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★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
3/9 デリー
朝10時15分、デリー駅着。

なんとも、慣れたものだと思う。相変わらず、駅に着くと、人々が押寄せてくる。列車を降りる前からどかどかとポーターが乗り込んできて、荷物を運ぼうとする。いらねえ、いらねえと言うが、それでも持とうとするやつまでいる。そういうときは知らんぷりすることだ。でも、次第に余裕が出てきたせいか、こやつらの必死さを微笑ましく思えるようになってくるから面白い。
駅を出ると相変わらず、嘘八百並べ立てる客引きがいる。デリー観光局はどこだ?あっちだ、と指さすのはどう見ても観光局がありそうなところではない。なんとなく分るようになってくる。ええ?こんなところにゃあ、ないだろう、って。こうして知らない人々はいろいろと引っかかることになる。まず、インドでは人を信用するな。おっと、人と言ってはいけない。向こうから自分に近寄ってくるヤツは信用するなと言った方が正しい。うまいことをいろいろ言うが、ほとんどは嘘だ。おお、嘘付くんじゃないよ、エッ!駅にないのかよ、おい、おっさん、と言っても、それでも離れず、勝手に歩いていくと、付いてきて、そこだよそこ、と指さす。おお、やっぱり駅にあったじゃねえか、と笑顔でそのおっさんに親指を立てる。

駅を本当に出て、歩き出すと今度は、オートリキシャ、リキシャのかけ声が次から次へと、である。こやつら、相場の4倍近い値段を言ってくる。俺も慣れたなあとつくづく思う。せいぜい15ルピーだろう、とリキシャをからかう。それでもたまにやられるのだ。たとえば、リキシャ。
メインバザールの安宿にチェックインし、一時間ほど休憩して、すぐに歩き出す。明日は帰るのだから、せっかくのデリー、観光でもしようか、と観光。もう一度、ニューデリー駅に出て、リキシャに頼む。レッドフォートまで。15ルピーでいいか?OK、じゃあ、行ってくれ。と、途中で降ろされる。ここまでしか、リキシャは入れない。あのコーナーを曲がったところにあるから、と。そうか、じゃあ15ルピー。で、降りてみると影も形もない。騙されたと思ったが後の祭り。そうすると次々と、今度は親切な人たちがやって来て、ここからならばオートリキシャで行け、あそこまでだと20ルピーもあれば行くだろう、それ以上はいらないよ、と。確かにその通りだった。どうもそれでも疑いやすくなっている自分を発見する。

レッドフォートは後にして、ジャマルマスジットというイスラム寺院に行く。失敗したのはカメラをぶら下げていったことだ。カメラが見つかって、160ルピーもとられる。相変わらず、インド政府のやっていることは分らない。外国人価格である。インド人の32倍である。カメラは隠して入れば、ずっと安くなる。これも分らない。そう言えば、バラーナスィでの、火葬風景は撮影してはいけないと言われた。しかしながら、金さえ払えば可能だという。なんという信仰だろう。金ですべては解決すると言うのはどういうことだ。火葬風景を撮影してはいけないというのは、本来は信仰上の理由なのではないか?それが金で撮影可能になる。それも多額だった。インドはやっぱり金と身分が神様なのだ。

レッドフォートという有名な城に行く。城の中に入る。と、ずらりと並んでいるのは、夥しい数の土産物屋である。城の外ではない。城の中である。これには驚いた。門の前には学校の教師だという女性がインド国旗を私の胸に付けようとする。そしてインドの恵まれない生徒たちのために、と言って、金を取ろうとする。それはいい。だが、働きかけるべきは政府だろう。外国人から金をせびりとっても根本的な対処にはならない。だから、政府に言え、もっと言え、と言う。そう言えば、朝、デリー駅前でも同じような目にあった。政府だ、政府。外国人から高い金をせびり取って、それでIT産業のインドだと言っているのは、ちゃんちゃらおかしい。とは言え、10億人を突破しているインドである。一人あたりの所得額が日本の8分の1にでもなれば、国としては超大国になっていく。インドや中国の怖さはその人口の絶対量にある。

相変わらず、すさまじい人。横道にずれて、屋台のチャイ屋で一杯のチャイを飲む。これがうまい。最高にうまい。4ルピーの至福である。そうすると子供が寄ってくる。カメラを見て、撮ってくれと言っている。撮ってやると本当にうれしそうである。なんでインド人はこんなに写真に撮られたがるのだろう。不思議で仕方がない。撮られることが嬉しいのだ。撮られても見れないと詰まらないのではないかと思うのだが、そうでもない。撮られることが嬉しい。それはやっぱり自分自身の存在を認めてもらえた証として捉えるのかもしれない。写真に撮られるということは、写真の中に自分が残り、それは人の心に残るということでもある。だから嬉しいのかもしれない。

街をぶらついて、レッドフォートからデリー門までリキシャに乗る。最初に5ルピーで行けるか?乗れ乗れと合図を送ってくる。でも英語がわからなさそうなので、5ルピーと繰り返す。OK乗れ、と合図。して、デリー門で一悶着あった。20ルピー払え、と言う。いやはや、お前さあ、5ルピーでOKと言ったじゃないか、と言うが、こいつ、周りのリキシャ連中に応援を頼む。ノーノー、なんと言われてもお前は、5ルピーと言ったんだ?ダメだ、20ルピーだ。と、周りのリキシャ連中も20ルピー払え、と言ってくる。人が押寄せてくる。しかし、こちらも意地である。彼、悲しそうな顔で、周りのリキシャ連中に話している。たぶんレッドフォートからデリー門までだぜ。5ルピーはないだろう、とでも言っていたのだろう。だから、分かった、じゃあ、中庸だ。10ルピー払う、と押しつけるようにして、その場を離れる。何か言ってくるかと思ったが、何も言ってこなかった。でも確かに5ルピーでは安すぎる距離だったかもしれない。

インド舞踊を見る。いくつかの演目を、たぶん観光客向けにやっているものだ。200ルピーもしたから、絶対にそうである。ガイドブックにはレベルが高いと書いてあったが、そりゃ嘘だろう、というレベル。しかし、面白かった。と言うのは、インド舞踊にはさまざまなスタイルがあって、イスラム的な舞踊もとても多いということが大きな発見だった。イスラム人口は8.5パーセント程度だというが、8.5パーセントと言ったら9千万人もいるのである。手と指の動きはアジア系のものであるが、動きの激しさや回転し続ける舞踊などはかなりイラン的である。中央アジアの舞踊に近いのもある。グルジアやアルメニアを想起させるような動きもある。そういう発見があって面白かった。

コンノートプレイスへ行く。なぜなら初日、コンノートプレイスへ行ったはいいが、さっぱり分からないまま、アーグラーへと旅立った、その因縁の場所であるからだ。そうか、こんな場所か。とすると、あのタクシー運転手は別の場所に連れて行ったに違いなかった。インドに来たことがないと見て、ジャンパト通りと言ったにもかかわらず、あの男はジャンパト通りには来なかった、ということも改めて判明した。くそっ!と舌打ちする。だが、もうインドは大丈夫だ。たぶんインドが大丈夫ということはたいてい大丈夫かもしれないと思う。この嘘つき連中を見て、こういうヤツらがここまで好き勝手に嘘を付くのだ、と言うことも十分に学ばせて貰った。そうだ、こういうことさえ分かっていれば、インドは確かに住める、というのも分からなくはない。うるさいヤツらの対処方法も十分に学ばせて貰った。
スターバックスみたいなカフェに入る。
パソコンを開いているインド人がいた。カフェでパソコンを開くのは初めて見た。IT産業のインドだ。パソコンくらい開いていてもおかしくはない。しかし、インドでパソコンを開くのは勇気がいる。なんせ、いつ何時、盗まれるか、はらはらどきどきなんである。

夜9時。メインバザールに戻ってきて、インド映画を見ようかどうか、思案する。本当に金をたいして持たない労働者たちが映画館で次の上映が始まるのを待っている。ひとりとして金持ちそうな人間はいない。9時半に始まって12時に終わるという。12時!ダメだと諦める。だがインド映画をインドで見たかったなあ。

メインバザールをブラブラ。ラッシー屋でバナナラッシーを飲む。これが、びっくりするほど美味かった。こんな美味いラッシーを今まで飲んだことがない。

それから帰ホテル。「百年」ううむ。何かもう一つ欲しい。その手がかりがなかなか掴めない。

明日の夜の便に乗って、成田である。早いようで、やっぱり大変長かったとも言えるなあ。
by kikh | 2005-03-11 08:50 | 日々の記録
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