★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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1/29 ブエノスアイレスは
 午前中はダラダラして過ごす。とは言え、目覚めたのが9時半で、それからメールチェックやら何やらとやっていたので、実際には、慌ただしく過ぎ去っていった感じではある。ホテルの部屋は狭かったし、鍵が壊れていて、いちいちフロントに開けてくれ、と言いに行く必要があったので、とっても面倒ではあったけれど、まあ値段を考えたら、仕方があるまい。まったく英語を解さない人も多く、やっぱりラテンアメリカ圏はスペイン語ができないとどうにもこうにも困ってしまうことが多い。

 昼に牧野さんと待ち合わせして、彼の家へ行き、そこから再び、ブエノスアイレスを案内してもらった。
 教会に入り、これでもか、と言うほどの、凄まじく派手派手な墓地へ行き、なんと人間とは死んでまでも浅ましいというか、自己顕示したいのだろう、いやいや、死んでまでというよりも、死んだ後の一族が、一族顕示のために、このような激しく目立たせるような墓を建てるのか、と不思議な気持ちで、太陽の下、ゆったりと時間を過ごす。そうは言っても、インドのタージマハールのような、エジプトのピラミッドのような、日本の古墳のような例も山ほどあるわけだから、これが派手と言ったら、世の為政者たちは怒るかも知れない。だが、ここは妙にケバイ。ケバク、そしてキッチュである。オレはすごいんだぞ、祖先はすごいんだぞ、と、高らかにあからさまに謳う。だから笑いがこみ上げてくる。
 それからもぶらぶらと歩く。歩きに歩く。ブエノスアイレスには、いろいろな顔がある。一面だけではないさまざまな雰囲気だ。あるときはサンパウロを思い出し、あるときはメキシコを思い、はたまたイタリアだったり、パリだったりする。たった一日なので、ブエノスアイレスを語るには時間が足りなさすぎて、語ることはできないが、印象としては、ここは、南米であり、ヨーロッパであり、かつその上で別個の場所へと踏み込んだような、奇妙な開放感があった。ヨーロッパの重々しさは希薄である。少なくともヨーロッパでは前述したような墓地は作らないだろう。新参者の見栄か?
 
 とにかく二日間に渡って、牧野さんにずっと案内して頂いたので、ブエノスアイレスは濃密であった。これがとても一人ではこういうわけにはいかない。一人で歩くのは好きだけれど、一人ではどこが楽しく、どこが見せ場なのか、いちいち探し当てねばならない。時間がたっぷりあるならそれも良いが、時間が全然なかった。深謝。

 夜、22時35分発ダラス行きの便に乗る。ダラスでトランジットの後、シアトル入りする。そしてそのまま仕込みに入る予定。
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by kikh | 2007-01-31 06:32 |
 
1/28 ブエノスアイレスへ
 ひとり、早朝7時に起きて、準備をし、空港へ

 いやはや、チェックインカウンターではコンピューターの故障とかで、2時間半も立ちっぱなしで待たされる。当然、飛行機は1時間の遅れ。

 ブエノスアイレス着14時半。
 シャトルバスに乗り、サンマルチン広場に到着し、そこからホテルへ。
 と、シャトルバスにダウンジャケットを忘れたのを思い出した。しまった!!あれがなかったら、シアトルは凍えるばかりだ。
 すぐに牧野さんとビルヒリオのふたりが迎えに来てくれた。ふたりとも八重樫さんの友達で、僕がブエノスアイレスに行くと言うと、会ってきて!とメールを入れておいてくれたのだ。そのふたりに迎えに来てもらい、ずっとブエノスアイレスのおもしろい場所に連れて行ってくれた。
 ブエノスアイレスは、南米ともヨーロッパとも違う。何かが違う。しかし、サンチアゴよりは遙かに文化の香り漂い、バスでサンマルチン広場に到着するともう、その時点で浮き立った。
 ともかく、今日はすごい分厚いステーキを食い、アルゼンチンワインを飲み、実におふたりにきめ細かくエスコートしていただいて、感謝感激であった。

 夕方から深夜まで、実に楽しかった。

 おっと、ダウンジャケットだが、ふたりが動いてくれて、数時間後には手に戻った。助かった!
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by kikh | 2007-01-29 22:50 |
 
1/27 サンチアゴラスト公演
 どうもパパ・タラフマラと中南米は肌が合うようだ。
 こちらが不思議なくらい受けが良い。圧倒的な賛辞が返ってきて、やっぱり地域性はあるものだとビックリしている。もちろん他の地域でも反応は良いのだが、ラテンアメリカの人たちの琴線に触れるのかしら、と思う。
 これが日本に戻ると、もちろん良い反応もあるが、足下を掬われるような、ガッカリさせられる批評に出会うことも多い。そもそも、批評は非常に強いメディアとなり得なくてはならない。しかし、機能していないように思える。なぜか?思考がひとり歩きし、それを批評する当人が認識していないからである。なぜひとり歩きするのか?これは明瞭だ。言葉を弄しようとするからである。言葉の限界を知り、ゆえに詩的な言語の獲得を目指さなくて、なにゆえに批評などできるはずがあろうか?
 おたく文化という。おたくこそが先端に位置し、おたくこそが文化を救う、日本の救世主になる、みたいな言われ方をすることもある。これは大きな間違いであると断言したい。なぜか?おたくは、一面では確かに優れている。特化した一面にすぐれていること自体は悪いことではない。しかし、どうも変な感触を持つ。特化した一面に優れたオタクたちは、一方では、どうも全身的身体性を失って得ている能力のようにも思えるのである。昔はおたくでも良かった。なぜなら、情報を獲得するにも運動が必要だったし、自然はそこかしこに存在していたのだから。だから否応なく、身体的にならざるを得なかった。自分が動かなければ、何もできない。自分が行動を起こし、自分が生存するための方法を獲得する必要に追い込まれていたからだ。
今の日本の批評とは、この一種オタク的な存在による評であるように思えてならない。身体不在の脳が生み出す批評である。

サンチアゴのラスト公演も同様に押し寄せるような拍手と歓声に包まれた。
それから、チリレストランに行ったが、もう眠くて、疲れて、食うどころではない。

戻ってきて、グラグラになりつつ、パッキング。すぐ寝る。
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by kikh | 2007-01-29 22:48 | 舞台
 
1/26 二日目
 早朝より、活動。
 朝、10時半からフランスのカンパニーが巨人人形のパフォーマンスを行なうということで、見に行く。パンフレットを見ると、これは11月に大阪の芸術創造センターで、館長の小原さんから見せられたビデオと一緒のものだった。小原さんは11月に、これをフランスに見に行った、と言っていたのを思いだした。
 そこで、楽しみにして行ったのだが、いやはや、人また人、凄まじいばかりの人出のため、遠くからわずかに見るのみ。確かに生きているような人形で、身の丈10メートルもありそうな人形である。これが立ち上がるときに、ものすごい歓声が上がった。そして何をするのか、期待していたのだが、ただ、立ち上がり、歩き、消えてしまった、僕はそこから歩けず、何をしているのか分からない状態を楽しもうとしたが、いつまで経っても本当に何も起きない。
 ジャイアント人形は起き上がって、歩いただけで消え去ったのであった。
 周りは人人人。これほどの人並みに揉まれたのは久しぶりで、そういう意味ではおもしろかったけれど、イベント自体は???だが、このイベントが新聞の一面をでかでかと飾っているらしい。ふうむ??
 だが、人がこれだけ集まり、一体の巨大人形が動き、動いたと思ったら消え、それはこの世の儚さそのものではないか?異様にリアルな人形が、そのリアルさを、まさに劇的ではないポジションで転換点にしているのは、人間社会を風刺して、強いインパクトを残している。
 単に歩き、それを見て、呆然と取り残された、と、まあ、そんな印象が強い。だが、これはまったく私たちの日常そのもので、常に何かと対峙しては、片思いに終わり、ただただ通り過ぎていくのを見守っている。それも遠くで歩いているジャイアントを、と言う構図はおもしろい。

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 戻ってきて、昼食を日本大使館の一等書記官の荻野さん、文化担当官の小玉さんと摂る。
 美味い昼食だったが、いろいろなチリの状況をお聞きすることができて楽しかった。

 劇場入り。チェックの後、公演。
 今日の公演もすこぶる良い反応。
 高名な演劇評論家という方に大絶賛され、こういうことは日本ではまったく起きないなあ、と改めて感じてしまった。日本にいるといつまで経っても、パパ・タラフマラはキワモノ扱いで、非常に居心地が悪いばかり。なかなかアカデミズムからは遠い。と、こういうことをこの演劇評論家に言うと、かなり首を傾げてはいた。お年はもう70歳くらいだろう。
 そして昨日来た、やはり高名な演出家が、今日も来ていて、明日も来ると言って帰っていった。おまえは俺のマスターだ、日本に勉強しに行く、とまで言われて赤面する。ううむ。なぜここまでチリ人受けするのだろう?
 「三人姉妹」をまったくリアル感がないという日本人もいる。子供の遊びだ、ということだ。こういうことを言うのは日本人らしいが、では、そのリアルとは何であるか?まあ、感性の問題でもあり、日本のような閉じられた空間性のなかで物事を考えていくと、批評性は、異質な相貌を持って立ち現れてくることが多い。不思議なほど、日本で行なうとその中心部への思いを感じてもらえないことが多く、しんどくはある。
 だが、先日、ジャパンソサエティの塩谷さんではないが、「小池さんは、ずっと持ち上げられたことないものねえ。いつも敵ばかりよねえ。」と言っていたけれど、日本的文脈からすると、確かに辛いことだらけではあって、認識はなかなか持ち上がることはない。しかし、それも転換点に来ていると思う。理由は明瞭ではないが。

 公演後に、ビールを飲む。
 夏の暑い中、陽気なチリ人を見ながら飲むビールは美味かった。やっぱりすぐにホテルに帰ってきてしまうと、逆に疲れが取れない。気を晴らした方が、ダンサーたちもいいと思うが、彼らはいつもホテルに直帰だ。まあ、大変な作品であるため、分からないでもないけれど・・・。

 
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by kikh | 2007-01-27 20:56 | 舞台
 
1/25 公演初日
 朝から明かりの修正。
 この劇場は350のキャパで決して小さいわけではないが、三人にワイアレスマイクは付けていない。不思議なもので、ナシはナシで気持ちがそのまま伝わっていくから悪くはない。
 音響は良い機材ではない。が、なんとかするしかない。マイクも決して良くはない。だが、いつも思うが機材が悪くても、中身が良ければ、舞台は成立するものだ。もちろん良いに越したことはないが、こういうことで贅沢は言えない。世界中で日本より良い場所はそうそうないのだから。

 夕方まで修正に継ぐ修正。照明はすべてのフィルターを交換したそうだ。一枚、皮が剥けたような明かりに変わる。スゴク良くなる。

 9時からの本番。
 終わると、いつ終わるか分からないようなカーテンコール。
 いつも私たちに付いているアントニエタはまだ23才だが、ここの学生で舞台を専攻している。彼女はここを出たらP.A.I.に来たいと言っている。フェスティバルディレクターや演出家等々、専門家から多くの賛辞を頂く。ロビーはいつまでも沸き返っていたので、成功と言っていいだろう。
 今後もいろいろと話が出てきそうだ。

 公演後に、こちらのアントニエタとセバスチャン等々が、僕とあらた真生の誕生祝いを行なってくれた。楽屋でではあるが、チリでは誕生祝いは非常に重要なのだとか。誕生日を祝うという習慣がほとんどなくなっている私には、少し嬉しい出来事であった。
 次第に年を取ってくるが、それもまた一興である。
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by kikh | 2007-01-27 03:44 | 日々の記録
 
1/24 ゲネプロ
 完全に仕込みと明かり合わせ、ゲネ。
 なんでも僕たちの直前は、この劇場をピーターブルックが使っていたのだとか。おもしろいもので、そう聞くと決してあまり良い劇場とは言えないこの劇場が良い劇場に思えてくる。

 夜9:30からのゲネプロには、30人近いのジャーナリストがやってきた。
 終わるとブラボーだらけ。出来はあまり良くはない。仕方がない。しばらくぶりで「三人姉妹」全編を公演したのだから。
 だが、とても良い反応だった。明日からは問題なくいけるだろう。

 帰ってから、飯を食いつつ、チリワイン。美味い!
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by kikh | 2007-01-27 03:40 | 日々の記録
 
1/23 サンチャゴ
 日本ではそのまんま東が宮崎県知事になったのだとか。
 驚き。びっくりだ。県民はそれだけ政治に対して失望しているということだろう。なんでもいい、誰でも良い、有名人だったらいい、と、そういうことだ。ここまで政治不信が募ってくるとやっぱり日本は危機的状況にあると言わざるを得まい。
 言葉が軽すぎる。これは政治だけではなく、周りを見ていても、多くが言葉が軽い。軽い言葉は責任から遠くなる。重い言葉を吐け、と言っているのではない。軽すぎる言葉を少しは重みを持たせなければ、と思っているだけである。

 サンチャゴは暑い。
 仕込みに入った。
 
 夜、ダンスシアターの公演があると言われて行ってみたが、ストレートプレイだった。まったくスペイン語を知らずに見ていると辛いのなんの。でも、役者が良い。よいからそれに惹きつけられる。辛さと面白さと相半ばしていた。
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by kikh | 2007-01-24 20:54 | 日々の記録
 
1/22 BAM&JAPAN Society
 朝10時半にキャシーと一緒にBAMへ行く。キャシーはパパ・タラフマラのツアーを組んでくれているエージェントだが、キャシーも興奮気味。
 プロデューサーのジョーメリロに会い、BAMがいかに素晴らしいかという話をされる。
 BAMのどこで公演をするか分かっていなかったが、オペラハウスで行なうと知り、びっくり。
 オペラシアターは2000のキャパ。2000キャパの3ステ。

 そこからタクシーでジャパンソサエティへ。ディレクターの塩谷さんとミーティング。
 来年の話。来年、もしかするとひとつ、企画の演出をする可能性があるかもしれない。

 終わってすぐ、帰ホテル、そして空港行き。

 マイアミ行きの飛行機に乗り、マイアミで乗り換え、サンチャゴへ。マイアミ着22:50。マイアミ発23:30。

 サンチャゴ着、翌23日朝10時。強い太陽が照りつけ、真冬から真夏へ。
 そして今、ホテルにチェックインし、書いている。23日昼12時33分。ふう。今日、あと3時間もしたら、仕込みになる。ちょいと疲れたが、サンチャゴの空港で合流した池野、仲島、上川組は延々、30時間の旅を経てきたことになり、彼らの方がよほど大変だろう。
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by kikh | 2007-01-24 00:34 | 日々の記録
 
1/21 ジョイス三日目
 ジョイスでの公演。今日は2ステ。

 朝、寒い。スゲー寒い。
 
 昼前に劇場入りし、演出変更とカーテンコール変更を行なう。

 体調はあまり良くないが、昨日よりは少しましか。

 2ステージともなかなか良い出来。オペレートには僕も参加。三人姉妹は、あうんの呼吸を獲得しているかのよう。三人が、ググッと呼吸し合って、リズムが出来上がっている。だから、どんなに悪いと言っても悪すぎることはない。だが、初日のように音響などの問題が出ると、また別だ。それは音響家が悪いのではなく、短時間ではとても教えられないくらい難しい音設定だ、ということである。

 ともかく、NYCは終わった。
 ブラジルでの作品制作の話や、アメリカでの話、ヨーロッパでの展開、韓国での公演話等々、いろいろと、聞けている。やっぱり制作は来ていた方が良かった、というのが正直な感想。

 ジョシュフォックス一味から大絶賛の賛辞を受ける。
 ジョシュとは飯を食いに行く。相変わらずだ。昨日見たヘンチクリンな舞台がよみがえってくる。
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by kikh | 2007-01-22 16:29 | 日々の記録
 
1/20 体調悪し
 体調すぐれず。
 今日は午前中から稽古の予定が、白井が膝を打撲して痛がっているため、休みとする。 

 昼に日本食を食いに行くも、休み。
 同じジョイスで公演を行なっているノイズムと伊藤キムを見る。
 ノイズムの連中は確かに良く動ける。感心する。
 
 それにしても寒い。エラク寒い。氷点下7度とからしいけれど、風が凄いので、体感温度は異常なほど寒く感じる。

 風邪薬を飲んで、ジョシュフォックスの舞台を見に行くが、どうにもこうにも体調がすぐれず、頭は痛く、鼻は詰まって苦しい。そこで見ていてる。いや、薬のため、眠さが強烈に襲ってきて、見るどころではなかった。けれど、おもしろい。おもしろさだけはよく分かる。
 ジョシュはかなり奇妙な作品を作る。才気煥発という感じかな。

 終わって、ブラジルのプロデューサーと話し。来年度のブラジルでの作品制作を是非、という話である。昔に「三人姉妹」を見ていて、それを見たときからブラジル人で作品制作を、僕が演出家で入って、と考えていたそう。さて、どうなるか?わからない。が、ブラジルでの作品制作は大変だろうが、おもしろそう。なぜならブラジル人は何とも深く、浅い。

 今、ヨーロッパや韓国などから「三人姉妹」の依頼が入っているそうだ。
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by kikh | 2007-01-22 03:36 | 日々の記録


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