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★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
12/25 クリスマスの日
ネットで調べものをしていて、何かの拍子に「HOG/百年の孤独」の批評をしている人のサイトに入ってしまった。
こういうのはヤベエと思ってすぐに抜け出す。なぜなら、結構、不愉快なことを書く人が多いからだが、時間があることもあって、読んでしまった。
なんでもその人は30歳のアーティストであるらしい。
30歳のアーティストが、「新しいことは意識して作り出すのではない、ということだけ言っておきたい」などと偉そうなことを言っている。まあ、あと10年やってから言いな、なんである。30だよ。まだ、大したことをやってないじゃないか、分かったようなこと言うんじゃない。そういう断定こそが衰退の始まりということを忘れない方がいい。

若いから生意気であるのは許そう。そして生意気でないと若いとは言えまい。しかし、若くして「意識して作りだそう」という気概もなく、なにがアーティストか。人の批判をするのだけは得意なアーティスト、あるいは批評家にはなって欲しくないのである。あるいは人の言葉を丸飲みにする人にもなって欲しくはない。そういう輩がなんとも多い。自分の好みと好みじゃないものでしか判断ができない、そして自分の好みの文脈でしかモノを見ることができない人たちが何でこの国にはこんなに育ってしまったのだろう、と思う。
ともかく、内向きだ。内向きでしか判断がきかない。そしてそれこそがトレンドである。トレンドだから、仕方がない。だが、それでいて、今の岡本太郎ブーム。岡本太郎が言っていることは、正反対である。しかし、太郎は権威となったから許せるのだと思う。

すべては意識するところからしかはじまらない。
「HOG/百年の孤独」の何が新しいか分からない、という人もいるだろう。それは、そうだ。わかりやすい要素が入っているし、新しいかどうかはどうでもいいからだ。しかし、僕自身の中では新しい。なぜなら、「百年の孤独」を舞台に載せることは到底不可能だったからだ。不可能で、それを可能とするためには、絶対に新しい言語が必要だったのである。嘘だと思うならやってみればいい。絶対に出来ない。絶対に不可能だ。面白く見せられるなら、見せてみろ。無理だよ。

こういうことを、実に経験値の浅い人たちが、いかにもモノを知った風に言うのは、僕にはとても不愉快だ。やってみな。君にしかできないことをやってみな。権威から外れて、トレンドからも外れてやってみなはれ。
おい、若い君よ。と、肩を押してあげたい。


以下は山口情報芸術センターで公演した際の「HOG/百年の孤独」に寄せてくれた作家の天童荒太さんの文章だ。
天童さんとは東京での公演後に会って話をしたが、とっても素直なクリアーな言葉が返ってきて、実に楽しかった。だが、意識がすっきりと素直でないと、以下のような見方もできない。できるはずがない。なぜなら最初に知識ありき、という人では無理だからだ。


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幸福の共有 ?パパ・タラフマラ公演に寄せて? 天童荒太


価値観を拡げる幸福

山口へ飛んで行きたい。パパ・タラフマラが、山口に滞在して作品を創造し、その地で世界に先駆けて発表すると聞いたからだ。
人にとっての幸福は、様々な考え方がある。多くの人と心を通わせ、互いにつながりを感じ合って生きること。他人の痛みに注意深くなり、離れた人々の悲しみにも心を添わせて生きられる自分に成長すること…。そして、小さな島国の、さらに小さな町や村で育てた価値観を、いろいろな体験で拡げたり、ひっくり返したりして、内面の景色を豊かなものにしてゆくことも、幸せのひとつだと思う。
パパ・タラフマラの舞台を観ると、自分のこわばりかけた価値観を、拡げられ、ゆるめられ、もっと伸びることを教えてもらえる。


混沌から立ちのぼる美

たとえば、今年発表された「三人姉妹」は、人間の愚かさ、いとおしさ、環境に左右される人の怖さと滑稽さ、けれど根っこに持っている性の躍動、生命力の力強さを、優美かつ激しい踊りと、選び抜かれた言葉と音楽、想像力を刺激する空間表現とで、伝えてくれた。観終わって、日常の暮しへ戻る帰り道、高揚する想いのなか、風景までが違って見えた。
知らない方々に、じゃあパパ・タラフマラって何と尋ねられたら、ダンスと言い、演劇的と言い、練られた言葉が飛び交う詩だと言い、音楽の芸術性が高く、美術や衣裳も鮮やかな色彩と卓越した造形力で楽しませてくれ、声楽もあり、笑いもあり、人間にとって大切な性が描かれ、なおかつ上品、なおかつ猥雑、この世界と、そのなかで懸命に生きる人々の姿まで、確かな目でとらえられている…と伝えたい。何もかもだ、と戸惑われるかもしれない。そう、本当に何もかもが入っていて、それが美しさに昇華されている。だから、こちらの価値観の幅も伸びてゆく。


瞬間に立ち会う奇跡

今回は、ガルシア・マルケスの小説「百年の孤独」を題材に表現されるという。紙に書かれた文字が、空間に起こされ、どんな世界が目の前で展開されていくのか、歓びの期待に緊張さえする。テレビや映画は、ビデオやDVDでも見え、本もいつでも読めるが、舞台だけはその日そのときに観るしかない。 かつて寺山修司という天才がやはり「百年の孤独」を題材に東京の外れで舞台を上演し、当時学生だったわたしは、なけなしの金をはたいて、雨のそぼ降る寒い埠頭へ観にいった。絢爛豪華な人間博覧会のごとき豊穣なる空間表現は、こちらの幼い価値観を砕いてくれる夢か幻のごとき舞台だったが、それを観ることのできた幸福な人間の数は限られ、そして二度と観ることはかなわない…。

幸福を得るには、時間と場所と心身の状態がタイミングよく合うという奇跡が、ときに必要ではある。だから12月、会場に来られるチャンスがあるなら、どうか逃されないようにと思う。せっかくの幸福を、できれば多くの人と共有したいため、親友の背中を押すような想いで、勧めたい。
ああ、山口へ飛んで行きたい。
by kikh | 2005-12-26 00:30 | アート
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