★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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1/30 まだラストに至らず
 ともかく、大急ぎでラストまでと思いつつ、稽古をしている。
 が、もっともっと自分自身の役を認識しないと厳しいだろうという思いがある。
 加えて、技術。技術は一朝一夕には上がっていかないが、さて、どうしたものか。

 こういう作品を作っていると、つくづく日本でこれをやっても浮かばれないなあ、との思いがある。海外に行ってしまえば、まったく問題にならないだろうし、受けること必定だ。しかし、日本というところは、次第に変わってくるだろうことを期待するが、本当に保守の場所だから、なにをするにもガンジガラメに縛られている感じがして、なかなか自由になれない。自由で活発であること。それがなんといっても新しい動きを作ることの絶対条件だが、その自由さがない。せいぜいが枠にはまった自由である。括弧付きの自由であるから、そこから飛ぶと実に苦しい。苦しいが、外はやっぱり広いのだ。

 とは言え、整備を図っていけば、かなり面白くなるだろう。
 前の「シンデレラ」とはずいぶんニュアンスの異なる不思議、新「シンデレラ」になりそうである。

 稽古後、美術チームと飯を食う。
 
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by kikh | 2008-01-31 00:51 | 日々の記録
 
1/28 結構焦る
 なかなかパフォーマーが思うようにならない。難しい。その難しさは結局はやっぱり、身体の問題である。身体はさほど簡単にできてくるものではないという事実の前で佇むしかなくなるのだ。
 が、もちろんそんなノンビリしたことは言っていられないので、四苦八苦しているが、さて、本当にどうするかだ。
 動きがどうしても雑味を帯びる。それが良いとも言えるが、まだその良さまでには至っていないとの思いがある。
 ならば、なにか、スパイスを考えることだ。と思ってやってみたスパイスがあって、これがまた、グッと来ない。
 オーソドックスという手もあるが、そんな手はつまらないから最初から打たない。打つ気もない。

 今日は結構、疲れた。が、人間の面白さとは、その局面からググッと良さが出てくる点でもある。そう考えると、勇気は出てくる。
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by kikh | 2008-01-29 00:00 | 日々の記録
 
1/27 マラソンランナー
 ハーフマラソンを始め、長距離トラック競技と言えば、福士加代子。顔つきもふてぶてしいので、彼女の初マラソンに注目していた。
 ぼくが見たのは30キロ過ぎまでだった。彼女は最初からとばした。25キロくらいまでは順調にとばしていた。しかし、25キロくらいから少しずつ、素人目にも身体が縮んでくるのがわかり、30キロ過ぎ時点では、もう終わったな、と思った。まだ、テレビでは大幅リードを謳っていたけれど、どう見ても、このリードはまたたく間になくなるだろうことが見て取れたと言っていい。
 マラソンは、みな、30キロから、特に35キロを過ぎてからが勝負と言う。そう言われる度に、不思議なものだと思う。人間がスタミナを維持するに、走るならば30キロが基本的には限界で、それ以上になると、一種神の領域に突入していくということなのだろう。鍛えた者にしか許されない領域と言えばいいか。そのような領域を、ぼくが見ることは一生ないだろう。今からマラソンをやりたいなどとはまるっきり思わないが、そもそも森の中を走る民族であるタラフマラ族から名称を採っている身としては、やっぱり走るという行為の厳粛さと、神がかった行為としてのマラソンには常に畏敬の念を抱いて見てしまうのである。
 福士加代子には、その領域の神なる者が襲いかかったように思えてならない。マラソンで優勝する者は敬虔でなければならない。そんな気がする。

 大阪は弁護士の橋下氏が知事に予定通りになったそうだ。
 日本人たちは、いったい何を学んでいるのだろう。
 橋下さんがどうかは正直ぼくは良く分からないので、あまり言うことはないのだけれど、東国丸知事にしても、ノックにしても、石原慎太郎知事にしても、まあ、結局は有名であることが最大の安心に繋がっているということだろうと感じてしまう。その最大の安心が、今の福田さんであり、安部さんであり、まったくもう、海部俊樹さん以降は、誰も彼もが良いお父さん、良い上司、品の良いお兄さん、話のわかる親戚のオジサン、そういう人たちばかりを政治家として選んできた。日本くらい二世議員、三世議員が活躍というか跋扈している民主国家はあるまい。これもまた、日本売りの原因のひとつだろうと思う。簡単に言えば、変える気がない。自分の都合の良いところだけを変えてくれる政治家を望み、決して高い意識での政治家への意識などないまま、日和見的に投票していく。
 俺たちがダメなのだなあ、とつくづく思う。俺たちのダメさ加減をみんなわからないといけない。俺たちは最低だ、だから次に別の行動を起こす必要があると認識しなければならない。でなければ良い時代など絶対にやってこないだろう。
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by kikh | 2008-01-28 01:20 | 日々の記録
 
1/26 工藤公康という投手
 メールというツールは、所詮、メールと思うべきだ、メールを絶対視してはいけない、と誰もが思っていると思っていた。メールにはプラスもあるがマイナスの側面もあって、証拠を残すという意味で言えば、メールは会話より良いが、込み入った話の場合、非常にやり取りが面倒になる。簡単に言えば、勝手に自分自身の中の感情が膨れあがりやすいツールとも言え、それを会話なら、いやあ、それはね、とすぐに互いに修正できるものが、やたらと時間をかける割には、修正不能のまま、相手の言い分のメールを読んで、勝手に思い悩むから時間の無駄がとても多いツールとなる。だから、意見の食い違いが起きそうな場合は、会話の方がずっと良い。自分自身の意見の修正余地を残すという意味で、やっぱり会話の方が込み入った話は方法として正しいだろう。と、これは常識化していると思っていたが、どうもそうではないようだ。メールの方がずっと時間をかけ、推敲しながら書けるから、会って話す方が効率的だという意見には異を唱える、という意見があって、ちょっと驚いたのである。
 とにかく、メールの絶対視は避けなければならない。メールが有効なのは、ちょっとした事務的連絡である。事務連絡には最高のツールだと思う。しかし、考え方を述べるのには、それも相手も意見があるだろう時は、まず会話の方が遙かにスムーズだ。

 工藤公康という投手は、西武時代からずっと応援している。考え方がシンプルでいい。昔からそうだ。そのシンプルな考えが今の工藤自身を作り上げている。工藤はそろそろ45歳になるという。現役の投手では最年長だが、今まで、第一線で、そもそも45歳までやり続けた野球選手などいないのではないか?今日、テレビを帰宅後付けると、工藤が「自分で自分の限界をみんな、設けてしまうのだと思います」と語っていた。そう、と膝を打った。みんな、自分で自分を縛る。年で区切って、野球選手として終わりだと考えるのは勝手だが、そうやっていろいろな限界を皆が皆、自分で区切ってしまうとは、なんとも残念なことだ。
 工藤のようにシンプルに考えるのが最良だ。必要なことは何か?不必要なことは何か?やってはいけないことはなにか?それだけに真摯に向かえれば、選手寿命は延びていくだろう。桑田は今が一番、守備ではうまいと思うと語っているのを中央公論で読んだけれど、技術は進化し、深化する。それを補えるだけの何が必要かを自身で判断できていくのが、シンプルな頭脳である。
 たいていは尾ひれが付き、肉が付き、骨が細くなり、目尻はやに下がって、次第に自分の限界線を下げていく。これがオレだと諦める。
 やれるだけやろうではないか。進めるだけ進もうではないか。そのために、オレたちは生きているのではないか、そう考える。楽な生き方をしたい人の気持ちもわからないではない。しかし、楽であるということは、自分の意思の真っ先に快楽を置けば、それもまた苦痛は伴っても楽なわけで、ならばなんといって自分自身の意思で生きることだろうとおもうのである。

 昔々のパパ・タラフマラの客から、十何年ぶりにチラシを発見し、嬉しくなって、また見に行きます、などというチケット申し込みがあったりする。しかし、そういうチラシをどこで発見するか、と言えば、まず舞台公演ということはない。舞台はやっぱり基本的には限定的観客しかいない。流動的観客がほとんどで、恒常的観客としていくためには、やっぱり日本の舞台はレベルが上がらないとダメなのだろうと思う。5年くらい見ると飽きていく。そして見なくなる。5年程度で一通り通過すると後は、別の分野に変わってしまうのは、やはり豊穣ではないからだ。そこを認識しなければいけないと思う。

 稽古はザッとだが70分が形になる。まだまだ問題多数だが、なんとしても一通り、今月中に形にしたい。
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by kikh | 2008-01-27 01:24 | うひょひょ!
 
1/25 稽古稽古
 23日に新「シンデレラ」稽古を再開した。
 
 一方、次第に良くなりつつあると思い、飯を食ったら、24日は腹痛、下痢。で、少しリンパが腫れだしているので、これはちょっとと思い、稽古後に病院へ行く。稽古は朝から夜まで、ガンガンに行っているので、体力自体はまったく落ちていない。
 思い返せば、あの、たぶん、最高級インド料理店というのが、落とし穴で、そこで、メチャクチャ美味い飯をかき込んだ後、急いで出なければならなかったので、一瞬、ボッとしたのか、水を飲んでしまったのだ。たぶん、あれだ!あの魔の一瞬。最高級!という雰囲気と味に、安心しきってしまった失敗なのだ。

 25日。
 ああ、またひとつ、年を取った。一年、何事もなく生きられたことに対して感謝しよう。

 朝から稽古。1時間は超えた。なんとしても26日。明日までに65分は超えておきたい。でないと厳しいのである。今月中に一通り完成、を目指している。もちろんディテールはまだまだだ。しかし、確実に面白くなりつつある。

 金融不安が続いている。
 
 
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by kikh | 2008-01-26 00:35 | 日々の記録
 
1/22 風邪なのかなんなのか?
 頭が痛く、喉が痛く、リンパが腫れているような感覚があり、そして下痢が止まらず、というような症状がずっと続いている。
 朝から研究生の稽古。「Quiet Question」というタイトルで行うことになっているが、さて、どうなっていくだろう。皆が自分たちで作ったという動きをどんどん変えていく。なぜなら、やっぱりリズムが平板。平板なリズムを変えれば、急に生き返るから不思議だ。

 それにしても、とつくづくメールに嫌気が差すときがある。会って話せばすぐに解決することをメールで行うからおかしくなっていく。メールというのは、自分ではそう思っていなくても感情がそのままストレートに出てしまう代物だからだろう。
 ならば、手紙に書けばいい。手紙は重いから、それは繰り返し読み返して投函するのが普通だと思う。メールは、ササッだ。

 午後はずっと会議。
 I君は相変わらず批評家ぶりを発揮している。革命家を目指すならば、Iよ、批評家だけにはなるな!批評家と革命家はあまりに遠い。批評家の多くは、現状を非難するばかりであろう。真の批評家はもちろん違うが、批評してる間に実践に向かった方が、どれほど高い理念が実現できるか知れない。

 次第にクラクラしてきたので、自宅戻り。
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by kikh | 2008-01-22 23:11 | 日々の記録
 
1/20 移動
 朝11:30にホテルを出る。ぼくは10:30まで寝る。風邪なのか、どうかわからないが、頭痛と喉痛と下痢が一気に襲ってきた。たぶん2日前に暑さに負けて、冷房の風に当たったまま、クウッと寝込んでしまったのが、今になって響いてきたような感じである。今日はムンバイマラソンとのことで、仕方なく早めの出になったのである。

 ムンバイ空港からデリー空港へ。デリーでは国内空港と国際空港の出発空港が違うため、シャトルバスが出ている。ツアマネのかな多が調べてくると言ったきり帰ってこない。どうも空港から外に出てしまったらしい。全然、インドがわかっていない。外になんか出てしまったら、魑魅魍魎が右往左往していると思わなければならない。それがインドである。言うことはみんなバラバラで、適当なことを口にし、すぐに高いタクシーに乗れと言われ、ふっかけられ、それがデリー空港である。シャトルバスはすぐに出ると言うので、仕方なく、池野を残し、皆はシャトルバスで移動。池野とかな多はタクシーで追いかけてくることに。ツアマネが足を引っ張ったのでは仕方がないが、インドがわかっていないとそういうことになる。インドばかりではない。混沌とした国では、信用できる人間をまずはきちんと見つけることが肝心なのである。

 デリーの国際空港ではほぼチェックイン時には二人も到着し、事なきを得たが、もう少し、冷静に行動しないとマズイと改めて感じる。インドでは何が起きるかわからない。先進国の考えをそのまま持ち込むと危険という認識を強く持つべきであろう。

 とにかく、ギリギリで国際線に乗る。夜7:50発。朝6:15成田着。ぼくだけは今回はビジネスクラスで、それも全部が最前列に座らせられているので、非常に快適だったが、体調不良ゆえ、もうほとんど意識なく、延々と眠りこけていた。前にも書いたが今のビジネスはほとんど水平近くまでシートが倒れることにも驚く。マッサージ器も付いている。トイレに行こうとすると乗務員が扉を開けてくれる。確かにビジネスに乗ったらエコノミーだとエライ格落ちという感じがするのは否めない。日系航空会社のビジネスクラスは、もう至れり尽くせり。エコノミーは、やっぱり雑魚扱い。しかし、値段を考えると雑魚でいいと思ってしまう。その分、ギャランティに回せたら、とどうしても思ってしまう。快適なのはたったの8時間くらいだ。8時間のサービス料にしてはぼくには高すぎると思えてならない。格安とビジネスの正規料金では7倍くらいの差があるのだ。つまり格安ならば7往復できるということである。
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by kikh | 2008-01-21 17:56 | 日々の記録
 
1/19 ムンバイ2日目
 午前中はずっとホテルでメール書き。
 午後、ここで行かねばなるまいとばかりに一人でカメラを持ち、ほんの一時間、繰り出し、急いで最高級インド料理を食い、写真を撮る。あまりにがっついて食っていたので、店員はビックリし、なんでそんなに急ぐのだ、ここはインドだよ、と言ってくる。ムンバイだって相当に早いと思う。

 一時間で戻って、劇場入り。照明やら動きをチェック。
 と開演時間。
 2日目はまあ、半分くらいは入って、500人程度。1000人の劇場で500だと寂しいが、昨日のあの閑散としたどうしようもない状況を見ている限りでは、ものすごく入って見えるから不思議だ。

 観客の反応は今日はとても良く、多くがスタンディングオベーションであったし、サインも多く求められ、驚いた。
 このスタンディングだが、その後の領事館主催のレセプションに行ってみると、実は、インドではとても珍しいこと、と知った。つまらないと途中でどんどん帰ってしまうらしい。あまりに昨日の反応とは違い、不思議な感じがしたが、終わりよければすべて良しと思うことにしよう。領事館からも数名は昨日、今日と見に来て、明日はやらないのですか?と聞いてくる。明日やるなら是非ともまた見たいという方もいたりして、やっぱり「三人姉妹」はファンが付く。
しばらくぶりにアラタマが良かった。ずっと病気気味で全力でやっていないような感じだったけれど、今日はすべて出し切るような勢いがあり、それがあるとグッと引き締まってくる。やっぱりまずは心である。
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by kikh | 2008-01-20 14:23 | 舞台
 
1/18 ムンバイ公演初日
 もちろん、昨日はゲネなど出来なかった。今日も照明の上川さんはほとんど寝られない日が続いていて、ギリギリ間に合わせたという状態である。この劇場はそもそも音楽専用ホールであるため、やりにくいなんてもんじゃないが、そこはプロ、きちっとした照明を作り上げ、他と遜色ない出来になった。パフォーマーたちもゲネも稽古も何もできないままの公演だったが、パフォーマンス自体はまったく悪くはなかった。

 ムンバイ公演は、なんというか、いろいろな意味でビックリだった。
 まずはムンバイフェス自体、別に舞台のフェスティバルではないため、観客もまったく舞台が好きな人とは限らず、普段はコンテンポラリーな舞台など見ない人がほとんどだっただろう。それから、本日の公演で驚いたのは、1000人のホールだというのに開演時に30人くらいしかいない。あまりに閑散とし、ええ?これでやるの?とビックリ。デリーでは一月前にソールドアウトで、ひっきりなしにどうやったら見れるのか?という問い合わせが続いたらしいが、ここでは驚くほど人がいない。驚き桃の木山椒の木。仕方がないのか、開演時間が押しに押し、20分押して公演開始となったが、その時点でも60人程度にしかならなかった。最終的には80人くらいか。1000人のホールに80人。凄まじく寂しい。しかし、それもデリーと違って、舞台を見慣れた人ではない上流階級の人々が招待されてやってきたのだから、実は反応はきわめてインドの状況を映していたと言っても良いだろう。

 たぶん、セクシャリティの問題がある。インドでは女性が人前で肌を見せることも、セクシャルな表現をすることもとんでもないことで、まずこれだけで目を背けられる危険性があるらしい。デリーではそもそも外国の舞台は見慣れている人たちが来ていたのだろうから、まったく状況は異なるだろうが、ムンバイでは上流階級の、舞台とは縁遠い、いや古典を見る層が来ていたのだろうとすると、こりゃなんだ、ということになる。人の話を聞くと、上流階級よりも中流以下の方が拒絶反応が強いだろうということだ。男性が一人で来ているならば笑いもできるだろうが、妻と一緒だと、絶対に笑えないそうだ。マレーシアはイスラム国家であるが、マレーシアよりもはるかにその辺は厳格らしい。最後のカーテンコールには戸惑いだらけでの拍手が1000人のホールにパラパラと響き、決して出来は悪くなかったにも関わらず、初めての寂しい寂しい反応となった。しかし、それから3分後くらいに再び拍手が起き、呼び出されると、インド人のオバサンが素晴らしいと連呼していたりして、人によっては強い反応があることがわかったし、見慣れている裏方の男は、どうしようもない客ばかりだと罵っていたり、決して悪い反応ではなく、戸惑い、それがとても大きかったのだろう。

 領事館主催のパーティがあって、それに出席すると総領事から領事、みなに、謝られ、明日はフルになると言っていたけれど、80人がフルになるには10倍入るということで、どうなるのか?入らないと寂しいし、入ったら入ったでかなりビックリするだろう。さて、どうなるのか?明日のお楽しみである。
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by kikh | 2008-01-19 13:16 | 舞台
 
1/17 デリー→ムンバイ
 本日、朝、デリーからムンバイ入りした。

 またたく間に、時間が過ぎて、デリーでの公演が終了。カーテンコールを一回、行って後、だいたい「三人姉妹」のコールは4~5回には及ぶのだが、すぐにマイクを持ったNSD(National school of Drama)の方が出てきて、ぼくを呼び上げ、壇上で、楯と花束を渡されたのにビックリ。みなは袖で待機。が、そのまま、出番はなく、ぼくたちにとっては非常に不思議な終わり方であった。
 終わってから、今回の主催者であるNational school of Dramaの教授たちに招待されて、インド料理屋へ。初日は大使館の招待があり、実は本日はムンバイフェスのオープニングの日に当たるとのことなので、またまたムンバイフェス主催のレセプションがあり、明日は領事館主催のパパ・タラフマラレセプションがあり、その翌日はまた、別のレセプションがあり、と、連日のレセプション攻めである。結局、照明、音響、舞監は仕方ないにしても、他の連中は、ほとんど自分たちで飯を食うことがなく、いつも招待されているような感じである。

 相変わらず、インドに来ると血が騒ぐ。今回はまったく別個の枠組みなので、かなり守られている感じがあり、それなりに気分はよく動けているが、それでもなにがなんだかわからないうちに動いていく。誰を信用したらいいかもはっきりしない。インドをどう思う?とNSDフェスのコーディネーターから聞かれたので(彼はベルリンやベルギーで舞台関係の仕事を長くしてきたらしい)、嫌悪しながらのLOVEだと言ったところ、当人もわかる、そうだよね、と言っているとおりで、ここは日本とは対局にあるのだ。
 やっぱり人ばっかりで、それがもうゴミ屑のような扱いをされているのもしばしば見かけ、その一方で、今日のムンバイフェスのオープニングイベントなどを見ると、一般の連中は座席の前の方に座っていても、ひと言のアナウンスでさっと立ち退き、そこにズズズッと金をいかにも持っている風のインド人たちがドドッと押しかけてくる。インドにはものすごい差別もあるが、総体としては凄まじいばかりのエネルギーが押し寄せてくる。
 これはどうあっても日本はかなわない。もう保守的になって、あとは落ちるばかりの日本。もし、そうでない状況を作ろうとするのであるならば、総体としてのエネルギー体にならなければならないのに、エネルギーに溢れている人はほんの少ししか見かけない。みんな、人の悪口は言うけれど、自分はさておき、と括弧に括ってしまう。やっぱりこいつらと渡り合うには、渡り合うだけの力を誰もが持たねばなるまい。
 ムンバイフェスの屋外オープニングイベントはインド門の前で開かれ、そこにさまざまな出し物が出されていたが、驚いたのは日本の子供たちがソーラン節を踊ったときだ。もう、子供たちは腰が据わらない。フニャフニャしている。下手くそというよりも、ここまで身体がダメになっていることにビックリしてしまった。

 とにかく、デリーではいつものように絶賛され、ムンバイに移ってきている。18日、本番初日だが、さて、どうなることやら。もうメチャクチャだ。仕込みが全然、間に合っていない。
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by kikh | 2008-01-18 13:06 | 舞台


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