★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
<   2009年 01月 ( 17 )   > この月の画像一覧
 
大相撲をどうするのか?
 大相撲は国技であり、日本の伝統芸でもある。
 背に腹は代えられない相撲界が生み出した存在として朝青龍は出るべくして出てきたのである。
 もし、朝青龍的な人物は相撲界にふさわしくいないと判断するならば、やるべきことは明確である。

 1,日本人の力士を子供の頃から育て上げる基盤を作ること
      相撲人口を増やす試みを行なう。相撲を見せる試みを増やす。
 2,外国人は、日本の伝統文化、礼節を充分に理解した人物のみを相撲界に入れること
 3,少しでも日本の伝統文化の土壌にそぐわないと判断する人物が出た場合は審議会権限で首を切れること

 この3点である。一時しのぎでなにか対応しようとしても無理なのだ。相撲離れが久しいならば、相撲から離れさせない土壌を作り上げねばならない。それにはなんと言っても相撲界が意識を新たに、新しい相撲の土壌を醸成させることこそが最も大切である。メディアも文句を言うだけなら簡単だ。メディアも金を出し、アイデアを出し、豊かな相撲文化に貢献すべきである。皆で寄ってたかって朝青龍を持ち上げ、落とすだけなら誰でもできる。誰でもできることを誰もが寄ってたかって一度機にやろうとするからおかしくなる。

 大相撲界はすべてを見直していく必要がある。

 そのためには、もっと開かれた組織にしなくては、相撲文化など守ってはいけるはずがない。国技というのならば、国が力を入れて、地方の相撲文化に取り組む姿勢を見せるべきだろう。その土壌の醸成がなければ、同じ事が起きるだけである。
[PR]
by kikh | 2009-01-30 15:10 | うひょひょ!
 
1/29 ロケハン
 「Nobody」という来年3月の公演のためのイメージ写真を求めて、ロケハンに行ってきた。
 まったくもう来年3月だというのに、だ。
 その前に6月には「ガリババの不思議な世界」をインドネシアで制作・公演があり、「パンク・ドンキホーテ」もまた12月には東京で公演があるというのに、である。気が早い、というよりも、この時期にやらないとやっている時間がないという恐ろしいスケジュールで、進行している。
 スケジュールだけは確かに恐ろしいが、資金面だけはどこもかしこも「金がない」の一点張りである。金がねえと疲れるんだなあ、これが。

 場所はなんとか見つかったが、もっとなにか有機的で、無機性の高いところがないかなあ、とは感じている。
[PR]
by kikh | 2009-01-30 00:30 | 日々の記録
 
再び朝青龍
 朝青龍とはなんだろう。
 一種の破壊児である。デウス・エクス・マキナ的な機械神とも考えられるし、シヴァ神的な感じもする。
 もちろん当人はただのやんちゃ坊主だろう。だが、あの無邪気さ、脳天気さが、巻き起こす風は間違いなく見ているものを混沌へと導いていく。
 僕は子供が苦手だ。なんで苦手か?それはそうだ。身勝手気ままだからだ。子供に理屈は通用するものではない。内部に巨大な熱の塊を抱えている子供に向かって、おとなしくしていろ、と言っても子供はその熱の爆発どころを見つけようとしているわけだから、どこかに向かって、塊は飛んでいってしまう。

 日本はきわめて保守的である。保守の日本が、もちろん相撲界など最たるものだが、その相撲界が異文化を受け入れ、異文化とともにやっていこうとしたとき、最初は同化から入るのは当然であっただろう。ワラをもすがる思いが、異文化の受け入れに走ったのだ。しかし、ときとともに同化は、相撲界に異文化が多くなってくれば来るほど、難しくなっていく。そしてそれら異文化の異端児たちの方が強い力士ということになれば、当然、なにが起きるか?相撲界のしきたりでは、強い方が尊敬されるわけだから、周りがいくら騒いでも、チャンチャラおかしいということになろう。矛盾だらけの存在が異文化で育った異端の最高位に位置する力士たちなのである。
 その苛立ちが、白鵬がだらしないだの、大関がだらしないだの、そうした文言になっていく。しかし、今の日本の政界を見てみよ。まったく同じではないか。官僚たちを見てみろ。なんにも変わらない。朝青龍の迫力を持った政治家などほとんどいやしない。玉虫色ばっかりだ。

 オレも日本がダメとは言いたくはない。だが、粘る心の強さは実に少なくなった。朝青龍を貶す前に、自分たち自身の異常に弱まっている精神性と体力を思った方が良い。誰も彼もが安定を目指し、突出することを嫌い、適当に軋轢を避け、面倒を嫌い、もちろん身体でぶつかるなんてもってのほか、妬み、嫉み、憎しみを心の奥底に溜め込み、自分の事と自分の身のまわりの世間だけを考えて微笑みを返し、小さな世間で生きられればまあ、いいじゃないか、と思っているような状況はなんにも変わっていかない。常に日本は世間に支配されている。だが、それでは息苦しいと同時に感じ、何かが変だと呟いている。そして、一方では安心にすがりたい気持ちもまた、増大化していく。勇気はない。だから、なにも変えられない。せいぜい、誰でもいいから殺したいなんてアホウが出てくるだけである。
 朝青龍は、そういうオレたち日本人にとっての脅威であろう。あの仕切りを見たら、この凄さはどこから来るのか、やっぱり日本人ではないと思うのかも知れない。しかし、あの力は昔は我々も持っていたものだった。オレたちはやっぱり朝青龍の底力を見習う必要があるのである。
[PR]
by kikh | 2009-01-27 23:41 | うひょひょ!
 
再び朝青龍
 朝青龍とはなんだろう。
 一種の破壊児である。デウス・エクス・マキナ的な機械神とも考えられるし、シヴァ神的な感じもする。
 もちろん当人はただのやんちゃ坊主だろう。だが、あの無邪気さ、脳天気さが、巻き起こす風は間違いなく見ているものを混沌へと導いていく。
 僕は子供が苦手だ。なんで苦手か?それはそうだ。身勝手気ままだからだ。子供に理屈は通用するものではない。内部に巨大な熱の塊を抱えている子供に向かって、おとなしくしていろ、と言っても子供はその熱の爆発どころを見つけようとしているわけだから、どこかに向かって、塊は飛んでいってしまう。

 日本はきわめて保守的である。保守の日本が、もちろん相撲界など最たるものだが、その相撲界が異文化を受け入れ、異文化とともにやっていこうとしたとき、最初は同化から入るのは当然であっただろう。ワラをもすがる思いが、異文化の受け入れに走ったのだ。しかし、ときとともに同化は、相撲界に異文化が多くなってくれば来るほど、難しくなっていく。そしてそれら異文化の異端児たちの方が強い力士ということになれば、当然、なにが起きるか?相撲界のしきたりでは、強い方が尊敬されるわけだから、周りがいくら騒いでも、チャンチャラおかしいということになろう。矛盾だらけの存在が異文化で育った異端の最高位に位置する力士たちなのである。
 その苛立ちが、白鵬がだらしないだの、大関がだらしないだの、そうした文言になっていく。しかし、今の日本の政界を見てみよ。まったく同じではないか。官僚たちを見てみろ。なんにも変わらない。朝青龍の迫力を持った政治家などほとんどいやしない。玉虫色ばっかりだ。

 オレも日本がダメとは言いたくはない。だが、粘る心の強さは実に少なくなった。朝青龍を貶す前に、自分たち自身の異常に弱まっている精神性と体力を思った方が良い。誰も彼もが安定を目指し、突出することを嫌い、適当に軋轢を避け、面倒を嫌い、もちろん身体でぶつかるなんてもってのほか、妬み、嫉み、憎しみを心の奥底に溜め込み、自分の事と自分の身のまわりの世間だけを考えて微笑みを返し、小さな世間で生きられればまあ、いいじゃないか、と思っているような状況はなんにも変わっていかない。常に日本は世間に支配されている。だが、それでは息苦しいと同時に感じ、何かが変だと呟いている。そして、一方では安心にすがりたい気持ちもまた、増大化していく。勇気はない。だから、なにも変えられない。せいぜい、誰でもいいから殺したいなんてアホウが出てくるだけである。
 朝青龍は、そういうオレたち日本人にとっての脅威であろう。あの仕切りを見たら、この凄さはどこから来るのか、やっぱり日本人ではないと思うのかも知れない。しかし、あの力は昔は我々も持っていたものだった。オレたちはやっぱり朝青龍の底力を見習う必要があるのである。
[PR]
by kikh | 2009-01-27 23:40 | うひょひょ!
 
朝青龍
 やはり朝青龍は騒がれている。
 朝青龍の身体を見れば分かるが、初日などからだはたるみ、張りがない。しかし、徐々に張りを増していったからだになった。
 「他の力士がだらしない」だの「精神力はすごい」、「瞬発力と一瞬の判断力の凄み」について触れる記事も多い。それはその通りではある。しかし、とは言え、プロの力士たちだ。巨体軍団の中にあって、朝青龍のからだは間違いなく小さい。あの小さなからだで戦って勝っているのに、それを他の力士のだらしなさのせいにするのは間違いだ。そんなに生易しい世界ではない。白鵬もだらしがない、などという記事もある。よくもそんな脳天気な記事を書けるものだと思う。それこそ力士全員に対して礼を失する記事ではないか。朝青龍が勝ったことを認めたくない意識が見え隠れする。

 精神力がすごいのは最もだけれど、朝青龍の凄みは、精神力というよりも、一種の戦うための意識をトランス状態に持っていく、自己コントロールの力が並外れてすごいのだろうと思う。火事場の馬鹿力に似たような力を自分自身でコントロールできるのである。これはそうそう簡単にはできるものではない。特殊能力と言っていいかもしれない。
 舞台も同じである。稽古で良い人が本舞台でさらに良くなるとは限らないが、稽古でそこそこでも舞台に乗った途端に、メラメラとシャーマン的な力を発揮する人がいる。朝青龍は今場所、その戦いのシャーマニズムではないが、戦う戦士と化したように見えた。戦士はときとして空回りし、軽くいなされたりもするが、そこは頂点に載っている横綱だ。どうやったって、戦う戦士と化した横綱はそもそもの地力が違うのだから、勝って当たり前とも言える。
 引退寸前の横綱を見てみれば分かるが、そのような戦う精神性が極端に落ちてくるのが分かる。だが、朝青龍は誰よりも極端に強い。こんな男が勝つのは半ば当然であろう。

 朝青龍はその稽古不熱心さや日本的礼儀作法への無知、無視を叩かれる事が多い。稽古不熱心な男が勝つことは許されないことなのである。そもそも勝てば良いという世界ではない。だが、勝たなくてはなにも言えないのが勝負の世界だ。稽古不熱心であって勝ってなにが悪いと言われたら誰もが返答に窮するだろう。こうあって欲しいという伝統と世間と理想の妄想を、外国人力士相手に全面的に強要しようとするのが私たちだとするのならば、やっぱり外国人力士など入れるべきではないのだ。
[PR]
by kikh | 2009-01-27 09:49 | うひょひょ!
 
1/25 朝青龍の優勝
 朝青龍がバッシングの中、まさかまさかの優勝を遂げてしまった。
 さあ、バッシングしていた人たちはなにを言うか、楽しみである。

 テレビも手のひらを返したような扱いに変わり、本当にメディアの無責任さを露呈している。まったく本当にヒデエもんだと思う。

 そもそも大相撲はスポーツではないのである。しかし、それをスポーツとして扱おうとしたときから状況はまったく変わったのだ。モンゴル人の横綱ふたり。当然、日本の伝統を分かれと言っても芯からは分かるはずがない。分かるのはうわべだけだ。しかし、そのスポーツ化を背に腹は変えられない大相撲界は結果的に良しとしてきたのだ。柔道は日本のお家芸と言っても、スポーツ化し、海外に出ていき、海外から選手がやって来、どんどん国際化すればするほど、日本にこだわっても無理なのである。
 朝青龍の傍若無人を非とするならば、根幹を変えねばならない。強いだけじゃダメなんだ、というならば、そもそもの相撲界に入ろうとする若者を厳選せねばならない。しかし、それも無理だろう。
 さて、内舘牧子さんをはじめとして、どういうコメントが返ってくるか楽しみだが、まあ、無難な話で終わらすだろう。

 今日は誕生日であった。ああ、また年食ったとは思うが、特別の感慨はなくなってきた。
[PR]
by kikh | 2009-01-25 21:59 | うひょひょ!
 
1/23 マイレッジ
 稽古はいちおう、今日まで。
 ああ、また再び文句ばかりになってしまった。好きこのんで文句など言いたいわけがない。しかし、ああ、なんとも、頭を使わない。これが一番、疲れる。少しは考えろよ、と言っているが、考えることをしないから、フウである。状況の先読みをしなければ、どうしても後手後手に回る。三つ子の魂百まで。ではあるけれど、延々、こんな状況は続けたくはないので、方法を考えねばならない。
 周りの連中は、面白いくらい、言い過ぎと言う。しかし、それは言っているときに聞くからで、なにも言っていないときの方が圧倒的に長い。ところがその長い時間はノホホンと暮らしているから、また再び、いざ出陣のときには刀はさび付き、頭は太平楽になってしまっているのである。
 ジーコがオールジャパンの面々に、地道に肉体を改造していくことの重要性を説いたが、きちんと聞いたのはほんのわずかだったという。これと同じで、いちおうは聞くが、馬耳東風。しかし、プロでやるなら、これではどうしようもねえだろ。もちろん全員のわけがない。変わらない人は何にも変わらない。それでいて涙を流したり、悔しがったりはするから不思議きわまりない。三歩歩けば忘れると言われるのは鶏だが、鶏以下で一歩で忘れるのはどうしたわけだ。

 「Nobody」はゆっくりゆっくり稽古していて、やっと15分程度である。この15分をどこまで磨き上げられるかだ。まだまだ一所懸命の域を出ていないからナア。

 さて、マイレッジ。アメリカン航空から送られてきたメールを見ると、いつの間にかマイレッジが1500マイルになっている。1500???とビックリしたが、あとの祭りで、いつの間にか150,000マイルが失効してしまっていた。150,000マイルならばどこへでも行けた。ああ、失敗。日本国内なら7往復以上はできた。大失敗で、あぶく銭ならぬあぶくマイルではあるが、結構ショックは大きい。個人で海外というときは常にマイルで無料航空券(最近は燃油代が高いが)と決まっていただけにガックリ。
[PR]
by kikh | 2009-01-24 10:05 | うひょひょ!
 
1/19 朝青龍
 16日に戻ってきて、17日~稽古を開始し、しかし、毎日時差ボケのため、たいしてアメリカにいたわけでもないのに、朝方まで寝られず、昼近くまで寝てしまい、大あわてで稽古場に向かうという毎日が続いている。
 
 それはとにかく、朝青龍だ。朝青龍が今場所、初日を迎えるまでのバッシングの凄さと言ったらなかった。身体の張りはない、横綱総見ではコロコロ負けた、引退勧告だ・・・・・なんだのかんだのと、相当に、おおっぴらにコテンパンにやられていたが、幕があけたら、アレヨアレヨの10連勝。朝青龍みたいなしょうもないヤツには引退勧告せよ!!とばかりに手ぐすね引いて待っていた横綱審議会の面々は肩すかしを食らい、非常に悔しい思いをしているのではないか、と思うと何ともオカシイ。特に内舘さんなどはこの野郎と思っているだろう。
 朝青龍は実に楽しい。
 まったく子供と一緒である。
 確かに身体に張りはない。稽古不足も分かる。それでも勝つ。なんてえやつだ、と思う。本当に横綱の権威もクソもあったもんじゃない。強けりゃいいってもんじゃない、と言われつつ、10連勝。それも3場所欠場後、稽古不足で出てきて、張りのない身体で10連勝である。このあと、何番勝つかはともかく10連勝もされたのでは、笑いが止まらない。
 ただ、凄いなと思うのは、結局、舞台に乗ったときの精神力の強さだ。自分を高められるだけ高めて、その精神力で勝っている。最後まで行くとは思えないが、あの精神の強さは見習わねばなるまい。
 今のところは、天晴れ、朝青龍である。ただ、子供の朝青龍に負け続ける日本の力士たちも情けないじゃあないか。しかし、それは無理というものだ。今のホンワカ日本に育った若者たちがモンゴル相撲の猛者たちにかなうわけがない。そうでない日本人もいるだろうが、早く出てこい、待っている。
[PR]
by kikh | 2009-01-19 23:50 | 日々の記録
 
1/15 ラガーディア
 朝早く、ラガーディア空港に行く。マイナス何度だろう。昨日よりガクリと下がっている。雪が積もり、空港も除雪作業に追われているため、全然、出発しない。2時間遅れで11時にやっと出発。僕はなぜかファーストクラス(とは言っているが、ビジネスクラス)に格上げになっていて、広い席でサーブされつつ、快適な時間を過ごす。デトロイトでトランジットだったが、間に合わないと言われ、一本遅らされる。成田行きの飛行機に乗ってみると、これがエコノミーかと改めて狭さに愕然となる。ダメだ、広い座席に座ってしまうと、という感じだった。あまりに違うのだ。マズイ飯を食って(ノースウェストはマズイんだ、ホント)すぐに寝る。こうして明日夕方に成田着である。

 と、以上の文章を日本に戻って、成田空港でアップしようとパッと目を上げるとテレビにラガーディアの様子が映っている。なんでも15時過ぎにラガーディア空港から飛び立った飛行機がハドソン川に着水し、全員の無事が確認されたということだった。ハドソン川は本当に冷たそうだったと、飛び立った瞬間に見て、思ったのだった。その時間帯は氷点下7度だったという。それにしても凄いと感じるのは、アメリカ人の姿である。あの冷静さだ。
[PR]
by kikh | 2009-01-16 22:19 |
 
1/14 PITCH
 NYCは、アメリカの大不況を受けて、火が消えたようなありさまである。
 こんな寂しいニューヨークを見たのははじめてだ。地下鉄の主要駅で、音楽が少ししか聞こえてこないのもはじめてである。驚くほどだ。
 加えて、人々の顔の暗いこと。もちろん暗さは前々からあったけれど、誰も彼もが暗いわけではなかったが、今は誰もが陰気な顔をしている。
 ニューヨークの老人たちの寂しさ、暗さは前々からだった。しかし、これほどまでの暗さは見たことがない。先日、フィリピンに行っていたせいか、比較にならないほどの暗い影を引きずっているのがNYCの老人たちである。多くは辛さが滲み出ている。 
 かと思うと労働者の首切りに苦渋する人々の顔がある。

 さて、こんな状態で引き継がれたオバマは今は燃えているだろう。この燃焼を支える彼のような人物が今、日本にいると思えないのが残念である。たくましく生きることこそが、確かに未来を切り開くが、今の日本人の多くは自ら切り開くというよりも、与えられた財産で食っていこうという人間がなんとも多い。いや、日本だって間違いなくいるのだけれど、日本は組織が邪魔をする。組織が介在化した途端にモグラ叩きのように潰される。あるいは飼い殺される。そうならないために必要なのは、やっぱり強い心であろう。しかし、心はみんな弱くなっている。それは身体性と関係している。
 いつの間にか、アホウ総理は、公務員の「渡り」にお墨付きを与えてしまうというなんとも最低のことをやっている。誰に向かって政治をしているのか、この人たちは、と思うが、彼らも政界の混迷は自ら首を絞めていることを知ってはいるだろう。だが、それでも小さな世界で生きるしかないというなんとも情けない事態を、諦めの中で実施している。もう少し、人間的レベルの高い人が政治家にならないとこの国はボロボロになるだろう。役人も政治家も、人間的レベルの低そうな人が多いのは実に残念を超えて、絶望的である。人間レベルを上げる教育こそが望まれる。

 さて、オバマ政権はうまく行くのだろうか?うまく行かない場合、世界はどんどん混迷化するから何としても成功してもらわなければならないが、日本も同様にいつまでも政局を混迷化させていて良いはずがない。ひとりあたり1万円強、与えて、盛大に使ってもらって、なんて言っている脳天気にも困ったものだが、こんなバラマキに3/4もの人々が反対しているにもかかわらず、押し通そうとするその厚顔無恥さにも頭が痛い。

 1月14日は朝から相当温度が下がった。マイナス5度。ISPA(International Society for the Performing Arts)での発表は、Times Centre で行なったが、いちおう世界中からの60の応募があり、その中の11に選ばれたのだという。それにしても英語でのプレゼンテーションは準備をしていても力が入る。ただ、全体を見てみても「ガリバー&スウィフト」はかなりいけると感じた。ただ、どうなのか?あまりにデカイ作品だから、難しい面もいろいろとあるにはある。
 終わってから寒さの中、フラフラと歩く。ニューヨークに来るといつも歩きたくなる。今、100年に一度の大転換になるだろうと言われている。その中でちゃんと生き残るには、生き残れるだけのことをしなければならないと感じる。間違いなく今はどん底だ。世界中がどん底だ。アイスランドは国家破綻か、とまで言われている。アメリカも長く続いた宴の後の寂しさがピッシリと被っているが、この宴の後がいつまで続くか、世界は今、バブル後の日本を教材としているだろう。一国も早く脱出を願いつつ、多くのニューヨーカーたちはスタバのカップを差し出し、カラカラとそれを振って金をねだっている。

 Asian Cultural Council のセサリーと会う。僕がACCでNYに来ていたのは、もう15年も前になる。セサリーにとっては彼女がACCに来ての初めてのグランティーが僕だったそうで、未だに何かと面倒を見てくれる。あれを見ろ、これを見ろ、あそこに行け、誰に会いたい?などなど情報をくれようとする。時間がないから無理だというと、まだ夜は長い、とか言っている。クソ寒いNYCの夜で、パラパラと雪が降り出している。
[PR]
by kikh | 2009-01-15 15:41 | 日々の記録


カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
関連リンク