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★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
7/3 記憶
 稽古後に、制作と話をしていて、どうも食い違いが生じた。

 10日くらい前に話をした内容について、言ったか、言わなかったか?である。
 言った言わない、それは、いつも難しい。言ったと言うのならば、言ったのだろう。しかし、僕はいつも思うが、言ったかどうかはあまり問題ではないのだろうと思うのである。
 なぜなら、今に限らないが、ものすごい勢いで情勢は変化していく。この変化のスピードはその只中で、コントロールする身になってもらうとよくわかる。
 状況は刻一刻と変わり、10日前に言ったことなど私自身、覚えてさえいないからだ。当たり前でしょう。と、僕は思う。状況が変わらないままならば、記憶は鮮明だ。しかし、常に変更、変更が求められる。何とかしろ、何とかしろ、そんなことが次々と起こってくる。あっちからも、こっちからも、いろいろな決断が迫られる。稽古スケジュールもそうであるならば、原稿もある。会議時間も次々と決めなくてはならない。三人姉妹の稽古も行なっている。ニュージーランドの学者はやってくるし、NYCからはジョシュフォックスもやってくる。ポーランドの演出家、スタニェフスキーと、夜にいっぱいやろう、という話も入ってくる。凄い勢いで状況は変わっていく。こういうことが次々と情報として入ってくるわけだから、もし、話を聞いた日から2,3日で動きがなければ、もう言ったとか、言わなかったなどという次元を逸脱してくるのである。数日で動きのないものは捨て去られる。そういうことを、本来、制作は分からないといけないと思うのである。

 情報として新鮮味があるのは、せいぜい2,3日だ。それを過ぎたら、もう一度、確認を取るのが賢明であるはず。
 でも、みな、自分が聞いたか聞かなかったか、話したか話さなかったか?しかない。
 情報は生鮮食料品と同じ。時間を置いたら腐ってくる。腐ったモノを、あのとき新鮮だったと言っても始まるまい。

 とは言え、制作も大変だ。あっちからもこっちからも、求められるものは膨大である。その膨大な網の中で、上手くすり抜けなければならない。よく分かるが、この情報に関しては、必ず、数日経てしまったものは再確認が必要と思うことが肝心だ。それをしないといろいろなところから突かれる。

 今日の稽古で、再び清水小寿江が怪我。怪我はストップさせる。ストップ状態を作らないためにどうすればいいか、もっともっと検証する必要があるだろう。怪我が多いのは、使い方がマズイからだ。
by kikh | 2007-07-03 21:47 | 日々の記録
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