★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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6/29 一日中、書き物
 朝はしばらくぶりに9時過ぎまで寝る。
 たまには疲れを取らないといけない。

 起きてからは、エッセー2本を書き、それからはメールのやりとりを続ける。

 最近、JALの話題だらけだ。JALが破綻するという話まで飛び出した。
 面白く思うのは、JALという会社は、昔は多くの学生が憧れた。ANAはその頃はまだ、JALの対抗馬とすら見なされていなかった。もうとっくに潰れたが山一証券や日本興業銀行などなど、一般的には絶対に大丈夫な会社と思われていた会社がおかしくなって、時代の変化を強く感じる。
 守るという意識は、攻めるがあってはじめて功を奏する。攻めない限り、守れない。単なる守りなどあり得ない。
 しかし、長く、この国では保守本流が安全で、一番とされてきた。保守本流とは変化を求めないことである。今が一番だから、今を保持し、今の状態を長く保とうという意識である。本来は違う。今の状態を長く保たせるためには、先先を見なければ無理である。ところが保守は一歩先しか見ない。長期的展望を立てることから短期戦略も中期戦略も立てられるはず。だから何でも目先の一歩こそが最も評価を受けることになる。

 JALは、さてどうやって生き残っていくのか?フラッグシップと言われ、国を代表する航空会社が危機に瀕しているのは、国家の責任でもある。
 しかし、自民党も民主党も、基本的には同じ穴の狢で、もっと別の選択肢が欲しいと願うが、ならば何党か?と見渡してみると、なんとも現実離れした政党と自己利益のために作られたとしか思えない政党ばかりである。この政治、なんとかならんものか?
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by kikh | 2007-06-30 12:12 | 日々の記録
 
ぶつかる・転ぶ
 最近、よく転んでいる人を見かける。
 ぶつかってくる人も見かける。

 なにかがおかしい。ギリギリでぶつかることを避けられないというのはどういうことか?当方は半身になって避けようとしているにも関わらず、だ。まるでその意思を見せないことこそが、都会人としてのプライドのようにも、あるいは日常の憂さを晴らすための手段?だと思っているのではないか?とさえ、思える。プライドなど大した価値はないけれど、その虚構に寄り添う人のなんと多いことか?

 朝、多摩美授業。
 やっとからだを動かす。こうやって見てみると、みな、身体の能力を奥に潜めて生活しているのが分かる。つまり身体を使わないまま、ずっと生活してきているということである。

 それから、打ち合せが延々と夜中まで。

 途中から声が出なくなってくる。
 ビッシリと疲れが貼り付いたようになってしまい、もうカラカラだ。
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by kikh | 2007-06-29 00:36 | 日々の記録
 
6/26 人にぶつかる東京
 朝、P.A.I.の授業。
 習うより慣れろ、だ!まずは。みんな、習うことに慣れすぎで、慣れることには慣れていない。身体は外国語習得と同じで、なんと言っても、まずは慣れること。動いてみること。その習慣性が浅い。

 その後、「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」稽古。徐々に形にしていく。よくどうやって作っているのですか?と聞かれる。が、答えようがない。次々とインスピレーションが沸いてきて、形はどんどん出来上がる。

 人がぶつかる東京。
 東京で歩いていると、とにかく人にぶつかる。というより、平気でぶつかってくる。道を譲るのが嫌、というより、どうも人が見えていないのではないか。これはビックリするほど、当たる率が高い。それだけでも不気味である。
 この町なのか、この国なのか分からない。しかし、普通はどこへ行っても人にはぶつからないように、うまく避けるものだ。先日など、ある若い女性が、バスから降りて、人が立っているにも関わらず、そのまま突進してきたのだ。当然、ぶつかる。そして謝りもせず、すたすたと女は歩いていった。呆然として見送ったが、こういう輩が多いのだ。それは、とりもなおさず、身体感覚が欠如しているということだ。距離感や空間性やらを認識する力が弱まっていることの証だろう。
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by kikh | 2007-06-27 13:17 | 日々の記録
 
6/25 日々精進
 ここのところ、やたらと忙しい。
 忙しいから苦痛かと言えば、さほどではない。けれど、どうしても矢面に常に立ち続けるために背中と肩はバンバンに張っている。
 
 今日も早朝から中川さんとのミーティング。音楽は素敵だ。
 昨日は、中川さんを除く、バンドメンバー全員が稽古を見にきていたが、ますます面白くなるだろうと胸躍る。
 中川俊郎という作曲家の天才性をじっくりと味わっている。僕の方で要求を次々と出し、それに従って中川さんが作曲をし、おまけに中川ピアノで、それを聞き、稽古をする。それだけで、楽しい。やっぱり生の音、打ち込みではない音の凄みを毎日のように実感しながら、稽古をしているのである。

 その打ち合せに備え、早朝よりもっと早い時間にすでにカフェに行き、音楽のチェックをする。聞けば聞くほど、やっぱりスゴイ。

 終わり次第、稽古。
 稽古は、トヨタ自動車の体育館を借りている。今回はちょぴっとだが、こういう機会をもっともっと企業は増やしてくれると助かるのだ。
 清水小寿江が怪我。打撲。怪我というのは、やる人がやる。怪我をしない人はなかなかしない。そういうものだ。怪我の多い人は、どうして怪我をするかの検証が絶対に必要である。頭なんである、大切なのは。ただ、気分に任せて稽古をしていても、たいしたものは得られない。

 
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by kikh | 2007-06-25 23:58 | 日々の記録
 
6/22 審議会&衣装他
 朝10時~午後2時近くまで、国際交流基金での審議会&昼食会。
 この会に行くと、なんとなく偉くなったような気分になる。まったくどうでも良いことだけれど。銀行の総裁だの東大教授だの、と、まあ、そんな方々ばかりの会なのである。もう4回くらい出ているが、どうも場違いな感じは否めない。
 とは言え、審議を終える。いつも思うことではあるが、確かに、日本にも、いわゆる上流階級というのは、作られるのだなあ、と思うのである。これは僕が上流だと言っているのではない。かといって、今度、「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」のアフタートークで対談することになっている三浦展さんの言うような下流社会に属しているわけでもない。
 僕は上流も下流もなく、まったくどうでもいいことで、どんな人間であるかしかないと思ってはいる。だから、銀行総裁もラーメン店の店員も同じ視線でしか見ない。ラーメン屋の親父だってスゴイヤツはスゴイのだ。
 ずっしりと重い資料を基金に置いて出てくると、異様なほど疲れが出た。

 事務所で次に衣装ミーティングを行なう。
 新しい衣装が小林さんによって、次々とアイデア提示される。面白い。ううむ、と唸ってしまった。楽しい。こりゃあ楽しい。
 音楽も新たに運ばれてくるが、これまた、実に楽しい。

 帰りに寿司屋に寄る。もう、酢飯が食いたくて仕方がなくなってくるのだ、しばしば。
 寿司屋というと、みんな、ええ!と言うが、実は居酒屋へ行くより、安かったりする。安くて美味い寿司屋は、まあまあの気分に浸ることができる。安居酒屋ではこういう訳にはいかない。安い=まずい、という図式があるのである。
 まったく満足、満足であった。
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by kikh | 2007-06-24 00:04 | 日々の記録
 
6/21 資料の山
 朝、多摩美。授業。
 さまざまな演出、という視点で授業を行なう。簡単な台本を元に演出とはどんなものかをいろいろとやってみせる。なかなか面白い。こういうことは誰がやるかで大きく左右される。

 「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」稽古を中野で。
 
 のち、明日、国際交流基金で開かれる特定寄附金の山ほどの審議資料を一気に読む。
 それにしても多い。目がちかちかしてくる。5㎝以上もの厚みがある資料である。

 と、仲島から明日提出しなければならない申請書を見てくれ、とメールがある。その修正も行なう。

 もう、頭の中はグルグルだ。首はずいぶん、痛みが消えて来た。痛いときは、面白いくらい悪いことを考える。脳梗塞の前兆だったらどうしようとか。健康であることが、なにをするにも一番であるとつくづく感じてしまった今日だった。
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by kikh | 2007-06-22 08:47 | 日々の記録
 
6/20 それにしても
 制作の話になった。
 それは制作がある有名な制作プロデューサーと話をしてきたというところから展開された話なのだが、結局、そうか、作品の中身よりも、いかに問題がなく、うまく制作的にきっちりやっていくかが重要なのだ、と、それを再認識させられた内容であった。
 
 現場の人間たちは何を見ているのか?作品の中身を見ていないとは言わない。が、それ以上に、態度を見ているし、問題なくスイスイと動かしていけるかどうかを見ている。そういう面で問題が挙がれば、もうプイと横を向くものだ、と改めて思う。制作力アップこそが要である。そして、それをないがしろにしないだけの組織力の下支えが必要になってくる。

 どんな社会でも、それはアートだと言えども、狂人ではいけなくて、常識人であることを求められ、狂人で良いのはあくまでも金が儲かっている場合に限る、ということなんである。
 舞台とは、勝手に狂人をやっていていい現場ではない。それが大きな障壁であるとともに、それさえクリアすれば一段、上がれるわけだから、簡単だとも言えるのだ。

 稽古。
 スタジオサイでの稽古だったので、少し狭かった。少し中川さんの音楽が遅れている。だから、どうしても止まってしまう。まあ、もう少ししたら本格化するが、あと7/8までに稽古できる日数は12日間しかない。その間に約20分近くは作りたいと思っている。可能だろうか?音楽との追いかけっこになっていくと思われる。ただ、上がってくる音楽は素晴らしい。それが中川さんのピアノで上がってきて、実際にはバイオリンがメインを取っている音だったりするのだけれど、そのピアノがまた素晴らしいのである。まったくのオリジナルピアノ曲が数日に一回ずつ届くような計算だ。なんとも贅沢である。

 あと数日で葛西さんのチラシも上がってくる。楽しみ。
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by kikh | 2007-06-21 00:30 | 日々の記録
 
日本
 首が回らないまま、朝、P.A.I.の授業。
 せっかく台本から、全員の感想から、先日のイメージ写真から、全部送っているのに、なかなか質問が出てこない。もっともっと自分のために何かを得ようとする気力が必要だと思う。まだまだだ。まだまだ、もっと貪欲に、と言いたい。

 「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」稽古。
 中川音楽でほぼフィックスされたものがあるので、それに従って稽古する。これでやっと4分30秒。結構、焦らないとヤバイ。7月8日まで(途中、たまお不在が響くが)に25分は行っておきたいが、今のままでは不可能だろう。厳しい。
 みんな、もっともっと心から動いてくれれば良いが、なかなかムーブメントにばかり気を取られ、心までには至らない。しかし、心があって、本来は動きは出てくるものである。要は両方とも肝心なんだ。けれど、なんとも難しい。
 
 終わってすぐ、気功のミンフー先生のところへ行く。
 首があまりに痛く、回らないので、不愉快な気分に支配されていたのだった。相変わらず、気を回されて、ひとりでグワングワン動き回っていたようだった。これは不思議で、首が後ろに反り返ったまま、自分の意思では戻って来れなかったりする。もちろん手で触れられてもいないし、なんとか苦しくて戻そうとするのだが、戻せないのである。そこには一切、会話もないし、目も閉じたままだ。だから暗示もない。そんな中で、ひとりで気を回されて、ガンガン動き回っているのは端から見たら不気味だろう。これは気によって、からだを調整しているのだ、とミンフー先生。まあ、言われてみれば、そうかも、とは思える。終わった後は、風呂上がりのような気分ですっきりしてはいる。

 演助の真嶋にどこに住みたいですか?と聞かれた。どこでも良いとは答えたけれど、ああ、やっぱり日本には住みたくねえなあ、と思ってしまう。日本はやっぱり、なんかセコイ。そのセコサが良い人もいるだろうが、どうも窮屈でいけない。けれど、住めなくはない。さほど嫌でもない。でも、もっともっと良いところ、それは人がきちんといるような場所だ、そんな場所はたくさんある。だが、案外、青い鳥だったりするのだろうな。
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by kikh | 2007-06-20 00:41 | 日々の記録
 
社会保険庁の憂鬱
 社会保険庁問題に関しては、あきれ果てるというより、組織は上が腐ると、皆腐るということを改めて思う。下は下で、すぐにうまくやることを覚えようとするものだ。どんな組織でも同じである。
 いつもやっている連中にはワガママはきいても、一歩外へ出たら、一所懸命気を遣う。慣れてきたら、何をやっても良いと勝手に思い、判断し、そうでない限りは気遣いの人になる。こういう連中は実に多いものだ。
 また、内面、外面の使い分けは必要なのだろうが、なんとも気恥ずかしい。誰に対しても一緒というのはできないだろうが、限りなく一緒でありたいと思う。
 社会保険庁職員の中の一部は、受け取った金を自分のふところに入れ、勝手に領収書を切っていたらしい。が、一部が全部と思われるところに怖さがあり、民間なら簡単に崩壊だ。役所は、だから襟を正さねばならない。しかし、、役人の横柄さは昔から何も変わらない。

 一昨日、急に首が痛くなり出した。首が回らない。くうう。
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by kikh | 2007-06-19 01:15 | 日々の記録
 
6/17 三人姉妹&TB書簡
 朝、橋本ひとりの「三人姉妹」の稽古。
 やっぱり橋本は亀だった。しかし、止まらない亀はジリッジリッと歩んで、いつの間にか、はっきりとした歩みを示していたので嬉しくなった。
 実に鈍い。ゆっくりゆっくり、トボトボと歩んでいる。が、今日、はじめて、はっきりと、こいつはモノになるかも知れないと思った。ただ、鈍いのが難点ではある。頭の中もゆっくりゆっくり動いているのだろう。
 あとひとつきで、「三人姉妹」公演ツアーに出かけることになる。が、大丈夫だ。もう、磨き込むばかりになりつつある。
 橋本よ、自信を持っていいぞ。よく耐えたねえ、しかし、もっともっと耐えつつ、楽しめれば、さらに良くなっていくだろう、と言いたい。ここまで来ることができただけでも嬉しいが、でもあとひとつきで凄みを醸し出すまでに至って欲しいと思うのである。さあ、どう亀の歩みを少しばかりスピードアップさせるか、だな。

 場所を移動し、「トウキョウ⇔ブエノスアイレス書簡」稽古。
 形を整える作業。だが、こういう作業は、時間がかかる。そして音楽が変わると、再び変わる。だから、徒労にもなりがちだが、しかし、それはそれで仕方がない。

 終わってから、美術の話。

 大戸屋で飯を食ったが、やっぱりなんとも淡泊な味。なんでこうも、こういうチェーン店の味は深みがないのか?不思議なほど。しかし、本当に食事をしようとしても、ある程度、安上がりな店は、中華ばかり。どんどん日本人一般の定食屋などが減って、今じゃ中野にはほとんどなくなってしまっている。仕方なく、ため息を付きつつ、大戸屋に行くが、すっかり心は寂しさに覆われるのが常である。
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by kikh | 2007-06-17 23:30 | 日々の記録


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