をしているつもりはさらさらない。心のままに、なんだけれど、心のままにやると阿呆になり、バカになり、気持ち悪い、極端に不気味な顔になるのだという。
 まあ、いいさ。なんとでも言っておれなんだけれど、もっともっとグニャグニャでいいじゃねえか、と思ってしまうのである。みんな、肩肘張りすぎ。まじめすぎ。まじめもいいが、まじめは不真面目心を持った真面目でなくてはならんのである。

 今日は、朝からもう音楽編集。これが大変。ほとんどパズル。音楽ばかりか、登場人物が25人もいるので、かつ、きちんと全員が出席しつつの稽古ならいいが、出たり出なかったり、オカシナ具合の稽古だと、もう毎日が混沌とし、その渦の中、パズルをやっているような気分になってくる。
 いや、音楽。HOGの時のポールドレッシャーとの時ほどじゃないけれど、もっと演助が助けて欲しいんである。音楽担当=オレ、みたいな状況である、常に。まあ、そういう演出方法を取っているのだから当然とも言えるのだが、ね。

 音楽が終わると、新聞記事整理。まったくブツブツ言いながら、ついつい新聞のおもしろ記事に目がいってしまう。でも、これを45分で終わらし、玄米を炊く。
 玄米を食っていれば、後は適当で済むからだが、なかなか玄米炊きも時間がかかって大変なんである。今日は稽古がないので、作業をしながらこんなことをしていられるのだ。

 知人にシンデレラの案内をする。これがまた、時間がかかる。

 途中で放り出し、事務所に向かう。
 事務所では、本日、文化庁に提出する申請書書きに追われ追われている。僕は、文章を修正する。ああ、やっぱり相手を考えて文を書いて欲しいものだと思ってしまう。こちらがどういう風かではなく、相手なんだ、こんなものは。でも、なんでこんなことをオレがやらにゃあならんのだ!え!ナカジーマなんて言いつつ、やっているが、仕方あるまい。まだワケエ。

 オークボに飯を食いつつ、頼み事をして、戻ってくると、もうフラフラ。足下がおぼつかない状態になっている。
 今、書いているのもよくわからん。何を書いているかもわからんままに書いている。
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by kikh | 2006-11-24 23:19 | 日々の記録
 
11/23 ヒートアップ
 毎日、早朝から深夜まで頭からは湯気が出ている。

 新聞を見たら内舘牧子、という大相撲審議委員のオバサンがいるが、彼女が変な記事を書いている。ボクシングの亀田興毅をいじめるのは良くない、みたいな書き方。TBSや所属ジム攻撃はおかしい、と。果たしてそうだろうか?大金を動かしているのは誰か?加えて、あれだけの変な試合。多くの人が勝っているはずはない、と思った試合。それがいくらホームの利があるとは言え、あまりにあからさまだから、みんなが疑うのだ。こういう基本的な疑問なしには攻撃などするはずがない。どんなに亀田が嫌いでも、あきらかに力があったなら、文句を言う人間の数は圧倒的に少なくなるはずだ。少なくともボクシングはスポーツではないか?スポーツはもうすこし、正々堂々、下手な心理戦などクソ食らえ、みたいな気持ちでやりたいし、見たいではないか。スポーツばかりではなく、どこへ行っても勝てば官軍、みんな同じ思考方法では嫌になる。勝ったヤツが偉いなんてことは絶対にない。手段を選ばずではない。手段を選びたいではないか。

 朝、ふたたび来年度の件の話。喧々囂々。
 なんとか方向性が明確に出る。

 終わり次第、稽古場に駆けつけると、隣では柔道の試合をやっている。うるさい。
 と、今度はこちらが文句を言われる。音楽がうるさいのだとか。
 このような貸し方をしていたら、いろいろなところから文句が出るだろう。
 
 今日はラジカセを二台、使用しての稽古だった。こりゃあ遺憾。周りはうるさい、音は小さい。その小ささでも文句は言われる。こういうときは、本当に頭のヒューズが飛んでいく。

 
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by kikh | 2006-11-24 00:42 | 日々の記録
 
11/22 子供はしょうがないけれど
 朝、サンフランシスコ住まいで、香港に公演のため呼ばれ、一時帰国中、かつ、本日、帰米日の小川とミーティング。来年度の件。
 来年、新作に出演してもらいたいと思っているが、いかんせん、見ているだけで三歳のガキンチョが大変だ。クソガキって感じで、元気いっぱい。だが、こりゃあもう毎日、相手にするのは実に実に大変だろうなあと思わせる。子供は元気がいいけれど、しかし、相手しなければならず、そのためには生活の多くを、そこに割かねばならない。ううむ。こういうことはなんとも言えないが、難しい。

 それから、小川は成田行きの電車に乗り、僕は制作チームと話。来年度の件。
 来年度、いかなるプログラムを組むかが問われている。国外はさほど問題ではないが、国内が問題山積み。特に東京。新作を二本やるかどうか?どうする?と強く問い返されている。
 来年はニューヨークBAMでの「Ship in a View」公演もあるので、これを是非、東京でもやりたいねえ、とは制作からの弁。果たして三度目の東京公演はどうなんだろう?果たして可能性はあるのだろうか?そういうことが問われている。
 でも、世界中に熱を与えてきた作品であることは間違いない。「Ship in a View」をやって受けなかったところはない。だから、これは確かにいい作品と言えるかも知れない。だからこそ、制作側としてはやりたがる。

 遅れて、稽古場。森下スタジオでの稽古であるから、やっぱりはかどる。時間の無駄を生まずに済む。
 通しには数名は見に来る。だいたい42分くらいにはなっているか。

 それから門仲でミーティング。
 
 
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by kikh | 2006-11-24 00:19 | 日々の記録
 
11/21 ずっと稽古
 朝、調べ物をし、下町さんから音楽を受け取る。
 そのまま、森下スタジオへ入り、森下で網代と映像関連打ち合せ。「シンデレラ」では映像は使わないが、コンピレーションDVDを今、制作中なんである。

 森下で稽古。
 長々、延々と夜9時まで。ううむ、長いが、多少は仕方なし。

 シーン5まで終了。だいたい形になる。若手連中は、もうすこし力を抜くことを覚えて欲しいものだと思う。もっと力を抜けば、グッと良くなるのに、と思うけれど、まあ、仕方がない。あと1ヶ月弱で徐々に、である。
 
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by kikh | 2006-11-22 00:45 | 日々の記録
 
11/20 一月を切っている
 思えば、もう公演まで一月を切っている。
 おおよそ形になっているのは、ほぼ半分である。下町さんの曲がいい。
 今日の朝、送られてきた藤井君の曲も嵌った、という感じだ。

 音は、使うかどうか含めて、舞台では命のようなものである。つまりリズムを決定付け、流れを決定させてしまうのだ。音楽含め、音は生理を決定づけるから、軽視できないし、僕は耳の悪い演出家、空間認識の甘い演出家はまったく認めないことにしている。ところが、日本は文学と舞踊家こそが最も幅を効かすところだから、演出を見る目がない観客が実に多い。だから演出家もハッキリ言って育っていかないし、育てられもしない。これじゃ日本の舞台などよくなるはずがないだろうと思うが、さて。
 音と言っているのは、すべての音である。しかし、音は音楽も人の声も足音も息づかいもすべて含むのである。だから音は音楽とは違う。

 今日はかなり多くの参加者がいた。きちんと人が出ていると全然違う。やっぱりダイナミズムが出るが、出過ぎていた。何が問題かはチェックしなくてはならないが、まあまだ煩雑なところが多いということであろう。本当にバランスで成り立っているので、人が欠けながら稽古するのは難しい。

 終了後に演助の美香と中華屋でミーティング。こいつはほんとうにマイペースだからいつも感心する。「いいの、いいの」と簡単に言うが、俺はなんでもかんでも「いいの、いいの」にはならない質なので、この大雑把ぶりには感心してしまう。 
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by kikh | 2006-11-21 00:34 | 日々の記録
 
11/19 ワークショップ&稽古
 雨。朝はパラパラ降りだったので甘くみていたら、冷たい雨になった。身体が冷えて困った。

 今日はワークショップ最終日。30分の作品にする。なかなかいい作品になった。
 それから皆とインド料理を食いに行く。みな、真摯なので感心する。

 そして稽古。やっぱりワークショップとは言え、作品作りの後は疲れがどっと出ている。背中から首にかけてバリバリだ。
 今日も池野がいない。本当にこの時期、メインでいなければならない人間が休んでばかりいるのは、作品作りに支障が出てくる。
 稽古はほぼ冒頭から37分くらいが形になっている。ネジくれて奇妙である。問題は、たまお、白井のふたりのアンサンブルがなかなか本物になっていかない点だ。引き付けさせねばならない箇所で、まだ浅い理解しか持ち得ていない。
 研究生たちもそれなりに一所懸命である。しかしなにを一所懸命にやらねばならぬか、それがまだ分かっていない。闇雲にやればいいというものではないのである。物事にはすべからく道理がある。しかし、その道理をすっとばしてただ必死!これでは無駄ばかり生じる。けれど無駄は省かねばならぬ。誰でも時間は限られているのである。

 終わってから作曲家の藤井君とミーティング。はじめて一緒にやる作曲家ではあるが、悩みが大きいようである。稽古はどんどん進めなければならないので、僕の方でも彼の音を待たずに、進めていく。結構、難しいのは仮の音楽で進行させ、後で出来上がった音をはめるという方法である。後では、どうもイメージが違ってしまう。大きな枠は一緒でも音は、環境、雰囲気を決定させてしまう。だから音は非常に重要である。

 自宅に戻ると、もう何をする気力もない。身体は疲れて鉛がじんわりと足下から入り込んでくるようである。
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by kikh | 2006-11-20 23:53 | 日々の記録


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