★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
8/13 オリンピック
 北京でオリンピックが始まっている。テレビでも連日、一喜一憂している場面が映し出される。
 北島康介が100メートル平泳ぎで世界新で優勝した、野口みずきが欠場となった・・・等々、話題は今は尽きない。
 しかし、こんなオリンピックのどこに意味があるのか?といつも思う。なぜなら、基準がないからだ。ビックリ人間世界一を決める大会である。だが、それは国家を背負った世界一である。もし、個人が責任を負うのであるならばドーピングでもなんでもやりゃあいい。プロもアマも混在している。今ではなんでもアリだ。昔からアリとも言えるが。そして、そこに国家の強い意志が入り込む。そうすると言わずもがな、オリンピックは国家間競争になってくる。国を背負うことがこんなにも重いこととは、などというコメントが連日放送される。国の概念など、一方では吹き飛んでしまうような流れがあるが、もう一方には確実に国が大きく立ちはだかる。しかし、金メダルを取ることにどれほどの意味があるのか?それは国力を顕示する役割以外にはなにもない。だが、常に人は人の上に立ちたいと思うもので、国は国で同じく、他の国の上に立ちたいとの思いでいっぱいなのだろう。くだらないとは思うが、所詮、そういう顕示の中で人類は歴史を作ってきているのだから、これはこれで人類の縮図と言うこともできるだろう。原則的な概念で言えばパラリンピックの方がよほどオリンピックの概念に則っている。オリンピックは国が、圧倒的に国が見えるから応援する気持ちとは裏腹にうっすらと霞がかかっている。
 とは言え、身体の脅威を一気に見せられるのだから、つい見てしまうのだが。
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by kikh | 2008-08-23 09:08 | うひょひょ!
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