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★小池博史★演出家・振付家・美術家・作家・写真家

by kikh
 
地震と共に思うこと
 結構、テレビに釘付けになっている人がいるようである。釘付けになるのは仕方がないし、脳に焼き付けておくことは非常に大切な事と思う。だが、どのテレビ局も全部、同じニュース、つまり東北関東大地震のニュースだけをながし続けている。大災害であることは痛く、苦しく、いてもたってもいられないほどだ。異常な事態だということも強く認識する。けれど、延々と世界にはこのニュースしかないかの如く、横一列に流し続ける意味が分からない。世界ではさまざまな事が起こっているのである。だが、横一直線になってしまう。見方が違うならばまだ良いが、メディアはまったく同質と言ってよい。いくつかのメディアが必要だというのならば、なぜ、協議して時間を区切って3つの放送局が流し続けることにしようとかしないのか、本当に見事なほどに横並びである。

 加えて、こうして同じようなニュースばかりを見続けていても良いことはなにもない。精神的にはどんどん落ちていく気分を味わう事になる。私たちができることはないか?と考えるのは大事だと思う。しかし、自分たち自身の足下さえ定かでないときに、どうやって他者に手を差し伸べられるのか?手としてはカンパする、物資を届ける等が考えられるが、今はただいかに悲惨かを痛感させる役割だけをメディアは担っているかの如くである。

 このニュースの巨大さの前では、ニュージーランド地震も小沢問題もなにもかもが卑小なものとなってしまい、陰に隠れてしまう。ニュースなどは相対的なものでしかないとしみじみと感じてしまう。だが、つい先日まではニュージーランドでの被災者に対して、毎日のように大きなニュースになっていたではないか?ニュースとは本来は等価でなければならない。もちろん大小はあってしかるべきだし、相対的であることは否めないがAll or Nothing のニュースなんて、一体どこにジャーナリズムの矜持があるのだろうか。

 だからこそ、私たちは、冷静でなければならない。次々とチェーンメールが流れてくる。そのチェーンメールがますます人を不安に陥れる。そこに持ってきて円高と株価暴落が重なる。この国はどうなってしまうのか?不安におののく。もちろんこれで日本の繁栄が幕引きとなる可能性もあることはある。だが、そのような事も視野に入れての冷静さが求められよう。

 舞台芸術界でもそうだ。今こそ舞台の力を!!という方もいる。いるが、今すぐはなにもできまい。何かできるとすれば2ヶ月後くらいになってくるだろう。その時を目指して、今から準備するのは結構な事だ。だが最も厳しいとき、一緒になって興奮し、一段落すると忘れてしまうのではなく、一段落した頃が一番メンタル面の危険性が高いことを知るべきだ。熱しやすく冷めやすいのではなく、常に冷静な判断をして欲しい。
# by kikh | 2011-03-14 14:57 | 日々の記録
 
超人よ
 テレビ画像を見続けているウチに、今、私たちに突きつけられている問題が、津波となって襲ってきたような気分に僕は陥った。
 不謹慎だと言われるのは承知だ。だが、津波に飲み込まれ、地震の被害に遭われた方々に対しては、大きく見開いた目でテレビを直視し続け、強烈に脳裏に焼き付けて、これからどうしたらいいのだ私たちは、と問い返すことでしか次は見えて来ることはないだろう。テレビでは東北大学の教授が、これは1000年に一度と言ってもよいほどの大地震なのだ、と言っている。しかし、1000年に一回だろうが、2000年に一回だろうが、起きうる可能性はあるのである。
 
 そもそも人間が自然と闘えるわけがない。自然を超えられるわけがない。そんな印象を誰もが持っただろう。
 これは私たち人間が人間をどう見つめるか、という試金石のような気がしている。911は人対人の問題であり、文明間の対立の構図を多くが描き出したけれど(本来は違うが、方便としてこのように使用する)、今回は文明とは何か?という根本的な問題を突きつけられた人間としての根元的な問題であろう。自然との調和によって成り立つ社会ではなく、自然を人為的力でせき止め、コントロールすることで成り立ってきた社会の脆さが厳然と突きつけられた格好と言ってよい。自然の前に跪いていた人間が一瞬にして自然を超え、優位に立ち、優位に立ち続けなければ生きられない社会を築いてしまったのだから、自然に立ち返ることは不可能な領域に私たちは立っている。
 つまり、昔なら神的領域であった領域に踏み込んで、自然との戦いに明け暮れる覚悟を持った私たちの立ち位置ということである。狂牛病などは前兆だったと言えなくもない。
 私たちはどうすれば良いのか?明快な答えなど出てくるはずがない。なぜなら、社会構造が文明ありきだからだ。国家ありきだからだ。大きな転換を図る覚悟を私たち皆が持つしかないだろうが、まったく簡単ではない。しかし進むしかない。悲しみに暮れつつも、進むしかあるまい。
 
 日本国の円高がこの地震で更に進み、株価が暴落している。
 下手をすれば日本は沈没するだろう。この機に乗じて、手を弛めず、一気にアジアの覇権を握ろうとする隣国として中国は台頭するかもしれない。領土問題もここぞとばかりに攻め込んでくる可能性もある。しかし、これはもしかしたら日本人全体に与えられた千載一遇のチャンスかもしれないのだ。不謹慎!という言葉が聞こえてくる。不謹慎と言えば不謹慎であるが、ここで日本の構造を変えるくらいの意識を持たねばなるまい。それは世界構造にまで発展させねばならないかも知れない。
 構造を変革するためには、既存構造の上で利権をむさぼってきた人たちでは変革の可能性などあるわけがない。だが、どこにいるのか?
 超人よ、出でよ!今こそ超人の世界である。
# by kikh | 2011-03-14 10:46 | 日々の記録
 
台本を書く
 いつもの事なのだが、台本を書かねばならなくて、日本を逃げ出す。
 ゆるゆると昼間からビールを飲みつつ、書き進める。台本を書き、また別の書き物をし、その間にガンガンメールチェックをし、指示を出し、いろいろな問題に頭を抱えつつも、波の動きを見てやり過ごす。
 よく、良いですねえ、と言われるが、こうでもしないと集中できないのである。とにかく周りに日本語がないのが良い。日本語がないから喋るのは英語のみ。でも、今回もある日本人のカフェ店主から声を掛けられた。日本語をタイピングしているわけだから、日本人だと知ったのだろう。僕はどこへ行っても、現地化してしまうらしいのである。この日本人のカフェ店主。よく、こんなところまで来ましたねえ、という。日本人にはまず会わないと。で、日本語を喋ったのも数ヶ月ぶりとのことで、どもるどもる。そうは言っても日本語の寿司の看板もあったので、あれは日本人の経営では?と聞くと、確かに日本人だという。でも客は来ないそう。そうは言っても、こんなところと言うならば、ここでカフェを開いているではないですか?と聞けば、奥さんが全部仕切っているという。
 とは言え、僕はこの南の島に13年前には来ているのだ。13年前は全く違って、本当に何もないと言ってもいいくらいの島であった。それが今じゃあ、まるっきりさまがわり。
 おかげで、物価が上がった。上がったけれど安いところもあって、まあ、それはそれで良いとしよう。しかし、海の水は相当汚くなった。とても海に入る気はしなくなった。
 昔は、すぐに脱ぎたがった西洋人たちも、ここまで開けてしまうと、なかなかおいそれとはオープン化しない。そりゃあ、そうだろう。開放感はまったく違っているのだから。
 そして開発はどんどん進み、言葉は、驚いたのだが、ロシア語が多く聞こえてくる。ドイツ語&ロシア語が、英語よりも多く聞こえる。そしてやっぱり中国語だ。中国人は、もはやどこにでも進出してきた。
 何も日本のような狭い国家が肩肘張る必要はないのだが、それにしても、一時のあの勢いが消えてしまうと、海外へ出ると、その重みが違ってくる。だからこそ、必要なのは、開放政策だろうと考える。閉じて良いことは何もない。
 閉じることで、内側の小さな競争は計れるだろうが、それ以上でもそれ以下でもない。
 あまり勇ましいことを言うつもりはないが、寂しい限りだ。
 
# by kikh | 2011-02-28 22:44 | 日々の記録
 
2/18 帰京
佐世保での一週間に渡るワークショップ&公演が終わり、帰京する。
それにしても楽しい日々であった。
佐世保で、何が楽しかったって、そりゃあ人間である。
ワークショップも3回行い、それも一般人、高校生、短大生と三種のワークショップ、そして公演。なんとも贅沢な日々で、人はどうやって成長していくかを知るには良い機会であったと思う。

佐世保は飯も美味かった。美味い店にしか行かなかったというのはあるけれど。

昨夜はもう、朝3時まで飲んでいた。面白い人間がたくさん集まって、面白い時間がたっぷりと流れた。
最近、人間とはなんて嫌な生き物だろうと思うことも多いが、ガッハッハと笑って過ごせるのも人である。

良い時間を送ることができたと思う。感謝!
# by kikh | 2011-02-19 01:13 | 日々の記録
 
2/12 佐世保入り
 佐世保には10年ぶりに来た。これから公演を行うことになるアルカス佐世保のオープニングに合わせてのプロモーションビデオに出るためにイメージ作りもあって佐世保に来たのだった。佐世保か。今は佐世保の感触を味わっているような感じである。思えば、そうオープニングの時も思ったのは、なんでこんなに大きな劇場にしてしまうのだろうねえ、ということだった。劇場というのは、本来は場所の事情を酌んで作らなければ、結局、後々運営する側が大変になる。
 佐世保に着いて、真っ先に目に飛び込んできたのは船だ。佐世保の基幹産業は造船業だそうだが、この造船、実に美しい。ある時代を代表する産業としての巨大さがあり、熱さがあるが、それが今は非常に寂しい雰囲気さえ漂わせる。それでも日立よりマシだと思った。まだ町に活気がある。
 明日からワークショップが始まる。
# by kikh | 2011-02-13 00:30 | 日々の記録


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