★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
<   2008年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧
 
8/31 しばらくぶりの休みだ
 しばらくぶりの休みだったが、休みの日には溜まりに溜まったことをしなければならず、結局、まったく休めないのである。だから、今日は今日でバタバタとしていて、息が切れていた。
 疲れているとどうしてもテレビを見てしまう。なぜなら、前から何度も書いているが、こんなにアホウなメディアはそんなにあるものじゃないからだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑う気も怒る気も起きない。だから、無気力でボウとした頭をクラクラとさせておくにはいいメディアだといつも思っている。音楽をかけても、本を読んでも、なにか一所懸命考えてしまう癖があるが、テレビはあまりにアホウだ。同じ人間が常に出ているメディア。なにも新しい面白さを追求しないメディア。人をバカにし、低レベル化し、どんどん保守化させるに適しているメディア。まったくテレビはオレも関わっていたことがあるだけに、なんとも残念なメディアに成り下がってしまっている。どこを見渡しても無責任連中が蔓延っているのだから、テレビだって同じことなんだろう。

 8月中で考えていた進行はほぼピッタリ予定通り。わずか2分くらいは早く進んでいるようだ。こういう進行に関しては、ボクは予定からほとんどズレがない。今現在42,3分と言ったところだろう。シーン3までは終わり、シーン4の途中まで来ている。シーン5とシーン7というダンスメインのシーンが待っているし、これが実に複雑に構成するつもりでいるので、実はまだまだ大変だ。
残り初日までほぼ40日である。京都の春秋座でのワークインプログレス開始は24日で、22日までにはどの程度できるだろうか?それが予定通り行けば、まず問題ないだろう。
 とは言え、思い通りには行かない。次々に問題は起きる。起きるが、問題などは起きて当たり前なので、別にどうということはない。オレに関して、周りはやたらと神経質と思っているらしいが、全然大丈夫、状況に合わせてどんどん変えていける。しかし、周りはそうは思わない。非常にデリケートと思いこんでいる。一面では当たっている。作品を作っていく際にはそうでなくてはならない。当然だ。だが、一方では、それを壊してもまあ、なんとでもなるという気持ちがなければ、こんなことはやっていられない。トラブルはあって当たり前だからだ。トラブルがあったときに、いかに燃えることができるか、だ。なかなかトラブルは楽しいものである。真っ青になってオタオタもするが、オタオタは確かにアイデアを生み出すからだ。

 今日、リナが戻ってきたらしい。明日は久しぶりにパフォーマーが全員揃う。また病人が出ないことを祈ろう。この前の全員集合時には南波が稽古場でダウンし、アラタマも半病人化していたから、そうするとどうしても志気が落ちる。
 舞台はますます混沌としてきている。混沌はボクにとってはいい意味を持つ。シンプルもいいがカオスもいい。カオスの中から生み出されるものは多々あるからだ。そして、そのカオスが絞り込まれてシンプルさを持つまでもっていけるかだ。
[PR]
by kikh | 2008-08-31 23:20 | 日々の記録
 
8/22 ラジオ深夜便と稽古
 先日、NHKラジオの「ラジオ深夜便」のトークに行った。
 これは10分間のコーナーで、それを四日間に渡って流すらしく、要は40分を採録したということである。
 ボクは当然、ナビゲーターがいて、話をするモノだとばかり思いこんでいたが、いやはや、行ってみると、誰もいず、ディレクターの枡田さんが、ラジオエッセーなのでひとりでやってもらっています、と言う。まったく知らなかったので仰天。突然、ひとりで40分間喋れ、と言われても、それもラジオのマイクの前で、目の前におばあさんがいるような気分で、語って欲しいと言われても、さてさて、そういう経験が皆無の者にとっては、どうしたものか、いやはやとまあ、頭はフル回転。
 では、お願いします。はい、わかりました、と、あっという間に時間は流れ・・・・・。

 まあ、なんとか採り終えたが、結構、冷や汗。みなさん、自分の部屋でもいいから、ひとりで40分語ってみるといいでしょう。準備してあればいざ知らず、なんの準備もなしに、テーマ性を持って語るのは、かなり大変な作業である。そうは言っても、では語り切れたかというと、そうでもなく、言いたいことはあとになって次々と出てくる。いやはや、なんとも上手くねえナア、と思ってしまった。

 このラジオ深夜便、9/1~4のNHKラジオ深夜23時30分過ぎに始まるらしいので、もし、お時間のある方は是非。こんばんは、また明日・・・・とやってます。

 稽古は、順調に進んでいる。というより、いつものペースでいつも通り行なっていると言えばいいか。
 一昨日、リアントが入り、昨日はリナが入った。3日間のみ、デワライが入っていたので、場はインドネシアムードも強く漂っていた。ライの音楽もまた、素晴らしい。リアントは身体がクネクネして、やっぱり面白い。リナはスゴイ。昨日も少しだけシーン3の稽古をしたが、もう一気に場の雰囲気が最高潮に達した。

 これに25日からアイルランドからキャサリンがやってくる。だんだんムードは高まってきている。
 稽古はほぼ予定通り進んでいるが、やはり森下スタジオでやっていた時に比べると、ガタンとペースが落ちる。稽古場は転々としていいことはなにもない。

 9月5日に銀座アップルストアにてデザイナーの葛西薫さんとの対談が決まっている。18時30分スタート!無料なので、来れそうな方は是非。

詳細はパパタラ最新NEWSより⇒http://www.pappa-tara.com/new_pappa-tara.com/news_php/news.php
[PR]
by kikh | 2008-08-23 09:26 | 日々の記録
 
8/20 ボルト、稽古
8/13に以上のようなことを書いて、以降、ボルトが100メートル、200メートルともに世界新を出し、アメリカの水泳選手が8冠を達成し、となると、ここまで来ると、国はどうでも良くなってしまって、ただただ、人の能力はスゲエもんだと驚嘆する。9秒8代で走る選手が大きく遅れて見え、かつ、その前を走る人間は横を向き、胸を手で打ちながら、流して走って、9秒69だというのだから、人間の身体の脅威にもまた、驚かざるを得ない。とは言え、やっぱり国だろう。ジャマイカはたぶん、国力示威行為のために、短距離走に能力がある選手を全部集めたのだろう。ジャマイカの短距離走はスゴイ。国はしかし、そうは言ってもなんとも醜い姿を晒してきた。東ドイツや旧ソ連で実際にあったことはボクたちの顔を歪めさせる。今は、ずいぶんと変化したとは言え、国力示威のために、なにが行なわれているか、分かったものではない。

 稽古は順調に進んでいる。ここ一週間は、毎日のように取材の方が入り、ヤノベさんが京都からやってきたり、連日華やいだムードが漂っていた。
[PR]
by kikh | 2008-08-23 09:09 | 日々の記録
 
8/13 オリンピック
 北京でオリンピックが始まっている。テレビでも連日、一喜一憂している場面が映し出される。
 北島康介が100メートル平泳ぎで世界新で優勝した、野口みずきが欠場となった・・・等々、話題は今は尽きない。
 しかし、こんなオリンピックのどこに意味があるのか?といつも思う。なぜなら、基準がないからだ。ビックリ人間世界一を決める大会である。だが、それは国家を背負った世界一である。もし、個人が責任を負うのであるならばドーピングでもなんでもやりゃあいい。プロもアマも混在している。今ではなんでもアリだ。昔からアリとも言えるが。そして、そこに国家の強い意志が入り込む。そうすると言わずもがな、オリンピックは国家間競争になってくる。国を背負うことがこんなにも重いこととは、などというコメントが連日放送される。国の概念など、一方では吹き飛んでしまうような流れがあるが、もう一方には確実に国が大きく立ちはだかる。しかし、金メダルを取ることにどれほどの意味があるのか?それは国力を顕示する役割以外にはなにもない。だが、常に人は人の上に立ちたいと思うもので、国は国で同じく、他の国の上に立ちたいとの思いでいっぱいなのだろう。くだらないとは思うが、所詮、そういう顕示の中で人類は歴史を作ってきているのだから、これはこれで人類の縮図と言うこともできるだろう。原則的な概念で言えばパラリンピックの方がよほどオリンピックの概念に則っている。オリンピックは国が、圧倒的に国が見えるから応援する気持ちとは裏腹にうっすらと霞がかかっている。
 とは言え、身体の脅威を一気に見せられるのだから、つい見てしまうのだが。
[PR]
by kikh | 2008-08-23 09:08 | うひょひょ!
 
京都
 ウルトラファクトリーの成果を見に、日帰りで京都まで行ってきた。
 
 もう素晴らしいとしか言いようがない。こりゃあ本当に楽しくなるぞ、とビンビン感じている。
 ヤノベケンジ&ウルトラファクトリーもまた、非常にいい雰囲気が漂っている。こういう交歓ができれば、必ず作品は良くなるだろう。間違いなく楽しくなるだろう。
 ウルトラ側でも、学生含め、ウルトラメンバーは東京まで見に来る計画を立てているらしい。これまた素晴らしい。やっぱりワークインプログレスの面白さもあるが、本番はまた、別ものであるから。次回は9/6に来ます、と言って別れる。

 帰りは、この前、広州でやったときの記事をシゼンちゃんが翻訳をして送ってくれたので、その修正を行なう。もちろん修正と言っても、日本語としてこなれた文にすることを目的としているが、しかし、しばしば分からない表現が出てきて、困った。でも、この翻訳は16歳の翻訳と思っただけで、ウーンと唸る。なかなかスゴイ。
[PR]
by kikh | 2008-08-10 01:08 | 日々の記録
 
8/8 難しいのは常に金だ
 本当に、こういう活動を行なっていて、常に直面してしまうのは金の問題である。
 今回の舞台は助成を受けている。しかし、どこが重点なのか、と思うくらい少なくて、大変だ。一般的に舞台を行なっている方々から見れば、全然少なくないと思うかもしれないが、しかし、正直言って、大の大人たちが、2ヶ月~3ヶ月、楽しみつつも必死になって、たっぷりと時間を割くことを、単なる好きなことをしているのだから良いじゃないか、とはならないものだろう。仮に25人が2ヶ月半、このために割くとする。実は2ヶ月半どころか、半年以上、密にやっている人間もいるのだが。2ヶ月半を25人。ひと月平均20万だとしてもひとりあたり50万円。50万円×2.5=1250万円だ。もちろんこんな数字を出せるはずはない。まったくない。もちろんあらゆるところでコストが掛かる。
 そして、みんな、金ではないと言いつつ、最終的には金だったりするから、ボクは寂しいのである。人は金で生きるのか?アートは金か?いやあ、金ではないが、やっぱり金がないと生きられないでしょう、舞台はアートじゃなくて、エンターテインメントです、という方々は多い。そりゃあそういう部分もある。しかし、やっぱり金ではない。オレはどうしても断言したい。やっぱり金ではないのだ。

 同じように、アメリカ、サンフランシスコのイェルバブエナでの「Ship in a View」公演が、非常に厳しい段階にある。サンフランシスコのイェルバブエナと言えば、やっぱりアメリカの中でかなり有力なオーガニゼーションであることは間違いない。ところが、助成金の獲得がままならない。要はいくつも落ちたということだ。しかし、落ちた理由がさっぱり分からない。なにゆえにイェルバブエナで落とすのか?もちろんイェルバブエナだけではないが、ツアー先として真っ先に昔から手を挙げてくれていたのがイェルバブエナであった。そしてもうすでに大々的に宣伝を始めているという。
 助成金というのは不思議なシステムで、招へい状をもらっていなければ申請できない。しかし、それでも出せないものは出せないと言われたら、俺たちの立場はなくなってしまう。世界のスタンダードはオンショア、オフショアである。つまり国に入るまではそちらで出して。国に入ったら全部面倒見るよ、というのがスタンダードなのだ。しかし、日本ではそのスタンダードは通用しないし、あくまでも国際間の文化交流という枠でしか考えない。俺たちはね、舞台を国際交流なんて狭い枠では考えていないのだよね。交流は大切だが、文化のダイナミズムを生み出す装置としての舞台であり、海外とのやりとりである。

 まあ、こういう話を書いていると腹立たしくなるだけだが、それにしても不思議なのは、バランスで考える考え方だろう。本当にバランスが良いなら別だが、悪く偏ったバランスのまま、バランサー役となるのが、助成財団だったりするから厄介である。

 さてさて、稽古5日目。
 もっと技術が欲しいなあ、みな。技術がないと大変だ。夢中でやっているのはわかるが、そういう技術が不足すると力みが生まれる。リキンでいいことはなにもない。本当になんにもない。
 頑張ってはいけない。緩やかに一生懸命、テロリンテロリンと踏ん張るのだ。
 10分程度は形になっているが、音楽が足りない。マズイ。

 終わってから演助の矢澤と打ち合わせ。胃がヨジレル。でも仕方がない。少しずつでも成長しような、矢澤よ。
 
 今度、日本の若者のことに関してNHKラジオで4日連続で話をすることになっている。若者というと我がカンパニーにも多い。若者かどうか、というよりも、現代の日本人の不思議についてはたくさん話ができると思う。ひとりひとりの社会が狭くなっていることだけは間違いない。他者との関係の中に生きているという自覚が本当に足りないように思える。本来はきちんとしたやり取りのできる社会こそが健全だが、問題はおこなさないように、常に腹を割って話をしたりせず、自分が満足いく形でしかやり取りをしないのが現代日本人気質であろう。
[PR]
by kikh | 2008-08-09 00:10 | 日々の記録
 
8/7 四日目
 稽古開始四日目になる。
 頭から順に進めているが、外国人や来れない人の分を代役代役で補いつつ、進める。
 もちろんここでは、その代役より良くなるだろうという見通しで行なっている。しかし、稀に、代役が成長して、こりゃあ良いとなってしまうこともある。
 今回、横手祐樹が大抜擢となった。横手の気味悪さが良い具合に出ているからだ。出ることになって、相当緊張しているのが手に取るように分かる。今日の通しなど、もう力みまくりだ。だが、それは分からないでもない。彼にとっては初の大舞台だろう。
 一方、出れなかった者は、ほとんど暗い顔で稽古に臨む。しかし、それは逆に問題を抱え込む身体へと変えていくことと同義で、良いことはまったくない。

 今日でほぼ10分程度がなんとなく形になる。まま、早い方だと思う。

 森が来て、実に器用に稽古用猫人形を作ってくれた。しかし、演助は、ホンマニ考えようとしない。考えよ。発想せよ。物事や状況を良くしていくのは、結局は思考力である。まあ、徐々に良くなっていってくれればと思う。

 韓国で通訳で入ってくれていた女子大生が、稽古を見ていった。

 舞台は結構、変な舞台になっている。
[PR]
by kikh | 2008-08-08 01:19 | 日々の記録
 
8/6 三日目
 中国のオリンピックは、無事始まり、無事終わるのだろうか?終わった後、少数民族に対する弾圧が再び強まるのだろうか?
 中国は間違いなく、漢民族支配の国だ。けれど民族は多様である。そして彼らの多くはまったくノッペラボウではない。日本に帰ってくるとノッペラボウの国だとの思いが強くあるが、彼らの内部にはまだまだ熱さがある。だから、先月ワークショップをやったとき、あの、彼らの目つきにボクは釘付けになったのだった。あのような目つきをする連中とやり合うには、それは必死の覚悟で、分析力をもって事に当たらねば、対処できないだろうと思ったのだ。
 中国と言っても香港と本土ではずいぶん違う。オレはいろんな意味で痛さを感じた。その痛みを分析できてはいないが、空虚さと熱と希望の堆積が生み出すものではないか、などと感じている。

 僕らは本当に、そんな痛みなどどこへやら。毎日の生活を心配し、金がなければなにもできなくなり、仕事は金と言い切り・・・オレはそういう状況は寂しくて仕方がない。やっぱり理念と熱で生きなければ、と考えてしまう。しかし、社会は本当に面倒であり、人は複雑である。なかなか一朝一夕には乗り切れないことばかりで頭が痛い。

 稽古三日目。
 
 代役代役で進めている。稽古はそれなりに進みつつある。なんとしても今月中に半分は作り上げる必要があると考える。さほど簡単ではないが、しかし、稽古場は明るい雰囲気に満ちている。明るさは、僕らにはとっても重要だ。その場作りがみんな、求められると思う。

 先月、韓国で会ったプロデューサーの李さんが稽古を見に来る。
 終わってから話をすると、彼も一緒に仕事がしたい、コラボレーションをしないか、と言ってくれる。嬉しいがなかなか時間が作れない。
 将来のことをいろいろと話をし、そしてオレがやっているような仕事こそが未来に向かっての矢印を示す非常に大切な仕事だ、だからこそ、一緒に!ということらしいが、将来と言われると本当に何とかしたいという気持ちがふつふつとわいてくる。未来をやっぱり俺たちはいかに築くかが問われている。
 それにしてもオレに声をかけてくれるのは、みんな外国人だ。日本人ではなかなか一緒に仕事を、という人がいない。しかし、結構、世界中から声が掛かる。これは嬉しい?いやいや、本当に、不思議な日本である。保守の日本であるとつくづく思う。
[PR]
by kikh | 2008-08-06 23:38 | 日々の記録
 
8/4 稽古再開
 再び「G&S」の稽古が始まる。
 まだまだなにもない感じ。
 若手の甘さが痛い。

 明日からどうなるか?である。
[PR]
by kikh | 2008-08-05 00:43 | 日々の記録
 
赤塚不二夫が死んだ
 オレの子供の頃のギャグマンガと言えば、赤塚不二夫であった。
 先日、ある雑誌のインタビューの最後に、一冊、漫画本を挙げてくれと言われ、挙げたのは水木しげるの漫画であったが、このときも頭の中を赤塚不二夫がよぎった。
 赤塚不二夫のギャグマンガを読んで、見て、オレはゲラゲラと笑った記憶がない。ゲラゲラではなく、グヒヒなんである。クックック。と笑いつつ、冷たい水を浴びせられたような感触で、心底すっきりするような笑いではなく、苦い苦い苦い笑いなのだ。
 そういう意味では、オレの好きなキートンやブニュエルのような、不思議な感触を持った漫画家でオカシイって言えばオカシイが、なんともシンドイ漫画で、「シェー」だの「レレレ」だの、「賛成の反対なのだ」などなど、まったく見ようによってはオカシクナイ、苦しくて見たくなくなるような漫画をギャグとして捉えてみれば、なんとも底抜けのようで、圧迫感もあって、赤塚不二夫って人間はどうもねじ曲がっているなあ、と思いつつ、昔、読んでいたような気がする。

 赤塚は、身体を悪くしていると聞いていたので、特別、驚いたわけではない。しかし、あのような途方もないオカシミと苦しさと悲しみをウチに讃えた人はそうそう現われるものではないと思う。
 レレレとか、ニャロメとか、・・・のココロとか言いつつ、あの世に旅立ったのだから、まあ、良かったのだろう。
[PR]
by kikh | 2008-08-05 00:42 | うひょひょ!


S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
関連リンク