★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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7/30 マカオ→香港→日本
 朝はせっかくのきちんとしたホテルだから、というので、プールで泳ぎ、サウナに入る。
 飯はうまくなかった。
 それにしても観光客は中国人ばかり。
 昨日、エリックと夜、両替に行った辺りは、中国本土から渡ってくる売春婦ばかりがやけに目についた。ギャンブルと売春かよ、とマカオの将来を危ぶむが、でも、これもまた、中国政府の仕組んだ罠、いや現実だ。

 テレビを点けると、自民党の大敗北のニュースが英語テレビでやっていた。このニュース、相当、大きなニュースとして世界中で報道されているようだった。
 自民党は負けるべくして負けたのであるから、仕方がないとも言えるけれど、どうにもまともな政治家が少ないのが気になる。本当にまともじゃない。頭を疑う輩ばかりである。

 10時半にホテルを出、11時のフェリーに乗り、香港着12:10。それからバス停まで歩き、香港国際空港へ行き、短時間、休み、飛行機に飛び乗り、成田着は20時半過ぎ。自宅着23時。

 自宅に戻ってすぐテレビを点ける。安部政権の行方を見ようとしたが、ふうむ、相変わらずだ、この人。ノラリクラリである。
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by kikh | 2007-07-31 00:19 | 日々の記録
 
7/29 マカオの幻惑
 やっぱりチョンキンマンションには3日も泊るべきではない。だんだんいやあな気分になってくる。完全に遊びに来ているならいいのだ。でも仕事をするには実に不便。まともな机もない。部屋に電話もない。窓もないからずっと暗いまま。ずっと部屋にいないならいいのだが、パソコンと向かい合っていることが多く、かといってカフェ入り浸る気もしない(寒すぎるのだ)し、ついついチョンキンにいることになる。するとその入り口のエレベーターからして、うざったい連中がウヨウヨし、蠅のように寄ってくる。
 いろいろな映画の舞台になっているだけあって、確かにこのマンションは面白いことは面白いが、仕事向きじゃない。
 
 そのチョンキンをチェックアウトし、「Ship in a View」のときにマカオでの公演をオーガナイズしたラップと会って話をする。ラップは広州でのフェスのプログラムディレクターになっているが、「三人姉妹」を広州フェスで是非、やりたいとの意向を持っているようだ。香港と違って、中国本土の凄まじい勢いについて語り、いかに面白い状況が生まれているか、強く語っていた。
 まあ、考えられるが、難しい面も多々ある。それは中国を相手にするということである。中国はやっぱり中国で、金は出さない、というのがどうもまだまだ根底にあるのだ。

 マカオに入る。
 ここからがたいへんだった。クレジットカードが二枚とも使えない。ビザ、マスターともに認識しなくなってしまっているようだ。ならば、他のクレジットは?と聞けば、マカオはどこへ行っても使えるのはビザとマスターだけ。だからすべて現金処理が必要になったが、もちろんさほどに現金の持ち合わせがあるわけではない。ホテルでさえ、事務所側で支払っていると思っていたら、払ってなく、しかし、クレジットカードが使えないため、現金払い、おまけにデポジットを入れろ、と言われ、これまたクレジットカードがないために、青くなる。たまたま、マニラ・KLでのDVD等の売り上げを持っていたからよかったが、まさかの事態に本当に青くなった。そもそもビザもマスターも使えなくなって、他の種のカードが二枚使えない、4枚持っていけば安全と思ったのが悪かった。
 フェリーターミナルでもいろいろと揉め(面倒なので書かない)、それからホテルへ行かずに、直接マカオカルチャーセンターのエリックと会う。
 もう深夜までエリックには世話になった。ホテルのチェックインから両替から、道案内から飯から・・・なにからなにまでに近く、いろいろとあった。
 マカオを起点にした大がかりなツアーをエリックさん、仕込んでくれそうである。

 マカオは凄まじい変化を遂げていた。至る所、カジノだらけ。半ばウンザリしていると、タイパ島とコロアネ島に連れて行ってくれ、コロアネの先の方で飯を食った。細く流れる川のような海に隔てられた中国本土を目の前にして、である。
 そこは、素晴らしく美しいところで、街のたたずまいも素敵だった。
 深夜にわざわざギャラリーを開けてみせてくれ、ここを使いたかったら、いつでも言ってきて、と言ったのはエリックの友達のキュレーターだった。
 タイパに戻ってきて、タイパビレッジに深夜0時頃ひとりでぶらりと行った。もう、なんと言えばいいか、いつの時代に紛れ込んだかわからないような、そう昔、メキシコのグアナファトにひとりで行ったときに味わった感覚に近い。不思議な時間の中に生息している生物のような気がしてシャッターを切っていた。
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 戻ってくるともう2時。
 疲れ切って寝れるかと思ったら、あの時間が継続しているような感覚で、フワリフワリと漂っていて、眠れない。
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by kikh | 2007-07-30 15:38 | 日々の記録
 
7/28 グッタリする暑さ
 熱気と冷気に交互にやられて、からだが重い。
 今は香港でも一番暑い季節らしく、ジリジリするような暑さにゲッソリくる。
 ましてや、仕事をしながらのチョンキンマンションでは、どうも気が下がる。
 それにしても、このチョンキンでさえ、部屋がない状態だ。ものすごい数の人々が今は香港に押し寄せてくる。
 あるインド人の宿泊客が、「日本人か?」と聞いてきて、「田無にいたことがあるが、日本はいい。今、香港も中国もすごいパワーで疲れる」と言っていた。「いやあ、インドだって似たようなものだろう?」と聞くと、とんでもない、インドよりはるかに中国の方がすごい、インドはまだまだ途上にいる、と言った。珍しく素直なインド人で、確かに優しそうな顔をしたオッサンであった。ビジネス社会ではたいへんだろう、こういう人は。

 今日は、特にすることもなく、だったが、しばらくぶりで「百年の孤独」に出ていたCCリーに会う。ついでにプリシラにも会う。懐かしかった。相変わらずだった。
 CCは背中を痛めて、それをプリシラがちゃんとアップせずに動くからだ、と文句を付けている。動く。そう、今、CCがやっている稽古というのは、「DANCING BLUE」というタイトルの二人芝居というか、ダンスデュオと言えばいいか、そういうものだそうだ。笑ってしまった。CCがダンスブルーだって。
 
 それからは特にすることもなく、というか、溜まっていた考え事を次々とこなす。すごい量のことをしなくてはならないのだ。やっぱり僕が音響で入り、演出も行うと、ツアー中はなかなか他に何もできなくなる。せめては一人部屋で仕事に集中できる環境を作らないとやっぱり厳しい。
 KLでは横手とツインだったせいか、ついつい横手の面倒ばかりみる羽目に陥ってしまった。

 本を読み、メールを書く。冷え切って、寒くなって外に出ると、ガンガン暑い。あまりの暑さに中に入るとギンギンに寒い。寒い、暑い、と繰り返すうちに体が重くなってくる。
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by kikh | 2007-07-29 00:29 | 日々の記録
 
Sさんへ
 KLのことをきちんと書かないでさっと終わらせてしまったのに気付き、さて、これではKLのJF事務所のSさんにまた、何も書かないってどういうこと?と言われそうだから、きちんと書いておこう。
 JFは今は独立行政法人である。行政法人と謳っているから、行政とは関わりがあるが、法人であるから関係ないとも言える。ましてや独立しているのだ。実に込み入っている。なかなか難しい表現だな、といつも思う。
 僕はJFの方々はとてもよく知っている方々が多いし、仲のよい方々も多い。そして人なつこい人も多い。中には役人的な方もいるけれど、僕が仲のいい人たちは、まったくオカシナ連中ばかりとも言える。まあ、こちらが好意を抱いていれば、相手もだいたいは好感を持っているものだし、こいつはダメだと思っているときは向こうもそう思っているものである。しかし、半分は役人の感覚もなければ勤まらないのがJF職員である。だから、今回のツアーのように赤字になっても、それはそっちの勝手、査定に基づいてやったのだから文句は言わないでね、みたいなことが起きてくるのである。ところが、こちらは真っ青である。
 今回のことで言えば、フィンランドがなくなったために、予定のギャラが入ってこない、パフォーマーもスタッフも空けていた仕事がなくなり、頭を抱える。その上、査定に基づき、ということで、1/5まで助成金が減るとなると、これはどうやっても大赤字である。そもそも前の段階でも航空運賃代は赤字であった。それをフィンランドのギャラで埋めようとしていたのが、フィンランドがなくなったため、ギャラが入ってこない。そして減らされた助成額によって、航空運賃代はますます赤字が膨らみ、どうやってこのツアーの片をつければいいか、頭を悩ます羽目になってしまった。私たちが、1/5に助成金が減らされたので、公演は中止にしたいとは時期的には言えるはずもない。相手にとっても大問題になるだろう。そういうことを認識せず、規定に基づき判断しました、というのでは、血の通わない、通り一遍の国際交流を謳っているに過ぎなくなってくる。

 すぐに愚痴になる。いけないな。やめよう。

 さて、それはともかく現場の方々は、実に面白い人たちが多い。舞台好きもとても多い。これが文化庁の人たちとはまるで違う点である。文化意識と国をまたぐ意味をよく考えている人たちも多い。だが、現場と中枢部は結局、離れている。いや、離れていく。なんでもそうだが、文書で振り分けるのと現場で対応していくのではまったく意識が異なるように、動き、意識は次第にかけ離れていくものである。文書人間はますます文書化し、現場派はますます現場にそのおもしろみを見いだすと言った具合だろう。現場の人たちは現場の辛さをよく知っている。知らなければ勤まらない。しかし、常にどこでも中枢を担いがちなのは、文書で考えることを得意とする方々だ。文書では現場の苦しみは見えにくい。

 Sさんは悩んでいた。なにかは知らない。けれど、このタイプは悩むべくして悩む。なぜなら、意識の中に潜む感覚がしばしば頭脳で制御する部分を超えるからである。感覚は多少は飼い慣らせる。しかし、感覚的な人というのは、その壁を突破することも多いし、混沌とする場合も多いのである。
 小池さんは、今までやり直したいと思ったことはないのですか?ありません、と僕。するとそうでしょうね、と言う。たぶん、僕はあまりギャップを感じないで生きてきているのだろうと思う。ギャップが生まれるのは理由があると思っている。だから、そのギャップを解決する手段を手のうちに持っていれば良いだけだろうといつも考えている。そしてそのタームは長い。僕は自分でも思うが、きわめて辛抱強い方だ。10年を辛抱できる。もっとできるかも知れない。できなかったら、パパ・タラフマラを25年も続けられなかっただろう。どれほどの逆境があったか知れない。常に居場所がなく、常に孤立してきたのだ。しかし、辛抱した結果、悪くなるということは、ほとんどない。そして、自分が生きてきたことを肯定してはじめて、次のステップが見えるのだろうと思うのだ。別にポジティブシンキングを意識しているわけではない。僕の過程を振り返ってみてそう思うのである。しかし、多くは数年が限界だ。

 思えば、アントニオガウディの教会建築を高校生のときに写真で見、そこに書かれていたコメントを読んで以来の感覚と意識なのだろうと思う。つまり、生涯に完成を見なくてもいい、いつか、その意思を継ぎ、誰かが完成させることがあるだろう、と言う感覚である。
 僕たちが重要なのは、今であるが、今と同時に、三世代先を見る目も重要である。その意識が希薄だとすべて今がよければいいという発想しか生まれない。
 ああ、と思ったのは、タルコフスキーの「ソラリス」という映画だった。18の時、見た。眼に映った風景がだんだん遠景になり、宇宙まで飛んでいく眼である。そうだ、この感覚だ、と18の時、思った。時間も空間も意識が可能な限り、広げられるものじゃないか、と思ったのだ。
 だから、ものを考え、作るにも焦ることがほとんどない。ガンガンに仕事をしても、それは今を必死で生きている証であり、同時にそれは未来に繋がる意識となる。そう考えている。
 Sさんに言いたいのは、まあ、人生の先輩として言いたいのは、素直に生きてみてはどうかな、ということだ。みな、素直に生きることを欲しつつも、いろいろなシガラミや常識でそれを覆い隠すことになれていく。だが、慣れない人もいる。そういう人は辛い穴蔵に自ら入って、出てくる術を見いだせないでいるのがパターンである。
 不安は短期タームで見るとどんどん膨らむが、死ぬとき、まあ、よかったかな、と思えれば良いのじゃないかな。と、僕は思う。自分で格好良いと思える人生を歩むことだと思う。つまり自分で自分をきちんと鏡とすることである。
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by kikh | 2007-07-28 01:48 | 日々の記録
 
7/27 香港
 昨日、香港に入った。ホテルの空室は本当にない。なにゆえの人気か?
 これだけ香港にやってくる魅力はなんだろう?活気?活気が一時期なくなったが、再び、香港は盛り返し、ぎらついている。が、しかし、それはどうも表層的な経済活況のようなものであるように思う。

 今日、香港アーツフェスのプログラムディレクターであるソーさんと会って話をする。
 この人、こんなに熱い人だったのかな?というくらい熱い。何回か会っているはずだし、パパのこともとても良く知っている。松島や小川のこともとってもよく知っている。
 香港人だが、今の北京のアート界の熱さを語ってくれた。
 なにか、一緒にやりたい、やってもよい気になった。面白いかも知れない。ビューロクラティックな人と仕事をするのは辛いが、熱い男は面白い。
 そのソーさんが、持ち出した話というのが今の香港の状況のつまらなさについてだった。日本では、パパとダムタイプという・・・・と、引き合いに出されつつ、いろいろと語っていたが、香港にはレベルの高いエクスペリメンタルカンパニーというのがない、ましてや若者がみな商業路線を目指している、その状況を嘆いていた。ズニも、すっかり商業カンパニーになってしまったようだった。そういう商業化への流れは特に90年代以降に大きくなったようだ。
 まあ、日本でも似たようなものだと思う。状況はまったく一緒かも知れない。
 
 香港アーツセンターに日本の雑誌がおいてあった。ペラペラとめくってみると、ある日本の踊りの評論家とプロデューサーが対談をしていた。その内容たるや、ガッカリさせられるような話ばかりで、深いため息をついた。レベルが低い。たっぷりと反論したくなるような話が多く、こういう人たちが結果的に、全体のレベルを少しずつ押し下げていくのである。それをみなは強く認識すべきだと思う。日本には舞台界を取り巻く奇妙な人々が多く、そういう人たちは、言葉好きであり、舞台以外知らない人たちであり、一種の舞台オタクである。オタクでもいいが、とんでもなくレベルの低いオタクである。話にならない。状況を引き上げるのではなく、引きずり降ろすための言語を振りまき、まったく下手な努力をし、それをなんとなく面白がる連中が多いから、ますますレベルが下がる。そういうことだろうと思う。
 そこで、そのプロデューサーがなんて言っていたか、・・・・もう新しいものなど何もないのに、新しいものを欲している気持ちがいけない。ええ??耳を疑う。アホウ極まれり、である。新しいものなど何もない?よく分かったようなことを言うものだ。新しいものは発見してこそ見つけられる。まだ人類の歴史は短いのだ。そう言い切れる軽い頭脳を疑った方がよい。そういう人はプロデューサーなどやってはいけない。何をすればいいか、何が売れ、何が商売になるか、一所懸命、商売人に徹すればいいのである。

 なんと言えばいいか。がっくりとしてしまう。
 オタクが、オタクの意識で、批評家面し、プロデュースをする。そしてどんどん低レベル化していく。こういう連中がもてはやされる。なんとも情けない。ああ、ニッポンである。

 香港。街をぶらつく。物価は来る度に上がり、街はキレイになり、昔のオンボロの面影がどんどん影を潜めていく。違うなあ、違うなあ、と思いつつ、街をぶらついている。
 と、すぐにぐったりするような疲れが襲ってくる。暑く、そしてムシムシする。熱気がグワッと押し寄せてくるようで、ウンザリさせられる。
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by kikh | 2007-07-27 22:55 | 日々の記録
 
Manila KL tour ・・香港入り
 今回のツアーを総括すると、なんと言ってもヘルシンキ、オウル、タンペレの三箇所がなくなったのが痛い。痛すぎである、資金的には。赤字だ。そう思ってしまうとガックリくるが、仕方がない。まったく、このフィンランドのディレクターは、東京で、あれほど言ったことが、完全に無にしたのだから、非常に腹立たしい。今さらながら腹立たしい。
 だが、そのフィンランドがなくなっただけでなんで助成金が1/5以下にまで減るのか、まるっきり解せない。フィンランドがそれほど重く、そしてフィリピンやマレーシアが軽いということだろうか?
 僕はどの国で公演を行っても同じだろうと思っている。フィンランドで公演をすることとフィリピンやマレーシアで行うことは同格である。NYCで行うのとクアラルンプールで行うのが同格か、と問われると、厳しくはある。なにが違うかと言えば、それこそ制作的視点が入ってくるからである。制作的にははるかにNYCの方が重い。だが、それ以外には、別にNYCの観客もKLの観客も一緒のはずではないか。ヨーロッパやアメリカに憧れ続けるのはもう止めにしないか、と言いたいのだ。同時にアジア礼賛も止めようではないか。アジアもヨーロッパもアメリカも観客は同格と考えればいいのである。
 だが、査定。1/5までに減らしてしまった理由が知りたい。アジアを見下していないか?その査定をどうやって行っているのか?とても大きな疑問があるし、これは問題だろうとやっぱり思う。

 橋本は成長した。しかし、演出家からみれば、その大いなる才能のやっと片鱗が現われたに過ぎないと思う。だが、その才能が開花するかどうかはまだ未知数だ。なぜなら、本人がそこまで開いていないと感じるからだ。開く意識、物事を素直に受け入れる意識こそが最も大切である。人間とは自分でいつも自己暗示を一所懸命かけている存在である。それを忘れてはならない。自分自身で一所懸命、問題を探り出し、その問題の深みにどんどん嵌ってしまう人もたくさんいるが、それはその問題の刷り込みを必死になってやっていることと同じだろうと思う。
 だから、なんと言っても、橋本礼には、次の東欧、ロシアツアーまでに、自分自身の意識を開く訓練をしてもらいたい。本当は簡単なことだ。でも難しい。なぜか、それが人間というやつだからである。
 橋本ならできる、とか、そんな甘いことは言いたくはない。簡単で難しい。難しいが簡単。ほんの気持ちの持ち方ひとつでまるっきり変わるのだが、ねえ、である。

 朝、6時に起き、6時半に出て、僕だけ香港で降りた。
 今、香港のチムシャーチョイで書いている。結局、ホテルが取れない。というか、ある程度ましなホテルはほとんどフルである。それで空いているところを空港のホテルディレクトリーで見てみると2000HK$くらいのところ。すなわち3万円以上。
 仕方ないので、チョンキンマンションのチョンキンハウスに行く。まあ、チョンキンハウスはこの中ではマシだ。ゆっくり寝ることもできる。贅沢してデラックスルームだ。それでも280ドルだから、4400円程度か。なんでこんなに香港のホテル代は高いのだろう。1万円では泊まれない。
 ブラブラ歩く。
 でも、香港の町中を歩いても、昔ほどのトキメキはない。都市が平板化しているせいである。
 どこへ行っても都市部はさほど変わらない。だが、匂い。この匂いだけはやっぱり香港だと思わせる。強烈だ。
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by kikh | 2007-07-26 22:28 |
 
7/25 KL2日目
 KLの公演も2日目。
 
 昼間、横手と飲茶を食いに行く。明日から香港なんだからわざわざ飲茶を食わんでもいいだろうと思うだろうが、いやいやホテルの飲茶ではKLの方がずっと安い、うまいところがあるのだ。

 さてさて、最終の公演。
 たいへんな歓声と共に終了。
 できはまあまあ良かった。
 橋本も今回はともかく良くやった。だが、次回、もっと良くなっていることを期待する。
 とにかくお疲れさん。
 明日はまたまた出発が早朝6時。
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by kikh | 2007-07-25 23:43 | 舞台
 
7/24 KL初日
 KL初日が開ける。
 早朝より仕込の続き。照明がなかなか大変だった。結局、ギリギリまで照明のトラブルのため、時間を使い、パフォーマーも大変だっただろう。
 
 平日の公演は厳しい、おまけに今、舞台芸術フェスを行っているらしく、そちらに僕が前に関わったダンサー、俳優たちはみんな出ているのだとか。それで観客動員が非常に厳しいと聞いていた。だが、蓋を開けてみると、ほぼ満席になっていた。

 観客の反応はすごく良かった。
 ロビーにもずっとたむろしている人たち。知り合いも多い。スイキョンも来てくれた。
 橋本は、やっぱりノロイが、着実に前進している。ああ、亀、されど亀、である。ノロノロノロノロ、ズイズイズイズイとゆるりと悩みながら進んでいる。まったく俺のスピード感覚にはないが、確実に良くなっている。国際交流基金所長の下山さんは、橋本の歌に感動したそうだ。
 もっともっとリラックスできるとグッと良くなるはずである。

 終わってから、いろいろな人たちと飯。雨が降っている。だから暑くなく、なかなか快適な気候。
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by kikh | 2007-07-25 19:51 | 舞台
 
7/23 KL
 しっとりと雨の多い日々。
 なんとなく、熱帯のクアラルンプールで、しっとりと雨が降っているというのが似合わない気がするが、それはこちらの思い込みだろう。
 熱帯。雨ゆえか、さほど暑くはない。
 劇場内に入っているともう寒さに震えるほど。

 朝から深夜まで仕込。
 ここも音響がなかなか分かりにくく、大変だ。音響卓がデジタル式とかで、掴むのに時間がかかる。本当に頭が痛い。

 終わって、夜0時に戻ってきて、北海道というチャイニーズレストランで飯を食う。もう疲れ切っているが、しとしと降っている雨がなんとも心地よい。
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by kikh | 2007-07-24 14:11 | 日々の記録
 
7/22 マニラ→KL
 マニラのホテルを朝6時出。
 香港でトランジットの後、クアラルンプール入り。
 KLは雨だった。そういえば、マニラに着いたときも雨だった。
 本来ならば、マニラのあと、ヘルシンキへ行き、そのほか2箇所回って、KL入りする予定だったが、それができなくなったため、助成金額がガックリと減らされ、かなり厳しいツアーとなってしまった。かといって「じゃあ、止めます」と言うわけにもいかない。しかし、完全に赤字のツアーとなってしまった。
 マレーシアはかなりの回数来ているので、すぐに親しみがわく。マニラもそうだが、やっぱりアジアの方が面白い。ヨーロッパやアメリカは、それはそれで良いし、きれいでもあるが、この混沌とした感じは感じられず、物足りない。とてもヨーロッパ、アメリカに長くいたいとは思わないのだ。マニラの連中は、なかなかよろしい。スッと気分よく、アジア的、混沌としたラテン感覚を味わうことができる。
 でも、そんな簡単に一括りにはできないのだ。アジアだ、ヨーロッパだと言っても、いったい何がアジアで何がヨーロッパか、それを語り出すととんでもなく長くなる。ユダヤとは何か、と言う疑問とはずいぶんと異なってくるが、しかし、アジア、ヨーロッパという言語を使うときはもっと繊細になる必要がある。ユダヤだって同じである。

 さて、KLで、まずは飯を食い、劇場入りする。KLPAC(クアラルンプールパフォーミングアーツセンター)での公演。
 昨夜は寝ていないので、非常に眠い。眠く、疲れた。
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by kikh | 2007-07-23 12:22 | 日々の記録


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