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★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
3/8 コルカタ4日目 デリーへ
しばらくぶりに朝から少々活動してみる。コルカタへ着いて以来、昼頃になってやっとホテルから出るという生活が続いていた。だが、今日は最後のコルカタである。何でもフェスをやっているとかで、ガンガーの岸辺へ行けば、いろいろとマーケットが並んでいるらしい。でも、そういうのには興味がないので、ただ、ブラブラと歩いて過ごす。
初めて、カフェらしいカフェを発見し、入る。珈琲が今まで飲んだどの珈琲ショップの珈琲よりも美味かった。「百年」のことを考えて、続きを書こうとしているが、なかなか書けない。何かもうひとつ必要なのだ。
カフェから出て、ホテルに戻り、パッキングをして、もう一度、歩く。ムンバイから来たという少年に声をかけられる。初めてと言っていいくらい裏のありそうなインド人ではないヤツに声をかけられたという感じであった。
話しているのが、楽しくて仕方ないらしく、しばしば英語は何を言っているか分らなかったし、僕が話している内容もかなり曖昧にしか理解できていなかっただろう。でも、嬉しい嬉しいと繰り返す。おごるから一杯チャイを飲みに行かないか?と聞いてくる。まさか、またかよ、と思ったけれど、あまりに素直な目で言うので、付いていくと、そのレストランには今朝、家族で入った、いいレストランだろうと自慢気。でも別にどうというレストランではない。クーラーも付いていないから、扇風機が熱気をかき回しているだけのレストランである。両親に四人兄弟で旅行している、兄貴はムンバイのボリウッドでエンジニアをやっている。周りには映画スターたちがたくさんいる、と楽しそう。と、隣りでまた、声をかけてくるインディアンがいた。彼は渋谷のインディアンレストランで働いていたのだという。彼の兄は日本人女性と結婚し、松戸に住んでいるのだとか。日本語もまあまあできる。英語はかなり流ちょうである。彼もまた、珍しく(いや、本当は珍しくはないのだろうが)、腹の立たないインド人であった。なんせホテルのフロントでさえ、挨拶ひとつしないし、物を買えば、投げて寄こすし、釣りも同じ。黙っていると自分のものにしようとする。ハッパ、ハッパは朝っぱらから言われ続け、嘘を付くのは当たり前、ろくなヤツいねえなあ、と思い続けたインドであったから、珍しくきちんとした人間たちに合って、気持ちよくなった。渋谷にいた青年に年齢を聞かれ、正直に答えると目を丸くしている。ええ、どう見ても30にしか見えない。いや、本当だよ。と言うと、そうだね、日本人は嘘を付かないからね、と言う。インド人とはまったく違う、と。
少年は確かに自分で払った。20歳の青年であったから、まあ、俺が払っても良かったが、彼が言い出したのだから、彼が払うべきなのである。だが、きちんと実行するとは思わなかった。そして、その後も少しは一緒にいたけれど、別れ際もとても素直で素敵だった。ああ、こういうヤツもいるんだなあ、と最後になってなんとなくいい気分にはさせてもらった。その場その場で嘘八百を並べ立て、ともかく今が良ければってんで生活をするのがインド人だとするならば、(もちろんよく分らないが)ガンガーで身を清めよう、俗世から大きく隔たって生きていきたいと思う人間が多数出ても、おかしくはないと感じてしまう。当然、インド人の中にもこういう世俗にまみれた生き方に拒否反応を持つ人たちは多いのだろう。

インド人にカメラを向けるとはっきりと二つの反応を示す。これは明確である。半端がいない。撮れ、撮ってくれ、と強烈に主張するヤツと、撮るな、絶対に撮るな、と言うヤツである。これほど明確な反応はなかなかしてくるものではない。この明瞭さは、そのまま、彼らの生活そのものとなって表われてくる。腹に一物あるヤツは、そういう顔をしているし、すべては明確に表に出てしまう。

コルカタは面白かったか?ううむ。刺激は少なかった。それまでが多すぎたということだろう。しかし、ゆえに目的にかなった旅になりつつある。ただ、そうは言っても、あと10年したら、絶対にこういう旅はできないと思う。今が最後かもなあ、と強く感じながら、歩いている。
思えば、毎日、毎日、何人から手を出されたことか。子供やその母親や、目の潰れたジイサンや、横たわるだけになって、もはや死ぬのを待っているだけの人やら、いったい何人から施しを求められたのか。一日あたり100人は下るまい。最初は、痛んでいた気持ちも次第に慣れっこになっていくのを感じていた。慣れてはいけないと思いつつも慣れていく。しかし、今日はそのひとりの物乞いの子供を抱き上げている西洋人の男を見た。その男を見つつ、この西洋人は何でこういうことをするのだろうと思っている自分がいるのを感じた。それは、結局は政治、社会のシステムを変えようとする努力からしか、物事はなんら変化していかないということである。インドの物乞いに同情することはできる。しかし、同情はなんの解決方法も産み出さない。

ハウラー駅に行く。あの混沌をカメラに収める。
そしてハウラー駅16:15発のRAJDHANI Express と言う、インドを代表する深夜特急寝台列車にて、デリーまで行く予定である。
乗ってみると、これは食事も軽食もお菓子もジュースもすべて含まれているらしく、なかなか快適である。ましてや僕のボックスはふたりなのであるが、私ひとりだけしかデリーまで乗っていないらしい。これはいい。二段ベッド状態のところ、下を書斎化し、上を寝室とすればいいのだから。

インドではミルクたっぷりの紅茶、チャイを飲む、と言う言い方は間違いだろう。ミルクで紅茶を入れると言った方が正しい。最初から砂糖も入っているので、甘いミルクティだ。こんな紅茶を飲みたいとすら思わないのだが、ここで飲んでいると実に美味く感じる。食は文化だとつくづく思うのである。たまにはショウガ入りのチャイもあって、これはこれですっきりと感じられてよろしい。今、列車内で至急される紅茶でさえうまく感じるのだから不思議なものだ。僕は紅茶はそもそも好きではないのだ。でも思えば、イギリスでは紅茶がうまい。あれは、僕は水だろうと思っていた。しかし、ここはインドである。そうか、だからミルクティなのか、甘さたっぷりのミルクティ。甘さたっぷりというのは熱帯地方へ行くとどこでも甘さたっぷりで、何もインドだけに限ったことではない。砂糖消費によって暑さに対処しているということなんだろう。生理的にも暑いところで、甘い物は美味く感じられる。

ともかく、後は明日午前10時にデリー着の予定だ。
by kikh | 2005-03-11 08:49
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