★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
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4/28 日本にて
 P.A.I.が今年も始まる。思えばもうP.A.I.を十数年、やってきている。卒業生の数もかなりの数に上る。今年はどんな連中なのか、まだまだ分からない。いつも最後まで継続して、熱心に続けて欲しいと思うが、どうしても途中で脱線する者が数人はいるのが常である。そしてそれを超えるともう無我夢中の時間に突入する。しかし、その途中の脱線部分を、脱線せずに乗り切ることが最も肝心だろうといつも思う。なぜなら、そこで落ちる落ちないでは最終的な立ち位置が大きく変わるからであり、一度、落ちると取り戻すのにどうしても時間がかかるからだ。
 落ちても良いが、そのときに、取りあえず、やっていようか、と思えば、また違うはず。しかし、落ちると落ちたままになってしまう者も結構いるのだから、なかなか人の心理は難しい。悩んでいたってなんのプラスにもならないままに、悩み続けるのだが、取りあえず括弧に括っておこう、出て行こうと思えばいいが、悩みに埋没する。埋没したってなんの解決にもならないのに、そして解決には実行あるのみなのに、そういうところが多くは分かっていない。不思議なものだ。
 みんな、分かっている、と言いつつ、分かっているなら実行!!と思うことがよくある。なんでまあ、分かっているのにできないのだろう?それは欲望だったり、感情だったり、いろいろなものが自分の行く手を遮るからだろうが、そういう無駄なエネルギーを費やさなければずっと効率的に動けるはずである。
 その効率性を持つかどうかも才能だろう。効率性を持てないのが通常なのだろう。でも、自分が決めたことだ。決めたならば、やればいい。それだけのことだ。

 ひとり、面白い研究生がいる。大学を休学してP.A.I.に入ってきた。それも男である。こういう滅多にいないのを見ると、やっぱり浮き浮きする。
 日本人はどんどん保守化する。そして信号機、みんなで渡れば恐くない方式で、ずんずんと保守の道を歩いていくと、その先はハメルーンのネズミと一緒で、水底が待っている。あるいは、ゆりかごに揺られて、みんな隣人を気にしながら、一列に並び、少し遅れたとか少し先に行ったとか、妙な劣等感や優越感に浸りつつ、なんとなく人生を歩んでは、ワタシの人生なんだったのか?と思いつつ死んでいく傾向がある。お昼頃の昼食を取りに来たおばさんたちを見ていると、その旺盛で、辟易するお喋りにウンザリしながら、こうして毎日毎日、同じ日常を繰り返し、同じような立ち位置に立って、ちょっとの差異を見つけつつ、ちょっとした優越感を少しばかり得たいと思ってなんとか必死で生きているのだろうと思うと、その熱心さにわずかに熱くなると同時に、そのくだらなさに冷え冷えとした感触を味わう、ところが、人が生きるとはそういうことであるのは確かなのだ。でも、今の日本は生きにくい。とっても生きにくいことは間違いない。なぜなら、みんな多くがドヨーンとした顔をしているから、それがスタンダードになってしまっているからだ。もっともっと生きやすい社会を作れないか、本気で考える。今の日本は生きにくい。それだけになんとか日本でやってみようと考えている。
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by kikh | 2008-04-30 23:25 | 日々の記録
 
hito
 金沢美術工芸大学でも6~7割の学生は女性だという。
 四芸祭という東京芸大、京都市立芸大、金沢工芸、愛知と四つの国公立美術大学の学生たちによる祭典があるのであるが、まず顔を出した途端に、実行委員会はほとんどが女性であることに驚くというか、納得。
 つくづく男がいない。いったいどこへ行ったの男性たちよ、と声を大にして言いたくなるが、男たちの顔つきは薄く薄く存在感が消えつつある。

 社会が女性化するとどうなるのか?はっきりと分かるわけでは、もちろんない。だが、女性が多いというのは、多くは感覚が支配する。あやふやな根拠の定かではない噂話が場を席巻したりする。
 ボクは噂話の8割は、うっすらと根はあっても嘘だと感じている。しかし、それを質す手段がなかなか見つからない。逆に質そうとすればするほど、変な同情論が起きたり、訳の分からない方向に感情が動いていく。本当に感情は厄介である。だからこそ、実に見えやすいものにすがっていく。見えやすいものとは、やっぱり、ブランドだったり、はっきりとした価値ができあがっているものである。
 つまり、男性が安定志向をしているのか、それとも女性が男性を安定させたがっているかは、じっくり考えると定かではないことがはっきりしてくる。
 
 ボクは女性社会は凄まじい社会だと感じている。
 論理というものは必要だが、簡単に笑い飛ばされてしまう要素のひとつでしかないとも感じている。
 男が支配するのもやっぱり良くはない。すべからくバランスだ。ならばいかなるバランスの社会を作るかだろう。
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by kikh | 2008-04-28 00:55 | うひょひょ!
 
4/27 金沢行き
 金沢まで行ってきた。やっぱり遠い。
 朝8時半にウチを出て、金沢駅着13時30分。それから金沢美術工芸大学へ。
 5月にワークショップをやることになっているが、どうも学生たちが分かっていないようなので、こりゃあ、ちょっと心配だなあと、オレ自身が足を運ぶことになったのである。

 打ち合せを終え、少し、兼六園を歩き、そのまま、駅までブラリブラリと歩く。
 やっぱり空気が違う。
 たまたま、フォークナーの小説をまだ読んでいて、そこでアメリカ南部の持つなにか得体の知れなさについて思い至っていたところなので、金沢の持つ、重みをじっくりと感じることになってしまった。ここは静かに暮らしたいと思うところかも知れないと思った。

 最終電車で帰宅。
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by kikh | 2008-04-28 00:34 | 日々の記録
 
4/25,26日 バンコク&帰国
 25日はバンコクで過ごし、パトラバディシアターに下見に行き、香港から来ているというトビーというアドミニストレーターと話をした。面白いのは、香港人がこうしてバンコクまで来て、アドミをやっているということだ。香港人あたりだと、確かに英語ができるので、動きは出やすいだろう。そういうことだ。世界では本当に大きく流動している。ナショナルで考える時代はもうすでに過ぎ去っていることを、香港やシンガポールなどは大きく示している。中国のように無理矢理、ひとつの国にまとめようとすること自体、ネイションステートで動かそうと言うことが、大きな歪みも生んでいく。
 今回の北京オリンピックに向けての聖火リレー騒動は、当然、中国社会は世界でどのような位置づけを持っているか、を明確に示している。やっぱりまだまだ中国に入ると、瞬間、恐怖に襲われるときがある。それはまだロシアもそうだが、どうなるか分からないという怖さだ。
 カシュミールで昔、札束を握りしめた男がオレに向かって、おまえを数ヶ月、牢屋にぶち込むなんて簡単なんだ、こいつでな、と言っていたことを思い出すが、同じような匂いが中国には残る。聖火を守ろうとする、中国警察の人々が取り巻きつつ、聖火を走らせることのあまりの意味のなさ、加えて、逆に中国社会の非民主的なところが明らかにされ、そういう意味ではこの聖火はとても意義深いと思われる。

 第二稿を上げる。

 26日の朝4時過ぎにホテルを出て、6時50分発の飛行機に乗り、成田着15時過ぎ。
 帰宅18時。それから、打ち合せを深夜まで。
 
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by kikh | 2008-04-28 00:29 | 日々の記録
 
4/24 クラビ→バンコク
 クラビもプーケットも、数年前の津波で大打撃を受け、死者数もかなりの数に上ったはずだが、もはや、そんな面影はどこにもない。唯一、ときどき、Evacuation Area と書かれ矢印の記された看板が立っていて、そこに津波の画が描いてあるくらいである。
 だが、それは当然、見かけであって、それを体験した人々の記憶には強く、深く刻み込まれているのだろう、そんなことを思いながら、人々を見ていた。とは言っても、人は辛い記憶は覆い隠そうとするもので、誰もが明るさを精一杯振りまきながら、その土地から離れずに生きている。土地から離れないということは、当然、記憶と共に生きなければならないということだ。神戸の地震を経験した人は、その瓦礫と死者の記憶から逃れられないように、クラビの人々もまた、精一杯の努力で今を生きているのだろうと思う。
 土地の記憶。そんなことをずっとフォークナーを読んで、考えていた。
 ボクの作品は、昔々、無国籍といわれた。自分ではなにを言われているのか、さっぱり理解できなかった。無国籍の舞台?無国籍とは土地の記憶がないということである。しかし、そんなことがあり得るわけがない。みな、自分が肌で感じたことがないものを無国籍とか、あるいはエギゾチズムで感じるようだが、それはただ知らないだけかも知れぬ、と思うのである。
 ボクが育った土地は、決して無国籍ではない。だが、確かになにか変に新しく、変に乾いていて、変に土着的だった。それらが混じり合うと、日本の中でも不思議な縮図ができあがったのだろうと思う。

 朝、クラビから空港へ。そして昼の便でクラビ→バンコクと移動する。ホテル着15時過ぎ。
 それから延々とメールを書き、チェックし、2時間のタイマッサージを受けた。が、どうもこのマッサージ師、ゲイだったらしく、なにかとオレの股間にさりげなく触ったりしていて、だが、それはたまたま手が触れたという程度とも思えるから、抗議することもできず、しかし、マッサージ自体は気持ちよく、2時間もやってもらって、850円とは、あまりに安い。安いことを良いことに、こりゃあ癖になりそうと思っているが、そんなことを言ってしまえば、ヨーロピアンがエギゾチズムと安さを追い求めてタイにやってくるのとなんら変わりない。まあ、要はそうなのだ。オレだって、安くなかったらタイには来ないだろう。安さこそが命のタイなのだ。要はオレもまた、エセヨーロピアンかもしれぬ。南アフリカでは日本人を名誉白人とか呼んでいたそうだが、本当に不愉快だった。とは言え、タイはやっぱり楽になる。これがベトナムやシンガポールだとそうはいかない。楽にはなっていかないのだ。

 夜、メシ、グルメとばかりに美味い店を探して三千里。
 高いが美味いメシを食う。
 本当に高い。503バーツだってさ。503と言えば、そうとうなものが食える。
 ここで一気に「ガリバー&スウィフト~作家ジョナサン・スウィフトの猫・料理法」の第二稿を上げる

 第一稿の感想が、真っ先にヤノベケンジさんから。
 ヤノベさん、一行目、それも最初に「傑作です」と書いてきた。
 嬉しいものだ。 
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by kikh | 2008-04-25 09:58 |
 
フォークナー
昨日、いちおう「ガリバー&スウィフト~作家ジョナサン・スウィフトの猫・料理法」第一稿が上がったので、持参した「フォークナー短編集」を読んだ。ボクは実はフォークナーを読んだことがなかった。ヘンリーミラーに親しみ、もちろんヘミングウェーもよくよく知っている。が、なぜかフォークナーを読まなかった。理由は分からない。読まなかった。
読んで、不覚にも涙を流した。その冷徹さ。その厳しさ。人間というものをギリギリとキリで突き刺してくるような痛みが全体を覆っている。訳文は問題があって、しばしばなにを言っているか分らなくなるが、それでもその大きさはボクにしばらくぶりの文学的な感動を与えた。
是非、フォークナーを読んでみよう。
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by kikh | 2008-04-24 18:59 | うひょひょ!
 
4/23 台本第一稿上げ
 今日は四島巡りなんてに行こうかと思ったが、またヨーロピアンの間に挟まれるのは気分が良くないので、止めて台本書きに専念する。
 ガンガン進める。まったくなんとも、台本というのは、書けないときはまったく書けないが、海外で集中し出すとガンガン書けるから面白い。予定よりも数日早く上がる。
 ともかくホテルのプールサイドで、一気に書き上げる。その後マッサージを受ける。最高に気持ちが良い。だが、そこのお兄ちゃん、オレの脚で自分のチンポコを挟むのにはまいった。確かにその方がやりやすく、別にゲイ風でもないので、オレも知らぬ振りなんだが、どうもねえ、グニュと当たるのが気持ち悪い。
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by kikh | 2008-04-23 19:51 | 日々の記録
 
4/22 クラビ
 昨日、クラビにやって来た。クラビは、海がキレイだと聞いてきたけれど、たいしてキレイじゃない。そしてどこを見渡しても西洋人ばかりである。ゲストとしてヨーロピアンが席巻し、タイ人が奉仕するような感じに、これだけ西洋人が多いと見えてしまう。タイは昔から西洋人ばかりがリゾート気分でやってきて、トロピカル兼コロニアルムードを最大限にまき散らし、支配されたことのない国、タイを支配下に置いているのではないか、と思わせるものがあるが、そのうち変わってくるだろう。
 アオナンエリアというところに泊っているが、ここからプラナンエリアに行こうとして船に乗った。すると、行きも帰りもボートドライバーと私以外はみな、西洋人。ここまで西洋人に乗っ取られた感じだと、怒りを通り越して悲しくなってくる。人種がどうのこうの、というのはちょいとどうでも良いとは思いつつも、あまりに不均衡。これがもちろんイタリアやギリシアやアフリカだったならば、納得もする。しかし、タイだ。タイくんだりまで、なにゆえにヨーロピアンばっかりなのか?街を歩いてもアジアンはほとんど見かけない。
 プラナンエリアの浜辺に行くとポリネシア系の人たちがリゾートしていたのには、ちょっと驚いた。もちろんなんでここにいるのか、ちょっと不思議に思っただけなのだが、タイとポリネシアというのも、どこで結びついたのか、とても奇妙に思う。
 明日は四島巡りにでも行こうと思ったが、再びヨーロピアンばっかりの世界に入るのはウンザリである。

 さて、タイに来て、筆は進んでいるのか?確かに進んではいる。日本にいると、本当に煩わしいことだらけで、嫌になってくる。特に人間関係はほとほと難しくて厄介だ。
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by kikh | 2008-04-23 19:46 | 日々の記録
 
4/20 bangkok
 バンコクはすごい勢いで変わってきている。
 バンコクというか、タイ経済は間違いなく上がってきて、人々の顔もギラギラだ。
 やっぱりこういう連中の間にいると元気は出てくる。人はこういう環境に大きく左右されるのだろう。毎日毎日、福田首相の顔を見ていたら、当然、それに多少なりとも影響され、どんどんサラリーマン人間が良いと刷り込まれていくような感覚を味わう。少なくとも僕はそうだ。
 数日前の日経新聞に静岡芸術大学の学長の言葉が載っていたのが面白かった。女性が元気が良いときは長い歴史的統計から見て、人口は変わらないのだとか。逆に男性社会の方が人口はどんどん増えるらしい。今は男性社会ではなく、だから、女性社会ということ、すなわち女性の方が元気で、女性の権力が上がってきている社会ということである。
 そうやってみると、確かに今、爆発的に人口が増加している国はすべからく男性権力が強い。

 さて、本日はタイに来て、時間の余裕ができたせいか、やっと眼鏡屋に行った。そこは「東京メガネ」という店で日本より遙かに安いというクチコミがあったので、行ってみたのだけれど、全然安くないじゃないか、と言っても、ボクは相場を知らないから、果たして安いのか高いのか、まったく定かではない。目を調べてみましょうと促され、調べてみると、いやあ、遠視も近視も出てますね、と笑いながら仰る。ボクはずっと視力2.0人生を歩んできて、ここ数年でなんかボケルようになったと思っていたが、さてさて、実のところ0.7くらいまで落ちていることが判明してしまった。目の悪い人から見たら0.7でなにを言うか、ということになるのだろうが、2.0人生、世界はクリアだという歴史から見るととんでもなく悪くなってきたというのが実感なのである。いやあ、まいりました。結局、高いので買わずに出てきたのだが、そうか、遠視用&近視用両方必要になっちまったってことか、と愕然とし、遠近両用があります、と言われてかけてみたモノはあんまり良くない。やっぱり見えにくい。特に本は読みにくい。ここで急に二本のメガネをかける必要に迫られるのか?とやっぱりガックリ。

 バンコクは確かに暑い。32度くらいか?
 このマレーシアホテルもだんだん中級ホテル化し、昔はもっとヤバイ雰囲気があったのだが、最近は安全で開放感のあるホテルと化している。でも、いつ来てもボクには気分が良い。なぜか良い。別にどうってことないホテルなんだが、気楽だ。また来たくなる。これどうしてか、やっぱり不思議でならない。
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by kikh | 2008-04-21 09:17 | 日々の記録
 
4/19 タイへ
 昼過ぎまで仕事。
 アイデアを練っている。

 それからパッキングをし、急いで空港へ、そしてバンコクへ。
 バンコクの新しい空港着、23時10分。
 そこからバスで移動し、降りたところがどうも分からない。そこから徒歩で歩くが、やっぱり分からなくなってきて、結局タクシーに乗る。
 ホテル着0時15分。バンコクに来ると、いつもこのホテルだ。もう定宿。なぜか、バンコクなのに、マレーシアホテル。
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by kikh | 2008-04-20 11:20 | 日々の記録


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