★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
2005/1/20 バルパライソへ
 今日はバスに乗って、ひとり、バルパライソに行く。
 永利さんからは、在チリ日本大使館からの招待での食事会の話があったのだけれど、もう今日を逃すとどこにも行けないので、この役割を白井に代わってもらい、朝早くサンチャゴを出て、バルパライソに向かった。
 バルパライソである理由は、単にサンチャゴから近く、あまり観光地化されていない場所ということで選択したが、ただユネスコの世界遺産にも登録されている場所なのだとかで、それなりに美しいところであろうと想像はした。
 しかし、その想像は、いわゆる「美しさ」ではなく、貧困や地形的不備ゆえの「美しさ」となって現れているもので、通常の観光的な美しさを想像するとまったく違った印象を持つだろう、そんな風な美しい街であった。
 バルパライソはチリ最大の港町だという。しかし、平地が少ない。港があって、ほんのわずかばかりの平地があり、すぐに山というか、丘である。だから家々はほとんどその斜面の上に立っている。しかし、遠目にはきれいに見える家々だが、近寄ってみると、トタン屋根のバラック作りであったりして、崩れかけた家も少なくない。あるエリアでは、近寄ろうとすると、人々がわさわさと動きだし、入れることを拒むような動きをしていたりする。こりゃ、ヤバイってんで、すぐにそういう場所からは退散するが、この町全体に、親近感と拒絶感が入り交じったような感情を内包している、そんな感じを抱いた。
 どこの街にでもいる馬鹿者が街を闊歩している。彼らの開放的なこと。今の日本からは消えた風景だ。日本には酔っぱらいはいても馬鹿者が大手を振って歩ける自由はまったくなくなっている。こういう街に来るたびに、そう感じる。
 バルパライソはサンチャゴに次ぐ都会らしいのだが、都会という雰囲気ではなく、田舎町が大きくなった、そんな感じである。貧困も大きく影響しているのだろう。至るところに懐かしさが混じりあい、人々は開放的でありつつ、どこか排他的である。カメラを持って歩いていると、何人かに注意されたが、危険だという。必ず首に掛けて歩け。すぐにひったくりに遭うぞ、という仕草をする人たち。英語はまるっきり通じない。スペイン語しか通じない。しかしながら、一方でとっても人なつっこく、笑顔が豊かであった。
 と、町中を歩いていたら、街のど真ん中に完璧な廃墟が現れた。これには驚いた。ど真ん中である。外観はそうではなかったが、内部はまるで火事にでもあったかのようにすすけ、そこかしこに焼け焦げた木材が転がっている。これはたぶん火事にあって廃墟になったのではなく、廃墟化した後で、内側で何かを燃やしたのだと思われた。
 僕にはなんとなく、この廃墟化した空間が街を象徴しているように感じた。思い出の街。現在に生きてはいても、内側で何かを激しく燃やしつつも、次第に朽ちていく街のようなにおいが漂っている。世界遺産に登録された、というのも面白い。何でこんな街が世界遺産なのか、さっぱり理解できないけれど、朽ちる過程を感じさせる街、という意味では、確かに世界遺産かもしれない。

 写真を撮りまくって、楽しい時間を過ごし、サンチャゴには夜7時半に戻ってくる。夜とは言っても、こちらは夜9時過ぎまで明るいのだ。だから、まるで夜という感じはないのだけれど、地下鉄の終了時間が早い。夜10時半には終わってしまう。だから明るさが消えたと思ったらもう地下鉄の足はなく、あとはタクシーだけである。
 8時に劇場へ行く。昨日も見た劇場ではあったが、また、なんともだだっ広い間抜けな、ショーを行うような空間であった。入り口で待っていたら、誰も来ず、ここは南米だからなあ、なんて思っていたら、そうではなく、みんなもうとっくに入っていたのだとか。
 劇場を出て、ひとり、肉を食いに行く。肉はやっぱりアルゼンチンだよねえ、なんて思っていたら、このレストランの肉は最高に美味かった。昼飯は海産物の山盛りマリネで、これもいけていたけれど、ビーフ肉はめちゃくちゃ良かった。値段は確かに・・である。しかし、同じモノを日本で食したら3倍は取られると思うと、ここぞとばかりに食ってしまう。これでサラダを食い、ワインを飲み(このチリワインが最高だった)、おっと、ポテトがうまかったなあ、これで日本円で1700円くらいか、この程度の贅沢は許されるだろう。

 戻ってくると、事務所からメール。
 2月12日と13日のアフタートークの相手が決定したとか。12日は中沢新一さん。13日は港千尋さんである。中沢さんは僕は今の日本の最高の知性のひとりと思っている。本当に嬉しい。港さんは写真家であり、美術評論家?であるが、彼も本当にいい文章を書く。港さんに最後に会ったのはいつだったろうか?もう15年以上も前になるだろう。パリで会い、国立のジャズ喫茶であったなあ、と思い出す。
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# by kikh | 2005-01-21 08:59
 
いつの間にかエロ四姉妹形成
モントリオール公演も終わり、今日は昼からミーティング。来年、オタワのナショ
ナルアーツセンターで「Ship in a View」の上演を予定しているが、そのディレク
ターであるキャシーレビさんと話。彼女はパパ・タラフマラの稽古を1990年に見てい
るのだとか。パレードだったね、と実に良く覚えている。私はまったく忘れてしまっ
ている。ここでやれるかどうかの問題は、単にファンディングの問題であって、あと
障害は何もなさそう。キャシーはやる気満々であった。

 終わってすぐ、こちらの今回の主催元のUSINE C に行く。ディレクターのダニエル
とアシスタントディレクターのマークに会う。同じように来年の「Ship in a View」
の話である。ただ、同じくモントリオールでは別のオーガナイゼーションが「Ship
in a View」を行いたがっているので、ちょっと難しい。なぜなら、このUSINE C は
元ジャム工場で、すごく面白い空間であるのだが、その面白さは劇場として、「Ship
in a View」がやりやすいとはならないからだ。実に、この場所で新しい作品を立ち
上げる方に遙かに興味は移る。

 ふらふらと歩く。
 もちろんカメラ片手に、である。たまおが「おもちゃを持っている子供みたいです
ね」と言っていたけれど、まったく楽しい。子供だろうがなんだろうが、いいのであ
る。昨日は暖かく、1度か2度まで上がって、なんて暑いのだ、とまで感じるに至って
いたし、この1度か2度の気温で半袖で歩く人たちまで出始める、そんな環境にあっ
て、再び、今日は寒さが襲ってきた。それでも零下15度程度。これで寒いと感じる。
0度まで行けば、暖かいなんてもんじゃない。思えば15度の差は、20度が5度に下がっ
たようなもので、その差は極端に大きいのである。その寒さもなんのその、いつの間
にか、カメラ小僧になっている。まったくデジカメさまさまだ。金がかからないとい
うのは素晴らしい。もちろんかからない訳じゃないのだけれど、フィルムに比べると
格安で楽しめる。でももっともっと進化すると、どうなんだろう、やっぱりデジカメ
じゃなんて言っているのだろうか?技術の進歩が速いのだろうか?しかし、アナログ
のレコードと同じで、やっぱりアナログじゃないと味わいが出ない、と言う人たちは
消えてなくならないだろう。僕自身そうだ。アナログレコードは実に滋味深い。レ
コード針をレコードの落とすことが楽しい儀式なのである。まだ自宅には500枚の
アナログレコードが残っている。これを聞くのはたまにしかないのだけれど、それで
もたまに聞くとしみじみといいなあ、と感じてしまう。

 それから千日前青空ダンス倶楽部の面々、アンクリのと一緒に、ダンスを見に行
く。タンジェンという小さなNPOであるが、ケベック大学と結びつき、そしてアーカ
イブまで持っている組織である。さまざまなプログラムが組まれていて、興味深い。
千日前青空ダンス倶楽部のディレクターである大谷さんは、大阪でダンスボックスと
いう組織を運営している方でもあるので、強く興味を引かれていたようだった。大谷
さんはもともと北方舞踏派の出身らしいが、とても紳士的な雰囲気を漂わせた方であ
る。そもそもがこの千日前青空ダンス倶楽部は、このダンスボックス運営のスタッフ
たちに大谷さん(紅玉さん)が、何ができるだろうか、というので始めた舞踏集団?
であるらしいので、そのスタッフたちでもあるから、みんな興味津々であった。
 作品は、ううん、なんと言ったらいいか、というようなモノであったけれど、この
ディレクターはフランス人であるそうな。クレイジーなフランス人とはディレクター
の・・・さんの弁であるが、やっぱりケベックは、まさにフランスとの連携の深い州
であり、カナダはそうなんだと改めて認識し直した。言語の中心もフランス語なのだ
から。

 それから大谷さんたちと深夜1時過ぎまで飯を食い、飲んだ。実に楽しかった。昨
日はなぜか、ノイズムの連中と遅くまで飲み、いつの間にかエロ四姉妹が形成されて
いたけれど、なんとも楽しいツアーとなっている。思えば、こういう楽しさは単独の
ツアーではあり得ない楽しさである。
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# by kikh | 2005-01-14 00:00
 
見本市
寒い。
 こんな寒さは味わったことがない。気分は冷凍庫である。しびれるような寒さ。
しゃきっとする寒さ。どころではない。瞬く間に冷える。しんしんと冷える。あっと
いう間に凍り付く、そんな感じ。
 しかし、そんな街にも浮浪者たちがいる。周りにたくさんの犬をはべらせ、たぶん
犬で暖を取っている浮浪者もいる。考えられない。この、下手をすると零下40度近く
にもなるという街で、外で暮らす人がいるなどということが、だ。彼らは凍死しない
のだろうか?どうなっているのだろうか?何か、凍死しないうまい方法があるのだろ
うか?これに比べれば、東京の冬など甘いものだ。
 
 モントリオールはケベック州だが、まさにここはフランス語圏の州であることを実
感する。英語ができない人も結構いるらしい。オランダの方がはるかに英語は上手。
英語を話す人たちも、強いフランス語なまりがある。何でもフランス語圏の世界第二
の大都市らしい。第一位はパリである。レストランに入っても、英語メニューがない
などということも珍しくはない。だから、2週間くらい前に、三人姉妹の台詞をどう
するか、という話が出たとき、最初、カナダでしょ、だったら、英語の翻訳があれば
いいじゃない、と言ったところ、フランス語がなければダメだ、と言われたのだが、
それがどういうことか、実感する。
 ここケベックでは独立運動すら起きている。カナダは英語圏と思っている人たちが
多い中、ケベックはまるで違う。同一の国家の中で、ケベックはフランス語圏なの
だ。だから独立運動。

 今回の公演ツアーであるが、公演と言っても、モントリオール、サンチャゴともに
見本市出演である。とは言え、やっぱり公演を行う。22分くらいの作品を私たちも見
せることになる。今回、こちらで一緒になっているのは、Baticとか金森君のノイズ
ムとか、森山開次君とか、千日前青空ダンス倶楽部だとか、みんな若い。千日前の紅
玉さんは、私より上か。こちらは舞踏系である。サンチャゴではHアールカオスと上
島雪夫ダンスワークスが一緒になる。
 見ていると、本当にいろいろな作品があると感じる。そしてみんなうまい。そして
どこまで強烈なオリジナリティを感じさせるかが問われている。その強烈なオリジン
性をどうやって作り出すか、こそが、最も重要なのだと思っている。あとは世界観か
な。まだ若いうちは世界観は大した問題ではなかろう。極私的な作品でも全然構わな
い。それは時間が解決したり、時間によって淘汰されたりしていくと思われる。
 
 公演は満席の客席で、かつ、入りきらない人たちが入り口にたむろしているような
状態で始まった。反応はどれもいい。「三人姉妹」の三人エロ姉妹もまた、奇妙その
もので、面白い。
 終わってから、ロビーで軽く一杯。軽くのつもりが、次第に酔ってくる。
 いろいろな人と話をする。今回の主催元のUsine C は来年、パパを呼びたいそう
だ。来年の2月にアメリカ、カナダツアーを「百年」と「Ship in a View」で計画し
ているが、たぶん「Ship in a View」になりそうである。ここのアシスタントアー
ティスティックディレクターのマークは、ストレンジ&クレイジーを連発していた。
 終わってみると、なぜかノイズムのダンサーたちと仲良くなっている。彼らの中で
「日曜日・・」から始まるパートが受けていて、彼らはもう「水曜日まで作った」と
言っていた。
 なかなかに楽しい夜は更け、外に出てみると飯を食うところがない。結局、マック
へ行って、何人かで楽しい会話。暖かい。だんだん、今日は夜になるに連れて、暖か
くなった。氷点下ではないのではないだろうか。これは凄いことだ。夕方はびゅう
びゅうと寒かったのだ。
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# by kikh | 2005-01-12 00:00
 
モントリオールへ
ばたばたばたばたと日が過ぎていく。
 今日は私のメールマガジン発刊の日。
 同時にモントリオールへ向けて出発。
 カラダは一個なんだなあ、しかし、どうやって整理したものか。ますますもって本
を書く必要性に迫られている。書く時間がない。だから、メールマガジンの発刊でも
ある。要は自ら締め切りを作り出すため、でもある。締め切りがないとどうにも後回
しになる。暇がたっぷりとあるならいいが、ない場合は整理しても仕切れないとき
は、締め切りがあるものから順次、ということになる。
 
 大津波の死者数は16万人以上にもなるという。今後、ますます増え続けるだろ
う。しかし、天災はいつの世でもあったのである。天災を制御することは不可能だ。
それを可能にしようとすると歪みが生じる。ならば、制御ではなく、ともに生きる方
法を考えることだ。天災ばかりではない。病気も同じだろう。そのためにはカラダの
声を聞かなくてはならない。空の声を聞き、大地の声を聞き、身体の声を聞く。そう
いう意識がもっと芽生えねばなるまい。

 モントリオールに到着。寒い。氷点下15度の世界だ。
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# by kikh | 2005-01-10 00:39
 
三人姉妹
寒い一日。
 稽古場も寒かった。しかし、寒い稽古場というと、昔、どこかの小学校体育館で、
雪がしんしんと降り続き、どんどんと積もっていく時に行った稽古は凄かった。外と
変わらない温度だったから、ほぼ氷点下以下だろう。そして、稽古が終わったとき、
雪は足をずっぽりと埋めるまでになっていたのだった。
 こういうときは稽古をしても、稽古にならない。厚着をして稽古をする。しかし、
熱くもならない。ほんの少し熱くなって、汗でもかこうものなら最悪である。一気に
冷えが始まる。
 今日の稽古は、もちろんそんな極端な寒さではなく、ちょっと寒いなあ、程度では
あるのだけれど、やっぱり難しいのは汗と冷えである。僕は見ているだけだから、逆
に汗などはかかないけれど、動かないだけに足下から冷えてくる。

 51分の作品は、三人が疲れ切っていて、終盤部で一気に動きがダメになった。足
が痛いだの、腹が減っただの、膝が・・・だの、といろいろと言っていたけれど、
やっぱり、どうしたらそこまで保つのか、そういう頭脳と力を身につけなくてはなら
ないだろう。結局、頭で処理しなければ、同じ事ばかり繰り返されることになる。
 終わってから問題の理由を言うのは簡単である。しかし、なぜ、それを始まる前に
対処できないのか?もちろん分からないこともあるだろうが、分かることもあるはず
である。
 とは言え、帰国後に、さらに面白いものになっていくだろうことは間違いない。そ
れでなくとも、なんじゃこりゃの三人姉妹になっているのだから。それにしても、舞
台芸術である。ダンスや演劇ではない。オペラでもない。いや、どれでもある。そし
て軽演劇であり、大衆演劇でもある。馬鹿馬鹿しいことこの上なく、そしてエロ
ティックで崇高である。

 年賀はがきを今年も多く頂いた。しかし、ほとんど返信らしい返信ができずに、心
苦しく思っている。とは言え、見る楽しみもある。毎年、毎年、感心するのは葛西薫
さんの年賀はがきだ。丁寧に手書きで、文章も住所も、である。そして当然とも言え
るように、絵柄まで自分自身で製作しているのだろう。こんな時間があるのだろう
か?と感心する。

 終わってから、筑波大学の西澤晴美ちゃんと話をする。いや、インタビューされ
る。彼女は私のつくばでのワークショップに毎年出ているのだけれど、同時に今では
パパ・タラフマラ研究家である。そのうちにパパ・タラフマラの本を出したいのだと
か。パパ・タラフマラは今のままでは、誰も研究して本を出す人がいない、何十年後
かには、下手をすると埋もれてしまう可能性がある。それは舞台芸術界の損失であ
る。だから、出したいとは当人の弁。嬉しいねえ。俺も本を出そうと思っている。
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# by kikh | 2005-01-08 00:00
 
今年もよろしくお願いします。
新年おめでとうございます。
 
 さて、昨日の大晦日。いや、年が明けての富岡八幡宮。2時半頃にふらふらと出掛
けていって、お参りをする。お参りなんて習慣、ほとんどなかったのであるが、そう
言えば、昨年も今年もお参りに富岡八幡宮に行ったのである。なぜなら歩いて行ける
距離だから、そしてその距離が手頃であるから、なんだけれども、しかし、今年はな
ぜか、気が引き締まっている。いつもならどうせお参りなんてしても、同じだよ。手
を合わせたって、いったい何のメリットがあるのよ、まやかしだよ。馬鹿馬鹿しいと
思いつつ、手を合わせていたのだったけれど、なぜか素直になっていたのである。
 眠くてふらふらなのだけれど、今年は「百年の孤独」がある。その前には「三人姉
妹」があるのだけれど、「百年の孤独」がある、というのはともかく大きい。なぜな
ら私にとっては「百年」は最もやりたかった作品であるからだ。
 でも敬虔な気持ちになっているのは、何もそんな事ばかりからではない。では何だ
ろう。次第次第に自分一人だけで生きているのではない、と実感するようになってき
たからかもしれない。俺は俺の力で切り開くのだ、俺に力があれば、それで何とかな
るのだ、という気持ちが強かったのであるが、それだけじゃダメなんじゃないか、そ
れだけではその力が倍加することはないのではないか、と何とはなしに思い始めてい
るのである。同じ力ならば、その力を活かす方向で考えた方がいい、そうじゃないと
もったいないなあ、と思うのである。こんなこと、分かっている人はとうの昔に分
かっているのだろう。しかし、私には分からなかった。
 先日の稽古の時、「そんなんじゃダメなんだ」と強くダメ出しをし、「話にならな
い」とまで思ってしまい、そう口にしたことを、改めてマズイのは、こりゃあ俺じゃ
ないか、と思い直して皆に謝ったのだったが、しかしねえ、そのあと、白井から、
「小池さんは俺が世界だ、と言っていて欲しいのですよ」なんて言われてしまったの
だった。「俺が言っていることが常に正しくて、だからそれに従え、と言っていても
らう方が気持ちいい」とまで。
 ということは、こういう風にずっと見られてきた、ということである。まあ、全体
がうまくいっている時はそれでもいい。でも、常にいいとは限らない。そのとき、ど
うするか?やっぱり人の助けが必要になる。しかし、思えば、私が言われ続けてきた
のは、「小池さんには助けなんていらないでしょ」というものだった。助けなくたっ
て、小池さんは強いもの、とか。助ける必要なんてない、とか。
 強いか弱いか、と聞かれれば、周りを見ている限りに於いては、強いだろうと断言
できる。しかし、強さなんてわからんのだよ、と言いたいのである。今はやっぱり、
何のかんの言っても、どこかしら守られているのだよ。守られた中での強さなんて、
所詮、たかがしれた強さでしかない。昨年、起きた病気疑い事件が物語っていたね
え。一気に気弱になる。まあ、回復も早いのだけれど。
 お参りをして、やっぱり何となく、他人の幸福を願う気持ちが出てきていることに
驚いたのだ。自分すらままならないのに他人の幸福なんて願えるはずがないだろう、
と思い続けてきた。しかし、そうじゃないのだ、と何となく、感じたのである。境内
にいる人たちの笑顔を見てそう思った。やはり新年は明るいのだ。常にみんな明るさ
を求め、幸福を求めているのだ。そして神社の境内に集まってくる。お参りをする。
お参りに求めるのは、自分自身の事が多いだろうけれど、それは他者の幸福の上で初
めて成り立つものかもしれないなんて思ったのだった。

 にんじんとリンゴのジュースというのを飲み始めて半年以上が経過する。結果はい
いこと尽くめである。白斑が消えつつある。皮膚の一部の色素が抜けてしまう病気
(?)だが、これがなくなってきた。カラダは軽い。腹が空く、という状態をしばら
くぶりに味わった。
 ともかくいいこと尽くめ。

 さて、今年、楽しく送りたいなあ、と改めて思う。つまらないことでガタガタ、グ
チャグチャやっているのは阿呆らしいので。

 ともかく、今年もよろしくお願いします。
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# by kikh | 2005-01-01 00:00


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