★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
<   2008年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧
 
11/26-29 山奥にて
 26日~29日朝まで、群馬の山奥の、携帯も繋がらない温泉宿で、台本書きに勤しむ。まるっきり集中力が違う。下界にいると、やらねばならないことが多すぎて、いや、いろいろとやらねばならぬことが並列化してしまうと、頭がどうにも作品を書く方には向かっていかないのだ。

 それが、山奥で、携帯も入らず、ネットにも繋がらず、温泉も源泉掛け流しで、ぬる湯ときているから、気分転換にももってこい。難点はテレビがあることで、疲れるとついテレビを付けてしまうので、電源を切れば良いものを、ついつい眺めてしまう。まあでも、これも山奥の時間の楽しみとしてはなくてはならぬものだろう。
 しかし、だから言うのではないが、じっくりとテレビを見てしまった。見れば見るほど、ヒドイメディアであることを実感する。安直きわまりない。こういうことを言うと、そうではない人もいる、と言うだろう。どこにだっているのだ、そういう真っ当な人間は。しかし、真っ当な人間ほど生きにくいのも事実で、真っ当である人ほど片隅に追いやられていくのがパターンだ。独創力はちょっぴり必要で、それより遙かに必要なのは政治力だ、どの世界でも。でなければ、これほど横並びの番組など恥ずかしくて作れまい。スポンサーや視聴率のせいにしてはいけない。それもないわけではないが、意思の問題だ。だが、所詮、サラリーマン社会で生き残ろうという輩だから、なかなか冒険などできやしない。ああ、なんとも詰まらない。本当にテレビをやっていることのくだらなさを実感できたのがよかったとも言える。そんなことを次々と考えさせてくれた。

 山を見るか、テレビを見るか、パソコンを見つめる、風呂に入るかしかないのだ。手紙も新聞も来ない山奥である。そして、まったく豪華な宿ではないにも関わらず(山奥の一軒宿が変に豪華宿であっても困るわけだが)、この宿の飯が最高にうまかった。この値段で、と思えるような値段だから、オレにでも来れるわけだ。そもそも普通の素敵な温泉宿にはあまり興味はなく、ボロではあっても愛情が注がれているような宿は最高に良い。ここの主人に話を聞いてみると、昔は学校に通うにも片道3時間かけたそうな。

 群馬県だから(しかし、県境ですぐに長野、昔は一番近い街というと軽井沢だったそうだ)、大して交通費もかからない。中野からだと片道2200円程度で行ってしまう。ここの宿のオヤジさんではなく、少しアンチャン風の息子さんが飯作りから給仕までやっていたけれど、「うまいですね、どなたが作っているのですか?」と聞いたら、朴訥として「自分です」と言う。言い方がなんとも言えず、ほのぼのとしていて、すがすがしかった。
 全然、現代的でキレイな宿ではないが、こういう気分の良さはまた味わいたいと、とってもスッキリとしてしまった。数年に一回は来たいなあと思った次第。

 おかげで、28日には「Nobody, No BODY」第一稿が上がり、29日朝には第二稿を上げた。
 28日は土砂崩れのための道路工事で通行止め、そのために29日も昼まで待ってくれ、と言われ、12時にチェックアウト。チェックアウトって言っても、実に適当。飯の時間も、朝も夜も完全に僕に合わせてくれ、そういう点では宿側の視点でものを見ていないのがまたとてもすがすがしい。

 駅まで軽トラックで送ってもらい(40分くらいはかかる)、東京戻り。

 すぐに、音楽打ち合わせを藤井さん、彼の大学の後輩という三枝さんと打ち合わせ。この打ち合わせのためにもなんとしても今日までには台本を上げなければならなかったのだ。ギリギリセーフである。
 
 今や首相、麻生太郎氏は漢字読めない人の代表になってしまった。漢字が読めないだけではなく、あまりに首相向きではないのは当の昔から分かっていたはず。それをマスコミから、自民党連中から、みんなで、麻生人気、麻生人気と麻生太郎を持ち上げ、首相にしてしまって、ミスを犯せばすぐ叩く。メディアのしょうもなさはよく分かっているが、それにしてもヒドイもんだ。日本のメディアは機能不全に陥っていて、この最低メディアを抱いている我々も、実に悲しい。ああ、日刊ゲンダイ風になってしまった。
[PR]
by kikh | 2008-11-29 23:49 | 日々の記録
 
11/25 言葉と動き
 朝、調布行き。せんがわ劇場に8:50には行って、芸術監督のペーターゲスナー氏と話をする。来年のワークショップに関して。現実的に可能なのだろうか?という思いを抱きつつ、なんとかなるかなあ、という甘い見通しのまま話を進めるが、実は自分で首を絞めている感触もないわけではない。

 戻ってきてP.A.I.の授業。
 コンタクトの動きとコントをやらせている。動きは良くはなってきているが、使えるレベルにはまったく達していない。コントは面白い。面白いけれど、彼らを見ていると、どうも内輪受けしすぎではないかと思える。内輪では確かにオカシイが、内輪を超えたら、冷たい視線が返ってくるよ、と言いたくなるものも結構、ある。結局、難しいのは、「世間」を超えられるか、である。しかし、とっとと超えてもらわねば、使えない。

 会議、会議。途中で南波と横手亜梨沙の発表を見る。「ゴドー待ち」のインスピレーションでなにをするか、という命題である。結果、全然面白くない。なぜか?結局、言葉に負けてしまっているのである。言葉人間の弱さというのは言葉だなあと改めて思った。自分自身で一所懸命、解釈を行なって、その言語を動き化する。だが、解釈をきちんと自分自身の身体に落とし込まねばダメなんである。しかし、落とし込んでいない。どうしても表面的に流してしまう。するとますます混沌とする。どうしていいか分からなくなる。ここだ。これがとっても難しいが、簡単とも言える。簡単な人には簡単だが、難しい人には難しい。

 今月中になんとしても「Nobody, No BODY」の台本を書き上げる必要があり、明日から山奥に行くことにした。
[PR]
by kikh | 2008-11-25 23:14 | 日々の記録
 
11/22 ブルーズ
 最近、ブルースを聴くことが多くなっている。
 不思議なもので、ブルーズは昔、良いと思って聞いてもすぐに飽きてしまい、長続きせず、でもたまにききたくなる。そうだった。だが、なぜか、最近は飽きない。好みは変わってくるから、当然、そういうことがあってもいいけれど、たぶん、ブルーズだけはずっと、入れ込んだりはしないだろうと思っていたので、自分自身が自分にビックリしている。

 明日はワークショップの発表だ。
 
 
[PR]
by kikh | 2008-11-23 00:35 | 日々の記録
 
11/19 台本
 現在、来年度に行なう作品を三作品、同時進行で考えている。
 一つには助成金の関係で、ある程度はまとめないとマズイということがある。インドネシアで行なう「アジアンスウィフト」。来年のもっとも大きな公演になるだろう「パンク・ドンキホーテ」、そして小規模作品となる「Nobody,No Body」。みんな、仮タイトルである。
 三つ同時に考えることが難しいのではなく、作品に関わるパフォーマー、アーティストが決定しないまま、考えるのがどうもすっきりとしない一番の原因である。作品は人によってまるっきり変わってしまうものだからだ。

 真っ先に始まる稽古が「Nobody」だから、その台本書きをはじめている。はじめたのだが、すぐにいろいろな連絡事項が入るから全然集中できない。どうも制作的頭脳と作品作りの頭は異なった方向性を持つため、すぐに創作頭脳に戻れない。これが一番困るのであるが、文化庁への提出が21日〆切だから、仕方がないと言えば仕方がない。
 しかし、この提出資料について考えることで作品が時間に追われてまとまっていくということもあるから一概にマズイとも言えない。だが、やっぱり集中できないと時間が無駄に流れていく。

 アメリカの大統領選。オバマ選出に至るまでの経過を見るに付け、加えてオバマ氏の演説を聞くに付け、なんとまあ、日本の政治家たちの不甲斐なさ、ひ弱さがどんどん浮き彫りになる。視野が狭い。役人も狭い。政治家も狭い。みんな狭い。狭い中で通用する時代は当に終わっているというのに、見ているのは内側ばかりである。
 麻生氏に至っては論外で、やっぱり海部俊樹さん以来、日本の首相の顔はまったく、中間管理職の顔になってしまった。誰も責任を取らない。民主党が言うことを聞いてくれないと言って、政権を放棄するのは論外だが、いろいろな点でなんとも成熟からは遠い。
 そして日本の拙さは分かっていても、人気取りのため、あるいは人の批判が嫌なためか、決して批判しない知識人も非常に多い。わざわざ敵を作る必要はない、ということだろうが、それにしても下手くそだ。感情がまる出しになってしまうのが日本人だから仕方がないのか。

 とにかく12月までには最低でも2作品は書き上げねば。同時に12月からは2010年3月に行なう作品の稽古が始まる。
[PR]
by kikh | 2008-11-20 10:47 | 日々の記録
 
11/15 WSがはじまる
 ワークショップが始まった。
 同時に三作品を考えている。特にコンヒューズすることはないが、しかし、なにかとじっくりした考えで事に当たれないのが少々辛い。
 
 今、改めて考えてみると「ガリバー&スウィフト」のヤノベさんとの制作や海外パフォーマーたちとの制作期間がなんとも楽しかったなあ、と改めて思う。これからどれだけ、あれだけ濃密な時間が可能か、分からない。
 次回作品は、これを追い求めてしまうとシンドイかもしれないが、また新たな方法で新たな局面を打開せねばならない。

 昨日は国際交流基金デーで、朝から審議員としての審議を行ない、午後からは公演課で、金の話で頭を悩ます。本当に基金はどんどん金がなくなり、昔の面影はどこにもなくなっている。まったくどこもかしこも戦略なき方法論だけで進んで行っているような気がする。

 私たちも同じで、どうやってやり繰りするか、それが一番苦しい。苦しいが、これはこれで非常にクリエイティビティに溢れることだと思うが、いかんせん、そういうことを分かってくれる人間はとても少ないのが残念。
 頭を使うと見えるモノが見えなくなってくる。しかし、頭は使わなければ見ることさえできない。が、頭を使うと人はバカになる。使わなくてもバカになる。要は感性を養い、モノを見るときは感性で見て、それをじっくりと後々で頭を使って考える。あるいは、頭をじっくり使って考えて、モノを見るときは感性に身を委ねる。そして再び考える。これができる人は、実はとっても少ないのだ。しかし、多くは自分はできていると勘違いしている。ああ、なんと救いようがないのだ、と唖然。演劇界の進歩の鈍さはここに起因する。みんな、頭の使いどころが違うのだ。オレから見ると間違っているのだけれど、ね。
 
[PR]
by kikh | 2008-11-16 00:36 | 日々の記録
 
11/12 格差
 日本の男女格差は世界98位らしい。政治家の占める割合やら賃金格差やらで決めていくらしいが、中国の方がずっと上だという。
 本当にそうなのだろうか?もちろんそういう部分も根強くあるだろうが、実際には相当、改善されてきているように感じてならない。昨年よりも低下しているのだとか。
 今時、女性が本気で政治家になりたいと考えたら、なれないはずがない。
 しかし、問題にしなければならないのは、世間と家庭という枠組みである。日本には二つの社会があり、ひとつは一般に言われる社会。もうひとつは狭い枠に囚われた世間という社会というか世間である。一般社会では女性の地位は上がっているが、それが世間という狭い社会の中に入ってしまうと女性の地位はグッと低くなる。そして低くなったまま、甘んじる。その方が楽だからでもある。
 既婚女性が働くことを男は多くが嫌う。こういう世間だ。社会的には、絶対に女性差別はいけないと言っている人でも、一旦、世間に入ると女性は家付きになる。そしてそれを甘んじて受け入れる。
 なんとも意識の不均衡、使い分けが行なわれ、実際には男女問わず、旧態依然とした意識を持っている人が本当に多い。パパ・タラフマラでも同じだ。女性が出産するのは、決して止められることではないが、出産後はまず子供がいるからという理由でミーティングにも出てこなくなる。出るためには、夫婦間の互いの意識の向上が必要になるのだろう。
 難しいのは、舞台芸術でも同じで、今のままだとオレたちの置かれているポジションが変わることはないだろうと思わせることである。日本は実は異常な程、保守的なところで、その保守性を破っていくのは外圧しかないのであるから、寂しい限りなのだ。今現在、二世、三世議員が蔓延っているのをみてもその弊害には気付きながら、決して変えようとはしない私たちの保守意識、ブランド意識がしっかりと染みついているからに他ならない。それを自分たちでは変えられないというなんとまあ、情けない事態か。

 麻生首相はひとりひとりに花咲じいさんよろしく、金をばらまくと言う。公明党の提案らしいが、こんなことはお粗末の極み。とっとと辞めりゃ良いモノを、人気取りの首相はまさかまさかやってしまうらしい。そんなひとりあたり1万円強をもらったって、たいしたことはできないってよ。それよりも、その金を元にもっと構造を変えるような仕組み作りの一部とした方がましだ。あるいは3ヶ月間、消費税を下げるとかさ。どうも悲しいほど情けない頭目を抱いている日本丸は、本当に沈み行くしかないのか、ジッと遠くを見てしまう。
[PR]
by kikh | 2008-11-12 22:58 | 日々の記録
 
11/11 ここ数日
 帰国すると、西武×巨人戦のまっただ中。西武が結局、勝って日本シリーズを制した。
 これはなかなか見応えがあった。野球というスポーツは、頭と勘と体力のスポーツだと改めて思ったからだ。勘は、結局のところ思考の積み重ねがあっての勘だから、当然それは頭、ということにもなる。しかし、頭しか使えない人もいて、そういう人は勘働きはあまりよろしくない。

 インドネシアでもある舞踊公演を見て、オレは最初の15分は楽しめたのだが、それを過ぎるとイライラし出し、1時間を超えた頃からほとほと嫌になり、2時間にも達したときにはウンザリを超えて、グッタリと疲れ切り、頭の中身は空っぽって状態だったが、これを褒めちぎった人がいた。それが批評家だというので改めて、批評家はこういうものが好きなのだなあ、と納得というか不信。フランス人とタイ人ダンサーによる文化的差異、すれ違いが表現されている舞台であるが、15分も見れば充分で、以降は単なる繰り返しに過ぎない。こんなに単純で分かりやすい舞台もないだろう。頭で見れば面白い相違が出る。しかし、オレの身体は完全に飽き飽きし、拒絶していた。ここがポイントで、どのジャンルの批評でも、アーティストと批評は大きく乖離していると改めて思う。身体感覚のリアリティの差としか言いようがない。

 さてさて、本日はP.A.I.の教えのあと、ずっと深夜までミーティング。
 上記の件とも絡めるが、若手若手と言いつつも、もはや30歳になるパフォーマーたちの精神面がどうにも理解しにくい。理解しようとして、やってもやっても暖簾に腕押し状態である。まるっきり頭を使わないのに、感情だけは爆発したりするから、どうも気分が悪い。頭を使う、使わないは習慣性の問題だと思うので、単にバカとは言わないが、そういうバカに成り下がったまま、一向に上っていこうとしない意識のバカさ加減にはホントに嫌になってくるのである。

 帰り道、余りに腹が減ったので、そのとき通りかかった牛丼太郎で牛丼を食うが、いやあ、ガムのような牛肉であった。やっぱりこれなら吉野屋の方が遙かにましだ。なんとも、低レベルな戦い。食い物は安けりゃいいってもんじゃない。
[PR]
by kikh | 2008-11-12 22:17 | 日々の記録
 
11/8 P.A.I.の発表会
 ソロのあと、4日にバリ入りし、バリに寄ったらリナが全面的にもてなしてくれ、5日はキンタマー二に、6日はアグン山まで連れて行ってくれ、最後は空港まで送ってきてくれて、かつ涙まで浮かべているのだから、なんとも熱い男なんだなあと思ってしまった。そして、この熱さこそが、彼の魅力なんだなあと改めて思ったのだった。今時、日本にはこういう男はいない。みんな良くも悪くもドライ。多くが、稽古が終わればさっさと帰り、自分から飲みに行きましょう、なんて言う人はほとんどいない。
 それにしてもリナ、普段何しているの?というと、何もせずにブラリブラリしているのだとか。稽古はちょこっとしかしないよう。5日に「ガリバー&スウィフト」のDVDを渡すと6日にはすべてを見ていて、「あの作品は良い」と絶賛している。リナのウチに行くと、有名な新聞社のカレンダーが掛かっていたが、そのカレンダーにリナが出ている。あれれ、やっぱりこの人、有名人なんだと改めて思った。車に乗っていても、みんな、振り返る。

 バリに影武者という日本食屋がある。経営者は日本人女性だが、旦那がバリ人で、かつ、スダマニのグループの一員であるのだが、バリでここまで美味い日本食を食えるとは、とは感激!!二日間に渡って、影武者通い。毎日でも来たくなる店であった。海外に出ると、まず日本食など食いたくはない。絶対に、日本より美味くはないからだ。しかし、ここは違った!美味い!日本よりも美味い!そして日本を考えたら遙かに安い。
 もうバリに来たら影武者だ!!とオレの頭には強烈にインプットされたのであった。

 さてさて、ともかく帰国し、と、すぐに活動開始。
 マズイマズイ。申請書に目を通す。日本で残った制作組は申請書作りに精を出していたのであった。
 そして8日。僕はP.A.I.の発表会があるから、実は帰ってきたのだった。でなければ、今頃はバリで台本書きに勤しんでいたのである。しかし、あれれ、P.A.I.の発表会があったのを忘れて計画を立てていて、ギリギリでそれに気づき、変更し、なんとかキャンセル待ちで座席を押えられたので帰ってきたのであった。

 P.A.I.の発表!なんだろうなあ、多くはなにか足りないのだ。それは獣性とでも言えばいいか。どうもキレイにまとめすぎ。もっと破綻を来たしていて良い。まとめれば良いというものではない。研究生たちよ!!もっと獣になれ!!と言いたい。面白いのもあったが、もっともっと獣化していいのではないだろうか、ねえ。
[PR]
by kikh | 2008-11-09 01:07 | 日々の記録
 
11/3 ソロにて
 ソロでの三日間が過ぎた。
 ジョグジャカルタ入りし、ジョグジャにてミーティング、劇場視察、稽古場視察などを経て、ソロ入りしたわけだが、昔、ソロでは「Love Letter」の公演を行ない、ワークショップ制作公演も行なっているので、懐かしい。知った顔も何人かいた。
 11/2にはオーディションを行ない、ジャカルタと合わせると70人以上がこのオーディションに参加してくれたことになる。そこそこ選りすぐりのオーディションであるから、楽しかった。インドネシアのダンサーたちの身体能力の高さがよくよく身に染みてわかった。
 1日、2日、3日と多くのミーティングを重ね、稽古場見学をし、で、スタッフもだいたいは、こんな感じかな、とある程度は決めることができた。今回はインドネシアのスーパースターであるサルドノの奥方アムナと同じくスーパー劇団であるシアターコマの頭領ナノリアンティアルノの奥方ラトナが、ともにプロデューサーなのだが、彼らによる共同プロデュースであるから、実に面白い人材が集まってきている。なかなか人間の関係というのは深いものだと改めて思ってしまった。これが僕らが勝手に動いただけではとてもとてもここまではたどり着かないだろう。
 ワヤンクリッのダナンが、これが面白い男で、えらく太っているのだけれど、普通の伝統的ダナンとは一線を画し、フレキシブルもいいところ。オレとはかなり気があった。音楽家も面白いのを発見し、衣裳も楽しい。楽しいのは、みんな、いろいろなことをすることだ。衣裳家は舞踊家でも、美術家でもある。なんでもやる人が多く、そのなんでも感がさらにさらに、楽しさをわき上がらせていく。

 これは凄いことになる可能性大だと思いつつ、いちおうはある程度の目的を達し、ホッと一息。大問題は予算だが、これだけが頭が痛い。常に金のことでは頭が痛い。資金的に楽だなんてことは、未だかつて27年もやってきてあったためしがない。

 ともかく、ワクワクしている。しかし、あまりに強烈な連中ばかりで、一緒に来ている山田は、こんな濃い人ばかりで大丈夫ですか?なんて言っている。日本人が入ったら極端に薄く感じられるのでは困ってしまう。確かに滅茶苦茶濃い。濃すぎるくらい濃い。上記のダナンひとりだけでも凄まじく濃い。なんせ小錦が舞台上にいる感じなのだから。それが人形を使い、踊り、歌い、語り、それだけでも時間は保ってしまう。

 明日はバリに移動する。
[PR]
by kikh | 2008-11-04 09:50 | 日々の記録
 
10/31 オーディション
 昨日、今日とオーディションを行なう。
 来年4月~6月に稽古をし、ジョグジャカルタとジャカルタで公演を行なう「アジアンスウィフト」のオーディションだ。
 今、Indonesian Dance Festival が開かれているということで、その時期にぶつけてのオーディション。結構の数が来て、その中で5~7人くらいは面白いダンサーがいた。ほとんどのダンサーは基礎が民族舞踊で、その腰のしっかりしていること!!一方、バレエを基本にした人たちも10人くらいは来ていたが、やっぱりつまらない。民族舞踊をやってきたがコンテンポラリーもやっている、なんてのも多く、じゃあ、コンテはいつからはじめたの?と聞くと、昨日から、なんて猛者もいる。
 夜は昨日、今日とIDFを見に、劇場へ足を運ぶ。昨日のは最低だった。USAのグループとタイとフランス人のコラボ。もう余りにつまらなくて、グッタリと疲れ切り、ほとんど見てなかったが、今日の作品群はまあまあ面白かった。やっぱり身体能力に優れているとつくづく思う。
 しかし、その身体能力を生かし切るだけの、トータルデザインがまだまだだなあ、というのが正直な感想。

 あちらを見ても、こちらを見ても、と知人ばかり。日本人も多くて、ビックリ。
 とにかく、深夜まで、いろいろと話をしたり、ミーティングを行なったりで、帰ホテルは1時頃。
 今から、まだやらねばならないことが多々残っているが、明日は4時起き。4時半出。6時の飛行機でジョグジャカルタに移動する。
[PR]
by kikh | 2008-11-01 18:11 | 日々の記録


S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
関連リンク