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★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
2/6 アンティグア
 空港に着いたのは5時20分。
 シアトルタコマとロサンゼルスの空港を経て、グアテマラの玄関口、ラ・アウロラ空港に着くと、あまりの経済ギャップを感じてしまう。シアトルタコマの一地方都市空港の方が、ラ・アウロラ空港より、1000倍も10000倍も良く感じる。唖然だ。
 アメリカはやっぱりエアーフライトの国だ。空港自体、日本とは比較にならないほど整備されていて、アジアのハブ空港と言いたがるシンガポールのチャンギ空港あたりと比べても、アメリカ地方都市空港の方が格上で素晴らしかったりする。

 だから、ラ・アウロラのマイナスの壮絶さが分かるというものだ。
 空港で英語が通じない。イミグレーション表記もスペイン語しか出ていない。インフォメーションセンターがない。地図を手に入れようにも、なかなか手に入らず、やっとのことボロボロの地図を、空港職員から偉そうにフリーだ!とか言われながらもらい、両替しなくては、と両替所を探すが、開いてない。両替所ばかりではない。全部、店も閉まっている。と言ってもよく見れば、すべてアメリカ系のレンタカー会社の店ばかりである。それ以外は何もない。時間を潰そうと椅子を探すが椅子もない。本当になんにもない。人もいない。僕が乗ってきたUA807の乗客が全員、外に出てしまうと、ガランとした空洞ばかりが残って、あとはなんにもないのだ。

 ないない尽くしで、やっと6時20分になって両替所が開いたので両替し、外に出る。タクシー案内のオッサンたちがたむろしているが、バスに乗りたくても案内が出ていないので、分からない。インフォメーションと言っても通じないので、調べてINGUATのスペイン語を用いるが、やっぱりないと言われる。ただ、案内人だというたどたどしい英語を喋る女の子を身振りで紹介される。なんとか英語の通じる程度の若い女の子がここではインフォメーションセンターを兼ねているということらしい。いろいろ聞いてみるが、バスもあるけど、危険だからタクシーにしろ、と言っているのが分かる。そうだろう。バスに乗ったら最後、まったく、言葉が通じなくなってしまうのは目に見えている。
 この調子で、グアテマラシティの大都市へ入ってしまうのは、かなりシンドイなあと感じたので、行き先を変更することにした。
それにしても、グアテマラはインディオの国だと、もうこの時点で強烈に認識する。白色系の混ざりがあまりないのだ。みな、背が低く、ずんぐりしている。

 アンティグアへUS10ドルで行く、というタクシーを案内人から紹介された。考えてみれば、アンティグアは一番、良い場所かも知れないと思い直す。小さい街だし、観光客も多いところだ。だから、とにかくまずは、アンティグアへ行ってしまうことにした。アンティグアは、どちらにせよ、行く予定に入れていた街だ。道が蛇行に次ぐ蛇行、自動車は小刻みに揺れ続け、睡眠不足と相まって、どんどん気分が悪くなり、深呼吸を繰り返しながら、やっとの思いでアンティグア着7時40分。

 ここは、石畳がきれいに敷かれた、古都というにふさわしい街である。
 さて、こりゃもう疲れ切っているから、どこか宿を取り、と、インフォメーションセンターに行くがやってない。身振り手振りで街の人に聞くと、8時かららしい。待つ。
 なかなか凄い顔をし、ペッタリした英語を話す公認ガイドだという親父が話しかけてくる。この人の顔が凄かった。顔中が穴ぼこだらけで、かなり濃い黄土色、目が細くつり上がり、クチビルが分厚く波打っている。凄い顔だと見入ってしまったが、もう疲れていて、相手して喋る気も起きず、手を振ってサヨナラすると、ひとりごとをブツブツ言っている。同じことを繰り返し喋っているのである。

 ぴったり8時にINGUATが開く。ホテルを紹介して、と言うと、紹介はできないから勝手に探せと言われる。この人が始めてまともに会話できる人であった。この地区が安めのホテルが集まっているよ、という情報だけはもらった。で、ブラブラ歩き、一番最初に見つけたホテルに一泊20US$だというので、チェックインしてしまう。8時45分。部屋に入る。すぐに寝る。ぐっすりと言いたいところだが、さまざまなノイズと、少し凹み、湿っぽさの残っている、今までに比べ格段に悪くなったベッドがどうも辛く、寝ては醒め、醒めては寝て・・。

 昼過ぎに起きあがる。さて、どうしようか?考える。ティカル遺跡がなんと言っても最大のグアテマラの見所らしい。しかし、遠い。飛行機に乗らねばなるまい。一泊二日でティカルに行って戻ってくることも考えられるし、小さな村を訪ね歩くのもいいと思っている。さて、どうしようか?
と、歩いてみる。ティカルがいいと言っても、遺跡である。遺跡は面白いけれど、トラベルエージェンシーで調べてみると一日で往復すると、現地を歩ける時間は、3~4時間、それで、25,000円~30,000円が飛ぶことになる。時間は重要であるとも重要でないとも言える。興味が沸かなければいくら時間があっても無駄なだけだ。しかし、興味が沸いた途端に、時間は忘れたくなる。これがツアーや、人と一緒の旅の辛いところなのである。勝手に時間を使うわけにはいかない。ゆったりと時間と戯れることも必要なのだ。ううむ、考えてしまった。写真で見る限りでは、メキシコのテオティワカンやチチェンイツァーのような雰囲気を濃厚に漂わせているから、たぶん比べるにはおもしろいかも知れない。だが、・・・。結局、止めることにした。
そこで、パナハッチェル、チチカステナンゴあたりを歩くことにする。こういうことを調べるにも、アンティグアを選んだのは正解だった。

 グルグルとトラベルエージェンシーを回ってみる。その中の一軒、日本のお兄さんがやっているエージェントもあったので入ってみた。面白いくらい丁寧だった。根掘り葉掘り海外に出たら一切聞かないことにしているので、いや、国内にいてもあまり人がどうしたこうしたというようなことには興味はないし、簡単にでっち上げて自分史を作り上げることだって簡単だからだ。彼は、勝手な想像だが、たぶんまだ20代終わりくらいか30代頭だろう、ここでエージェント業を始めたのは、場所を気に入ったからか?いくつか、聞くことを聞いて、出るときに、ありがとう、と言うと、とんでもありません!と、丁寧な返事が返ってきたので、嬉しくなった。とても素直で、一直線の顔をしていたので、これからどうなるのだろうと思いながら店を出た。
 僕ができなかったことの一つが海外に根をおろしてみることである。永続はしないと思うが、5年くらい海外に定住する体験が欲しかったのだ。でも5年が限界だろうと思う。それ以上は不可能だし、僕のモットーとしてきたのは今、与えられていることを最大限、行なうこと、なので、無理だった、としか言いようがない。だから、これは無いものねだりだ。

 この街を歩いていて、というより、たぶんグアテマラが、なのだろうが、前述したとおり、インディオの血が濃い。スペイン語を喋りつつもインディオばかりが目に付く。不思議なのは、アルゼンチンはまったくのインディオ文化ではなく、白人の国である。ここにだって、インディオはいたはずである。しかし、その痕跡が見あたらない。そう言えば、牧野さんがブエノスアイレスで、この件に関しては誰も語りたがらない、と言っていたのを思い出す。黒人も多くいたはずがその痕跡がやっぱり消されていると言った。ブラジル北部に行くと黒人が多いのだが、アルゼンチンは、インディオや黒人の匂いがしないまでに消されてしまっているのだ。
 ところが、である。
 同じく、スペインによって征服されたはずのグアテマラには、スペイン人たち、白人たちは残らなかった、これはどういうことなのか?
 要は、歩いてみると、こういう疑問がどんどん出てきてしまった。観光客は白人で、実際にサーブするのは、現地のインディオたち。ここに白人は混じっていない。いや、いるのだろうが、ほとんど表には顔が出てこない。
 だから、ついつい、現地文化、コロニアル文化と先住民族たちの残る文化の街を移動してみたくなってきた、ということである。だからパナハッチェルやチチカステナンゴなのである。

 夕食に、安食堂だと思って入った店は、全然外観からはわからないが、チャイニーズの店であった。大衆食堂のようなのに、値段はアメリカと変わらないほど。ギョエである。が、味は良かった。びっくりするくらい美味しい焼きそば(Chow Men)である。しかし、この焼きそば、たぶん、アメリカで食った方が安いだろう。米ドルで9ドルもする。ここの物価を考えれば、天地がひっくり返るくらい高い値段だ。もったいないと思って食い過ぎてしまった。胃がムカムカしている。

 どこへ行っても、ほとんど英語が通じない。小学生以下の会話しかできない。それから日本円はここでは紙くずみたいなもので、両替がほとんどできない。米ドルが現地ではそのまま使えたりする。そう言えば、アルゼンチンもそうだった。数年前までは、アルゼンチンペソと米ドルが為替が同じで、1対1だったとのことだった。どう見ても、アルゼンチンの背伸びだが、これが一気に崩れたため、アルゼンチンペソを信じた人たちは、金は簡単に紙くずになることを知ったというわけだ。金はそういう種類のものである。日本円がここでは価値がないのである。しかし、僕もさほど米ドルを持ってきているわけではない。少し不安である。

 ここの遺跡に行ってみる。最初、行ったところはカメラを持っていたら、300ケツァーレスだという。それに入場料を取ったら330ケツァーレス。これ、約45米ドルである。日本円で5,500円。当然、入らない。鞄に入れると言っても、言うことを聞かない。ダメの一点張り。だが、次の遺跡では、30ケツァーレスで写真を撮っても良いよ、と人の良さそうなオッサンはいう。本当はダメなのだ。入り口には、300ケツァーレスと書いてある。30だって4ドル。約500円。相当に高い。これで、写真を撮ったら5,000円というのは不思議を通り越し、やっぱり外国人は外貨獲得の手段なのだろうと思うのだ。とは言え、決して、不親切なのではない。インド人のように嘘ばっかり言うわけではない。

 さて、明日は、パナハッチェル、チチカステナンゴ、どちらかへ移動する。チチカステナンゴもパナハッチェルも大して遠い街ではない。バスで2時間というから、どうということはない。少し、楽しみになっている。
by kikh | 2007-02-09 09:42 |
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