★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
<   2011年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧
 
台本を書く
 いつもの事なのだが、台本を書かねばならなくて、日本を逃げ出す。
 ゆるゆると昼間からビールを飲みつつ、書き進める。台本を書き、また別の書き物をし、その間にガンガンメールチェックをし、指示を出し、いろいろな問題に頭を抱えつつも、波の動きを見てやり過ごす。
 よく、良いですねえ、と言われるが、こうでもしないと集中できないのである。とにかく周りに日本語がないのが良い。日本語がないから喋るのは英語のみ。でも、今回もある日本人のカフェ店主から声を掛けられた。日本語をタイピングしているわけだから、日本人だと知ったのだろう。僕はどこへ行っても、現地化してしまうらしいのである。この日本人のカフェ店主。よく、こんなところまで来ましたねえ、という。日本人にはまず会わないと。で、日本語を喋ったのも数ヶ月ぶりとのことで、どもるどもる。そうは言っても日本語の寿司の看板もあったので、あれは日本人の経営では?と聞くと、確かに日本人だという。でも客は来ないそう。そうは言っても、こんなところと言うならば、ここでカフェを開いているではないですか?と聞けば、奥さんが全部仕切っているという。
 とは言え、僕はこの南の島に13年前には来ているのだ。13年前は全く違って、本当に何もないと言ってもいいくらいの島であった。それが今じゃあ、まるっきりさまがわり。
 おかげで、物価が上がった。上がったけれど安いところもあって、まあ、それはそれで良いとしよう。しかし、海の水は相当汚くなった。とても海に入る気はしなくなった。
 昔は、すぐに脱ぎたがった西洋人たちも、ここまで開けてしまうと、なかなかおいそれとはオープン化しない。そりゃあ、そうだろう。開放感はまったく違っているのだから。
 そして開発はどんどん進み、言葉は、驚いたのだが、ロシア語が多く聞こえてくる。ドイツ語&ロシア語が、英語よりも多く聞こえる。そしてやっぱり中国語だ。中国人は、もはやどこにでも進出してきた。
 何も日本のような狭い国家が肩肘張る必要はないのだが、それにしても、一時のあの勢いが消えてしまうと、海外へ出ると、その重みが違ってくる。だからこそ、必要なのは、開放政策だろうと考える。閉じて良いことは何もない。
 閉じることで、内側の小さな競争は計れるだろうが、それ以上でもそれ以下でもない。
 あまり勇ましいことを言うつもりはないが、寂しい限りだ。
 
[PR]
by kikh | 2011-02-28 22:44 | 日々の記録
 
2/18 帰京
佐世保での一週間に渡るワークショップ&公演が終わり、帰京する。
それにしても楽しい日々であった。
佐世保で、何が楽しかったって、そりゃあ人間である。
ワークショップも3回行い、それも一般人、高校生、短大生と三種のワークショップ、そして公演。なんとも贅沢な日々で、人はどうやって成長していくかを知るには良い機会であったと思う。

佐世保は飯も美味かった。美味い店にしか行かなかったというのはあるけれど。

昨夜はもう、朝3時まで飲んでいた。面白い人間がたくさん集まって、面白い時間がたっぷりと流れた。
最近、人間とはなんて嫌な生き物だろうと思うことも多いが、ガッハッハと笑って過ごせるのも人である。

良い時間を送ることができたと思う。感謝!
[PR]
by kikh | 2011-02-19 01:13 | 日々の記録
 
2/12 佐世保入り
 佐世保には10年ぶりに来た。これから公演を行うことになるアルカス佐世保のオープニングに合わせてのプロモーションビデオに出るためにイメージ作りもあって佐世保に来たのだった。佐世保か。今は佐世保の感触を味わっているような感じである。思えば、そうオープニングの時も思ったのは、なんでこんなに大きな劇場にしてしまうのだろうねえ、ということだった。劇場というのは、本来は場所の事情を酌んで作らなければ、結局、後々運営する側が大変になる。
 佐世保に着いて、真っ先に目に飛び込んできたのは船だ。佐世保の基幹産業は造船業だそうだが、この造船、実に美しい。ある時代を代表する産業としての巨大さがあり、熱さがあるが、それが今は非常に寂しい雰囲気さえ漂わせる。それでも日立よりマシだと思った。まだ町に活気がある。
 明日からワークショップが始まる。
[PR]
by kikh | 2011-02-13 00:30 | 日々の記録
 
鼻くそおじさん
 いやあ、驚き。

 昔々、つくばの芸術監督をやっているとき、たまにバスを逃してしまって電車で帰ってくることがあったが、そのとき、目の前にいた叔父さんがボリボリと鼻くそをほじくっては指でいとおしそうに丸めていたのだった。そして、そいつをどうしたか?ポイと口に放り込む、あれれ、とビックリしたが、それを何度も何度も繰り返していたからよっぽど凄い量の鼻くそが溜まっているのだろうと、その量にも驚いたのであったが、ポイと口に放り込まれる度に身体を捩るような気分を味わい、どうにも気分が悪くなってきた。見て見ぬふりをしつつも、目点状態。オレ自身の気分も悪くなってくるが、しかし、目が離せない。これはスゲエもんだ、この人はいっつも同じことをやっているんだろうか?乗客がいるにも関わらず、まったく無関心で鼻くそを食い続けるのである。その時、同じ車両にはオレ以外にはもう一人しか乗っていず、その人は気づかなかったようだったが、オレはあのとき以来、その光景はアタマにこびりついて離れず、あのような不気味人間もいるんだなあ、日本にも、と思っていた。


 と、先日、再び鼻くそ食い人間に出会ってしまったのだった。これまた電車内で、今度は朝方の結構人がいなくなった高田馬場~中野間のみではあったが、同じく丸めてはポイと放り込む。ですが、この人、前の人よりも味わい深そうに味わう男で、まだ女でないから良いようなものの、ついつい鼻くそ食い女がいたらどんな気分だろうと想像たくましくしてしまったのであった。

 この日もずっと胸はむかむか状態であったのだった。
 ああ、日本にはどのくらい鼻くそ食いを趣味とする人がいるのだろうか?二人もいたのだから、もっといるのだろう。ギョへええ。
[PR]
by kikh | 2011-02-04 08:27 | うひょひょ!
 
わからない、ということ
 いつもいつも「わかる」「わからない」という感想が凄く多いのがパパ・タラフマラである。
 解釈も勝手にどんどん増殖する。けれど、「わからない」と感じた人たちはどんどん逃げていく。ああ、そうか、こうして客離れが起きるのだなあ、と思う。

 客離れは避けなければならないけれど、オレの性として、どうしても次何ができるかを自身で試したいという気持ちが非常に強く、どんどん変えてしまう。毎回、観に来てくれている観客の皆さんからは、さほど大きく変わったようには見えないとも言われるが、一方、2~3作抜けて再び見に来た方には変わったと言われ、10年ぶりに来た方にはまったく違うと言われるような作品になっていたりするそうだ。もちろん変化していない部分だって多い。根幹部分はそんなに変わるわけがないのであるから。けれど、自分自身の限界に挑戦しているような気持ちだけはまったくいつになっても変わっていない。

 「わからない」といわれると、いつも不思議な気分になる。「面白い」けれど「わからない」と感じる方が多いとも聞く。だが、よく考えてみることだ。「面白い」と感じられたなら、それはわかっているということなんだよ、と思う。わからないのは、それが何であるかを認識できない、できにくいということであって、でも、それが何かを認識できる事って、そんなに大切な事なの?違うんじゃないの?なぜなら、認識できないから面白さは増殖するんじゃないの?と思うからだ。「それは何か」を知ってしまったならば、疑問は残らない。だから、すぐに忘れてしまう。多くのハリウッド映画は派手で、観ているときは面白いけれど、終わった瞬間に忘れ去っている。疑問はなんにも残らない。わかりすぎるくらいわかる、と思いこんでしまうからだ。けれど、わからなくて面白いものは、これは大きすぎるくらい大きな宝である。僕にはそう思えるのである。解釈も自由だし、その解釈が正しいかどうか、それは人生をやっていく中で長い時間をかけて検証していくしかないかも知れないのである。

 世の中には「わからなくて」「つまらない」ものも多い。つまらないと感じたら、そこから先は何も起きて来ないが、面白いと感じたならば、それは大きな入り口になる。その人自身にとっての可能性への入り口だ。だから、「わからない」、そして「面白い」と感じることはとっても重要なんである。
 ただし、この「つまらない」も人生を経ていく中で、「面白い」に変わる可能性もある。それが生きることの楽しさでもある。だからこそ、「面白い」と感じ、「わからない」と思ったならば、それは素晴らしい体験であり、素晴らしい可能性を自分が獲得したと思うべきなんである。

 僕はそんなフウにして生きてきた。未だにピカソの画を観て、目は釘付けになる。頭は活性化し、グルグルと回り出す。顔はニッタリとほほえみ出す。わかるかどうかなんてどうでも良いのである。目が釘付けになるということは、自分の身体がすでに反応し、それが力に変わっているのである。人がここまでできるのか、と思えることはなんとも楽しい事じゃないか。

 僕くらいの年になってくると、周りはホントにおっさんばっかりになってしまっている。おっさんたちはますます頭が一方向にしか向かなくなってしまっている。だが、可能性の扉は本来は誰にでも開かれているのだ。自ら閉じるのではなく、自ら開こうとすれば、おっさん顔は輝き出すはずなんだ。
[PR]
by kikh | 2011-02-03 23:30 | 日々の記録


S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
関連リンク