朝、起きて、いろいろと準備し、歩き出そうにも、ここがどこか分からない。ともかくコンノートプレイス(中心地)に行くことにする。ホテルのレセプションではコンノートまでならトゥクトゥクバイクで、70ルピーだという。いや、違う。そんなに高いはずがないだろう。まったくメチャクチャだ。だって、昨日の、あのバイクはコンノートから、パハルガンジへ行き、そしてここまでで30だったんだぜ。おかしいじゃないか。インド人だから仕方がない。実際は40かかった。
さて、さて、いやあ、危うかった。
午前中に、いろいろと回る。どうもデリーは危険な状況らしい。ストライキから発展して暴動になり、死者がそこかしこで出ているらしい。おまけに今、テング熱でデリー市内で300人くらいの死者が出ているのだとか。もう一刻も早くデリーを出なくては、と思っているが、さて、どうしたものか。だが、パハルガンジにあるニューデリー駅には行くな、と多くの人たちに止められる。相当ヤバイらしい。
何を思ったか、急にレーに行きたくなった。インド北部である。カシュミール・ラダック州であるから、もうヒマラヤである。高山病が危険らしい。なんでも3500メートルくらいの標高なんだとか。ところが調べてみると、レーには行けても、もうシーズンが終了し、相当寒くなっていると言う。服を買うのもばからしいが、ホテルもやっているところが9月15日以降はほとんどないのだとか。航空会社に行ってみるが、朝5時のフライトだといわれる。いやはや、さて、どうしたものか。考えあぐねる。重い荷物を持ったままフラフラする。南に行ってしまおうか、それとも北に行こうか?レーと思っていたので、やっぱり北にしようと、旅行代理店に行ってみる。ええ?シリナガル行きならば、意外にやすいではないか?これなら何とでもなるさ、と思ったのが運の尽き。やっぱり裏があった。
インドに来ると、人間はどこまで人を信用することができるのか?ということが試される。信用すると、必ずここでは裏切られる。必ずだ。何か裏がある。しかし、国家や権力が加わってくると、非常に難しいことになる。権力に近い人はそうだし、権力から遠くても外国人と見れば簡単な外貨稼ぎとしか見ない、そういう連中が本当に多い。
さて、デリーからカシュミール地方のシュリナガルへと1時間15分のフライトでやってきて、驚いたのは空港。空港のあらゆる建物は迷彩色に彩られ、ずらりと軍人が鉄砲をぶら下げ、至る所、軍人だらけである。これは驚いた。カシュミールはパキスタンとの紛争地帯で、まだ危険性があるとガイドブックには書いてあったが、エージェントのオッサンは今は安全だと言っていたではないか、だからインド人、信用できない、なんだな。
そこから昔、英国人が作ったという(家を持つ許可が下りなかったため)ハウスボート、すなわち湖に船を浮かべ、それを家とした、そういう家ホテルに行く。
ここでまた、一騒動。
なんでもここのオーナーは、大変な権力を持っている男らしい。当然、その権力は代々受け継がれてきたものだ。最初はそういうことは知らない。そこで、到着するや、その男に、これから数日、どうするんだ、と聞かれ、ブラブラしてる、と答えると、俺はアイデアを提示するだけだから、そのアイデアを受け入れるかどうかは貴方次第だ、と言ってきた。ほら来た、再び、だ。何日までインドにいるのだ、から始まり、ではこれからそれまでのプランを建てよう、いえいえ、大きなお世話だ、とは言えないから、それは俺がやるからいい、勝手にする、というと、まあ、聞いてくれ、プランだ、と言って次々とプランを建てていく。まあ、これが彼の商売だ。その商売を聞いた後で、分かったけど、俺が自分でやる、というと、ここはカシュミールだ、と言い出す。俺はゲストを安全に送る必要がある。いや、俺はレーにバスで行くからいい。レー行きはもう終わった。9月15日ですべてお仕舞いになる。それから後は休眠だ。他にもバスはあるだろう。シームラー行きならあるが、あそこはパキスタンとの国境地帯で、危険だから、止めるべきだ。一番いいのはジープに乗ってダラムシャーまで行くことだ。じゃあ、ジープ代はいくらだ、と聞けば、350US$だという。350??なに?42000円じゃないか?そんな金はない、というと、しつこく押し問答をしていて、俺は怒った。いい加減にしろ!俺は自分で探すから、もういい!と。
とは言え、さほど簡単ではないことは分かっていた。なぜか。ここはちょいと中心から離れていて、確かにいいボートハウスではあるが、地の利が悪いのと、どうも全体に物騒な雰囲気が醸し出されているからだ。
さて、それからどうなったか。その男は俺はカシュミールだ、と言う。カシュミールが俺だ、と。俺がどれだけ権力を持っているか知っているか?おまえを刑務所にぶち込むことなどたいしたことではない。と、札束を取り出し、これでいくらでも警察は俺のいいなりになるのだ、そして警察に電話し出した。その隙に、彼のサーバントだと自分で名乗っている男が、そっと耳打ちしてくる。こちらへ来い。あのね、彼は本当に権力を持っている、だから少し穏やかに、少しずつなだめるようにやらないとヤバイ事態になってしまう、前に逆らったのは10ヶ月、牢屋行きだった。と、真摯に、これは見るからに真摯に訴えてくる。
僕も、事態は何となく飲み込め、これもインドだ、と思うことにした。命あっての物種である。だから、ある程度は言うことを聞くことにした。ここは確かに日本ではない。ここまで案内してくれたドライバーは、軍人たちの多くと知り合いらしく、ヤバイ感じだった。そうなのだ。彼は、カシュミール人とインド人は違う。全然違う、と言う。インド人は嘘を付くが、カシュミール人は嘘付かない、と。しかし、その嘘を付かないカシュミール人が、自分が気に入らないからと、札束で牢獄に放り込むなんて、ヒドイなんてもんじゃないだろう。都合いいところで嘘を付かない、と決めているだけではないか。まあ、それが世界というものだし、それが外交というものでもある。屁のような外交だとは思うけれど。だから、金を惜しんで、やばいことにならないようにはした。逃げ道がないのだ。ここでは。実に卑怯な男で、この環境にあっては、対応しようがないことを知っている。そして、金を作る算段をする。
それを見ていたサーバント。(こいつがまた、気持ち悪い男で、こういうヤツはたいてい、強い者に弱く、弱い者に強いんである。)後で、本当に良かった。あの人の言っていた、俺はカシュミールだ、というのはあながち誇張ではなくて、圧倒的な権力を持っている、と。
それを聞いて、ますます腹が立った。なんだ、単なる権力を傘に着た、パキスタン嫌い、インド嫌いの、独立したがっているカシュミール人に過ぎないのだ、と。しかし、これが厄介なのだが、たいていは誰もが自分が言っていることの矛盾点になど気付かないまま、ときは過ぎ去っていくのである。